動物とのふれあいから「いのち」を学ぶ【3つの園の実践】
子どもたちに、「いのち」を感じてもらいたい。そんな思いから、保育や幼児教育の現場で小動物とふれあえる機会を設けている園があります。生まれて初めて見る生き物、初めて感じる温もりややわらかさ……。小さな「いのち」から子どもたちは何を感じ、何を学ぶのでしょうか?
監修 百瀬ユカリ先生
日本女子体育大学体育学部スポーツ健康学科幼児発達学専攻教授。博士(社会福祉学)。園での「動物介在教育」の研究・普及に力を入れている。著書に『新人保育者物語さくら~保育の仕事がマンガでわかる~』(小学館)など。
目次
子どもの「気づき」を助けるかかわり方を
日本女子体育大学・百瀬ユカリ先生
「いのち」ってかけがえのないものだけれど、その重さを伝えるのはとても難しい。「いのちって大切なんだよ!」といわれても、子どもにはピンときませんよね?
「いのちがある」「生きている」。そんなことを子どもに伝えるためには、「教える」のではなく「感じさせる」ことが大切です。それに役立つのが、小動物とのふれあいだと思うのです。なでたときの温かさや、やわらかさ。手のひらにのせると伝わってくる心臓の鼓動。表情の変化や予測できない動き。こうしたすべてが、子どもたちに小さな「いのち」の存在を伝えてくれます。
そして、子どもが「なんとなく感じた」ことを興味や関心に変えるのが、保育者など身近な大人の役割です。「あったかいね」「かわいいね」などと子どもの気持ちを言葉にしたり、共感したりします。
平成30年施行の指針・要領において、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」のひとつとして「自然との関わり・生命尊重」が示されました。子どもの年齢や発達に応じて、「いのち」に意識を向けさせるかかわり方を心がけてください。
CASE1 移動動物園
「触れる」ことで感じる「いのち」の大切さ
なかよしこども園/第二なかよしこども園
総園長・喜多濃定人先生
なかよしこども園/第二なかよしこども園(埼玉・所沢市)
1978年に保育園としてスタート、2016年4月より幼保連携型認定こども園に移行。「耐える心と乗り越える力」を培う教育、保育を目標に、心身ともに健康で心豊かな園児の育成を目指している。定員は1・2・3号認定合わせて125人/82人。
2年前から年1回、「移動動物園」に来てもらっています。約20種の動物を、まずはクラスごとにぐるりと1周見て回り、その後好きな動物を自由に見に行きます。
動物の飼育が難しい園にとって、動物が園にやってきてくれる「移動動物園」は、子どもたちが動物とふれあう絶好のチャンスです。
ぬいぐるみの頭をわしづかみにして振り回し、雑巾がわりにして床を拭いていたような子が、移動動物園のあとは、ぬいぐるみをやさしく扱うようになった(笑)。小さな動物とじかに接したことで、子どもなりに「いのち」を感じたからでしょう。実際にさわることに加え、スタッフのみなさんが動物を丁寧に扱う姿を見られることも、子どもたちにとってよい学びになっていると思います。
私はヘビが苦手なのですが、子どもたちにも正直に「ヘビは怖いなあ」と伝えます。動物ってかわいいだけじゃないし、好きな人ばかりでもない。動物も他人も、自分とは違う「いのち」なんだ……。ビクついている私の姿から、子どもたちがこんなことを感じとってくれたらいいなあ(笑)。
▼ウサギ
▼ハリネズミ
▼モルモット
▼コールダック
▼オオバタン
▼ニワトリ
▼パンダマウス
ヘビが人気者になるまで
先生が首に巻いてみせると……
ヘビコーナーの前に行列ができました!
「信頼できる大人」である保育者がさわってみせたことで、
ヘビへの恐怖心がなくなり、好奇心に変わりました!
