保育の質を高める“働き方改革”
毎日元気に働いていますか。今の職場で働き続けるイメージが持てますか。働き方改革関連法が2019年4月から施行されています。業務の効率化を進めながら、保育の質を向上させている働き方改革の事例を2つ、紹介します。
お話/菊地加奈子さん
社会保険労務士法人ワーク・イノベーション代表社員、厚生労働省「保育の現場・職場の魅力向上検討会」構成員。
目次
みんなで組織を変えていこう
本来保育は楽しくて、みなさん保育者として成長したいと思っています。しかし労務環境が整わないと、疲弊してしまい、なんだか「使い倒されている」ような気持ちになったりして、本来の力を発揮することができません。
職場を離れた保育士に退職した理由を尋ねた調査を見てみると、「人間関係」「雇用条件に不満」「職場における本業以外の業務負荷」などの労働環境への不満が挙げられています(下図)。
潜在保育士が保育園を退職した理由 (職場環境)
複数回答可。
一方で、労務環境を改善し、さらに保育者みんなが子どもの姿を話し合う場を設定したり、研修を通してみんなで学び合ったりすることで保育の質向上を達成している園があります。働き方改革にウルトラCはありません。
地道な積み重ねが園を働きがいのある職場にし、結果として長く働き続ける保育者が増えていくことになるでしょう。残業時間の削減を働き方改革の目的にするのではなく、保育の質を高めることを目指しましょう。
CASE1 テレワークを導入し、園児と過ごす時間も減らさない
「保育者にはテレワークは無理……」そんなふうに思っている方が多いかもしれません。しかし、テレワークを導入し、園児とふれあう時間も最大限確保する、そんな実践をしている保育園があります。
飯野おやこ保育園+ 調布のまち(東京・調布市)
医療法人飯野病院が運営する企業主導型保育園。病院の従業員の子どもおよび地域の子どもを預かる幼児保育(定員101名)と、病児保育(定員10名)を行っている。従業員数37名(2020年4月現在)。2018年設立。
書類作成を在宅で
東京・調布市にある飯野おやこ保育園+調布のまちでは、体調不良などで安定した勤務が難しいときや現場に出勤ができないときに、就業継続のサポートとしてテレワーク(在宅勤務)を取り入れています。園全体にかかわる業務を主に、書類作成を行っています。たとえば、シフトの作成、保護者向けのおたよりの作成などです。また、必要に応じて、オンラインでミーティングにも参加しています。
テレワークの時間は、作業内容により園から作業時間を提案し、職員の体調や状況に合わせて無理なく終えられるように設定しています。
体調不良などで継続的に休むことになってしまったとき、罪悪感を覚える人もいる中で、在宅で仕事を行い園に貢献できることは、勤務の継続やスムーズな復帰につながるひとつのよい仕組みだと考えています。何より現場の職務軽減につながって、よい循環となっていると思います。
園児たちと接していない時間を圧縮
在宅での勤務を行うことで園児たちと一緒に過ごす時間を減らしてしまうのではなく、子どもと接していない時間の業務を効率化しています。これは開園当初、テレワークの制度をスタートするときから共通意識として持っていたことです。
「テレワークを導入する目的や価値を明確にすると制度は浸透すると思います。当園の場合『子どもたちとの時間を作る』と位置づけて取り組んできました」と理事長の飯野孝太郎さんはいいます。
リモートワークを支えるシステム
子どもたちと接していない時間の短縮のために、ICT(情報通信技術)も活用しています。たとえば保護者への連絡帳記入は電子化されており、保育者間の引き継ぎがスムーズです。そのほか保護者からの送迎の連絡や、写真の販売もオンライン化されています。
在宅勤務者もこのシステムにアクセスできるので、連絡帳の共通情報の入力やオンライン販売のための写真画像の選別などは在宅勤務者が受け持つことにして、その分現場にいる保育者が子どもと過ごす時間を作れるようにしています。
【解説】
仕方なく持ち帰っている仕事はポジティブな「テレワーク」に変えられる!
保育記録、園だより・クラスだよりなどを半数以上の保育者が持ち帰って作成したことがあるという調査データがあります(下図)。行事の準備の製作や、主任の方であれば業務のシフトを組む仕事を家でやっている方もいると思います。「家に持ち帰ったほうが集中してかえってはかどる」という声を聞くこともあります。園内では、急ぎの業務が発生して中断させられることがどうしても多いからです。
逆転の発想で、家に持ち帰る仕事を積極的に「テレワーク」と位置づけ、報酬が得られるしくみを各園で検討してみてはどうでしょうか。ここで紹介している飯野おやこ保育園+調布のまちのようにテレワークを行えば、園では確保するのがなかなか難しい「ノンコンタクトタイム」(子どもとかかわっていない時間)がとれます。
また、育児休暇中の方に在宅でできる事務作業を任せるのもおすすめしたいアイデアです。保育園は、いつも誰かしらが出産休暇・育児休暇をとっているという職場が多いのですが、代替の職員が確保されているとは限りません。育児休業給付金は、休業前の給与の67%〜50%がもらえます。育休中に働く場合、給付金と給与の合計が休業前の給与額の80%までであれば、給付金は減額されずに働くことができます。
育児休暇で長い時間保育から離れていると、スムーズに復帰ができるのかと誰しも不安になるものです。1年以上のブランクからいきなり職場に復帰するより、在宅で少しずつ仕事に慣れておいたほうが違和感なく戻れるというメリットもあります。
これまで在宅の仕事に報酬を出していなかった経営者にしてみれば抵抗があることだと思いますが、働いた時間に対して支払われるとなれば、だらだらとやる人はいません。かえって能率が上がるものです。
書類の持ち帰りの頻度
CASE2 保育補助員を配置して保育士・保育教諭を支えるしくみ
人手が足りない職場では、慢性的な時間外勤務が懸念されます。保育士・保育教諭でない方の力を借りながら業務の効率化を図り、さらに保育の質の向上に取り組んだ事例を紹介します。
豊岡市保育士等確保推進事業
兵庫県豊岡市が2018年度~2019年度にかけて実施。事業の目的は以下の通り。
「保育の質の向上と労働環境の改善を図り、保育士等が働きたい(働きがいがあり、働きやすい)保育所等を増やすことにより、保育士等として働く人を増やし、保育ニーズの高まりに対応するとともに、子育て中の女性の「働きたい」願いを叶える」
働く環境を見直す→保育の質向上→長く働きたくなる!
