いいところ探しの保育 悪いところ探しの保育【井桁容子先生の共育ち支援ルーム】

非営利団体コドモノミカタ代表理事

井桁容子

新入園の季節、保護者は、「ほかの子と比べてダメな子」という評価をおそれて、ナーバスになっています。

井桁容子 (いげた・ようこ)

東京家政大学ナースリールーム主任保育士。福島県いわき市生まれ。東京家政大学短期大学部保育科を卒業後、同大学ナースリールームに勤務。おもな著書に『ありのまま子育て─やわらか母さんでいるために』(赤ちゃんとママ社)、 『保育でつむぐ 子どもと親のいい関係』(小学館)など。

出来ばえにとらわれずにじっくりと

4月、5月は、保育者にとって1年の中で最も緊張感に包まれる日々を送る時期ですね。でも立場を変えてみると、保育者よりも子どもや保護者の方が、緊張感が高いかもしれません。保護者の方は「うまくなじんでくれるといいけど…」「優しい先生だといいけど…」「育て方がまずいといわれないかしら…」などと、自分の子育ての自信のなさから、たくさんの不安と心配を抱えています。

子どもたち(特に第1子)は、大人のように保育園や幼稚園やこども園に対する予備知識がほとんどありません。お母さんが身構えて緊張している様子を察し、自分がこれから行くところは大変なところかもしれないと先入観を持ってしまっている可能性もあります。また、いきなり想像もできないところに連れてこられて、なぜこのようなところに来なければならないのかと不信に思うのも当然です(幼稚園などでは体験入園があって、多少慣れていることもありますが…)。園生活の中に友達のいる楽しさや家庭では味わうことのできないおもしろさがあることを理解できるまでには、時間がかかるのも無理もないことですね。年齢が低ければ低いほど戸惑いは大きく、言葉で表現できない時代は、特に五感を使って周囲をとらえようとするので、匂い、声、周囲の音の違い、見慣れたものとそうでないもの、というように研ぎ澄まされた感覚のアンテナで家庭との違いを理屈抜きにわかってしまいます。

しかし、このように書くと、家庭とはまるで違うのだから仕方がないこととあきらめてしまう人がいますが、それでは保育者の専門性が問われてしまいます。今までの生活の場とは違っているけれども、子どもや保護者の立場に共感しながら一人ひとりの子どもができるだけ安心するようにしていく配慮が、ただの「子ども好きのお姉さんやお兄さん」でない、つまりプロとしての姿勢だからです。

この時期は、新しい世界で育ちあう楽しさにいずれ気づくという見通しを持って、丁寧に今の不安を受けとめながら接していくことが大事です。また保育者としての自分の出来ばえについての評価を気にした焦りは逆効果となりますので、気をつけたいところです。

共感はプロとしての姿勢

保護者の一番の心配は、我が子が「ほかの子どもと比べてダメな子ども」というラベルを貼られることです。それは、親としての評価でもあるからなのです。保育者は、もともと一人ひとりの子どもの健やかな成長・発達を応援し、乳幼児期が個人差の大きい時期と理解している専門家ですから、ほかの子どもと比べるような視点は持ってはいけませんね。

ところが、あるとき短大1年生の1回めの授業で「保育者とはどんな仕事だと思いますか?」と質問をしてみると、「子どものダメなところを直す仕事」「していいことと悪いことを教える人」と書いた学生さんがたくさんいて、本当に驚きました。もしもこの保育者観で、子どもに接すると、子どもの悪いところを探すまなざしを持ってしまいます。そのまなざしは、子ども同士を比べて評価していきます。なぜそうしたのかという理由を知ろうとするよりも結果を重視する視点になっていきます。すると、その視点は「保護者のダメなところ探し」へと広がっていきます。もともと自信のない子育てをしてきたことを隠そうとしている保護者にその視点が伝わってしまうと、自分にダメ出しをされることを恐れモンスター化して、「うちの子が困っているのは保育者のせい」と先制攻撃を始め、自尊心を守ろうとしてしまうのです。

そのような関係性にならないように私は授業の中で、「保育者は、子ども一人ひとりのいいところを見つけて応援する仕事」ということを、学生さんに具体的な例を挙げながら、まちがった保育者観を訂正し伝えていきます。子どもの悪いところを探す保育は、必ず苦しくなり、おもしろさが見つからなくなりつらくなります。しかし、子ども一人ひとりのいいところを見つけながら応援する視点は、保育者になった本来の喜びでもありますので、意欲が出てきてがんばれます。そして、その姿勢は自信のない保護者にも伝わって、保護者自身が持つよいところを自然体で発揮しながら、子育てができる支援にもなっていきます。子どもだけでなく、保護者や保育者としての自分自身とも焦らずじっくりとつきあっていきましょう。

写真提供/東京家政大学ナースリールーム

『新 幼児と保育』2018年4/5月号より

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