百瀬ユカリ先生から
小動物を飼育したくてもいろいろな制約があって飼えないという園は多いと思いますが、園内の施設や職員をほぼ変えずに導入できるのが、移動動物園のよいところです。
移動動物園は年に1回の行事ですが、子どもたちの心に大きなインパクトを与えます。保護者から「移動動物園を見てから、家で動物が登場するテレビ番組を熱心に見るようになった」「小さい弟や妹にやさしく接するようになった」などの感想が聞かれることもあります。
【Q&A】総園長先生に聞きました
Q 移動動物園を呼ぶために、何か月くらい前に連絡しましたか。
A 2~3か月前に日程調整を始めました。日程が変更になることもあるので確定するのは1か月前くらいです。
Q 費用はどのくらいかかりますか。
A 今回は約15万円でした(割引がありました)。共同研究の枠組みで行っているため、補助金も出ています。
撮影/岩﨑 昌
協力/移動動物園カントリーファーム
CASE2 ふれあい動物園遠足
遠足での体験を園での活動につなげる
中央区立晴海幼稚園園長・川越裕子先生
中央区立晴海幼稚園(東京・中央区)
1960年開園。定員205人。主体的な遊びを重視し、自ら環境にかかわっていく遊びを展開していく経験を積み重ねることで、一人ひとりを尊重し、生きる力の基礎を養い、心身ともに健康な幼児の育成に努めている。
動物園のふれあいスペースでは、飼育員が子どもたちの近くに小動物を置いたり、ひざにのせたりしてくれます。動物をやさしく扱えるかな? と気になっていた子がモルモットをそっと抱いていたり、日ごろから不安感の強い子が動物をひざにのせてみることができたり……。保育者にとってうれしい驚きもたくさんありました。
晴海幼稚園では、遠足での体験を園での活動につなげることを意識しています。動物とのふれあいで芽生えた「いのち」への思いを、そのときだけのものにしないためです。たとえば昨年、年中クラスでは牛乳パックで「モルモット人形」を作りました。すると人形で遊ぶうちに、モルモットのおうち作りを始めたのです。クラス全員で「モルモット」のイメージを共有することができていたためでしょう。園の行事として動物園を訪問したことのメリットかもしれません。
こんなときの保育者の大切な役割のひとつが、子どもの自発的な活動を支えること。実は遠足の前から、人形用の牛乳パックはもちろん、遊びが「おうち作り」に発展することも予想して、空き箱も集めていたんですよ(笑)。
事前のチェック&注意
□動物アレルギーのある子がいないか。
アレルギーのある子は、距離をおいて見学する。
□動物とのふれあいを嫌がる子には無理強いしない。
□ふれあい活動は、動物園のスタッフの 指示に従って行う。
動物とのふれあいを楽しむための工夫
・遠足の前から「動物がいて、 みんなもさわれるんだよ」「楽しみだね!」などと声かけをする。
・動物園に向かうバスの中で、「動物クイズ」をして気分を盛り上げる。
百瀬ユカリ先生から
園での遊びに結びつけることで、子どもは遠足の日の感動や喜びを改めて感じることができます。保育者は、遊びの中で見られる「いのちに気づき、大切にする姿」を見逃さないでください。身近な大人に共感してもらったり、一緒に考えてもらったりすることで、子どもの興味・関心はより深まっていくからです。
【Q&A】園長先生に聞きました
Q ふれあい動物園遠足のための手順や費用について教えてください。
A 中央区役所の費用負担で年に2回バスの配車があるうち、1回を春の動物園遠足に充てました。1月に決定し、4月にいくつかの動物園を検討したうえで5月下旬に実施しました。
CASE3 園内飼育
動物とともに暮らすことから生きものの 「生と死」を学ぶ
あんず幼稚園園長・羽田二郎先生
あんず幼稚園(埼玉・入間市)
1991年に認可外保育施設として設立。2004年4月より学校法人アプリコット学園あんず幼稚園に。定員200人。自主性を大切にした保育を進め、生活する力を育てる。北に入間川、南に加治丘陵を望む自然豊かな環境に園舎がある。
あんず幼稚園では、年少クラスはクラス横断で1羽、年中〜年長クラスは各クラスで1羽のウサギを飼育しています。年中と年長は当番制でウサギの世話をするようになります。そして、水やえさをやり、ケージに敷いた汚れた新聞紙を取り替える。子どもたちは日常の世話を通して、動物も自分と同じように食べて、動いて、排泄するんだと自然に気づいていきます。
ウサギの寿命は短いので、子どもたちは「死」にも出合うことがあります。ウサギが死んだとき、担任と子どもたちでお墓を作り丁寧に葬ります。動かなくなったウサギを見て、子どもたちは自分なりに死を受けとめます。死を知ることも、いのちの大切さを感じるうえで欠かせないことなのです。
多くの場合、子どもたちの生き物への興味は、庭などで偶然出会う虫などから始まります。「集めたい」「自分のものにしたい」と飼い始め、世話ができずに死なせてしまう。でもそのときに、「かわいそう」「どうすればよかったのかな?」などと感じることが、「いのち」の重さを知ることにつながります。
そしてこうした思いは将来的に、相手の気持ちを受けとめ、コミュニケーションをとろうとする姿勢にも発展していくのです。
▼カエルやザリガニもみんなでお世話!
百瀬ユカリ先生から
「いのち」を死と切りはなすことはできません。かわいがっていた動物の死や、その死を悼む大人の姿から、子どもたちは多くのことを学ぶはずです。保育者は、いのちには限りがあること、生き物を「育てる」ことには責任が伴うことなどを、子どもにもわかる形で伝えていってください。
【Q&A】園長先生に聞きました
Q 初期費用と維持費について教えてください。
A ウサギ1羽とケージなどの用具購入で1万円台です。ヤギとウサギ合わせて年間12万円くらいえさ代がかかっていますが、園OBの方の厚意で安く抑えられていると思います。
Q 休園日の世話はどうしていますか。
A 職員が交代で行っています。
文/野口久美子
写真提供/各園
『新 幼児と保育』2019年8/9月号より