豊岡市は兵庫県北部に位置する人口約8万人の小都市です。市外へ進学した女性が卒業後、地元に戻る割合が低く、また市内の保育者養成校の卒業生が県南部や県外の大都市に就職先を求めて移動してしまう傾向にあったため慢性的な保育士不足に悩んでいました。
保育士資格がなくても保育に興味を持つ人はいる!
市は潜在保育士の掘り起こしを考えていましたが、ハローワークの求職状況などをみると、保育士資格を持っていても別の業種・職種を希望する方もいました。保育士資格はないけれど保育に興味を持つ人はいないかと考え、募ったところ、予想以上に応募が多くあり、保育補助員としてモデル園に来てもらうことにしました。一方、園ではさまざまな業務を徹底的に整理し、有資格者でなくてもできることを切り分けて、分担することにしました。
この事業のモデル園として4名の保育補助員が配置された認定こども園で行われた分担を具体的に下に記載しています。
分担したこと
• 食事後の片づけを保育補助員に任せる。→その間、保育教諭が子どもたちの世話にあたる。
• 午睡の布団を保育補助員が敷く。→その間、担任はゆっくり子どもとかかわる。
• 園庭の除草、窓拭き、清掃作業、傷んだ人形や衣服の裁縫を保育補助員が担う。
• 寝かしつけの見守りや補助を保育補助員が行う。→その間にクラスの打ち合わせまたはノンコンタクトタイムが設定される。
毎週1回保育の質を高めるための時間
分担したことによって生まれた午睡中の保育士による打ち合わせ・ノンコンタクトタイムについては、下のような運用ルールが作られ、実行されています。
ノンコンタクトタイムは何をする時間?
「休憩およびノンコンタクトスペース」で
• 資質向上のための勉強
• 互いの学び合い
• 読書
• ピアノ練習
• 休憩 など
事務室で
• 園だよりやクラスだより作成
• 指導計画作成 など
保育補助員の導入に加えて、保育記録や保護者へのおたよりの電子化も行われました。これらにかかる時間が短縮され、その分、園内研修を行う余裕ができました。
チャイルドハウス保育園では、さらに外部から専門家を招いて、「保育環境構成」「エピソード記録」などのテーマで、座学と実践形式で学び、保育士から、前向きな声が上がっています。
「保育補助員の方のおかげで保育に専念できる時間が増えた」
「保育補助員の方にいろいろな作業をお願いできることで気持ちにも余裕ができた。変化を楽しみながら話し合い、チャレンジするようになった。また、自分たちの保育が変わった実感もある」
「環境構成の研修を通して、子どもが作ったものを置いておくスペースを作ることで遊びが連続するようなった」
「クラスで丁寧な話し合いができるようになり、エピソード記録をみんなで共有することで、クラス担任全体で子どもを見るようになった」
などの感想が聞かれました。
【解説】
非常勤の方が力を出し惜しみしない職場に
労務環境の改善と保育の質の向上を目指し、実践した事例を紹介しました。保育園・こども園は職員の入れ替わりが比較的多い職場です。新しい方を迎え入れるとき、お願いしたい業務がマニュアル化されていると初めて働く方にわかりやすく説明できて能率も上がります。画像を多用して、動線も描いたりして、なるべく具体的に伝わるマニュアルを作りましょう。
情報のデジタル化で効率を上げることも大事です。昔ながらの手書きで引き継ぎをしている園もまだありますが、LINEにメッセージを入力するのは慣れているのですからみなさんやれると思います。
社会保険労務士として園の様子を見せていただいて思うのは、「非常勤の方が出し惜しみをしているな、もったいないな」ということです。結婚や出産を機に仕事をいったん辞めたものの、豊富なスキルや経験を持つ方は多くいます。職務・職責を明確にすれば非常勤の方にリーダー職をお願いすることもできるはずです。そのことで「何でも常勤がやらされる」といった不安を払拭することにもなります。
文/佐藤暢子
写真提供/飯野おやこ保育園+調布のまち、豊岡市役所、チャイルドハウス保育園
『新 幼児と保育』2020年6/7月号より