風船を持ったらトコトコ♪歩けるよ【赤ちゃんから始まる科学の研究】

フワフワ浮かぶヘリウム入りの風船は、子どもたちにとって、魅力的なアイテムです。ところでこの風船、歩き始めの子が持つと、なぜか歩行が安定してしまうというミラクルな現象が!
それを発見し、研究開発に発展させている理学療法士の島谷康司先生にお話を聞きました。

島谷康司先生
県立広島大学保健福祉学部理学療法学科教授。内閣府所管企業主導型ナルトキッズ保育園副理事長・保育士、医療法人紅萌会福山記念病院理事・理学療法士ほか。

1.ヨタヨタがトコトコに!

10年ほど前のある日、島谷先生の長女Rちゃんがお店で風船をもらってきました。それを持って家の中をうれしそうに歩く姿を見て、島谷先生はびっくり! 「いつもはもっとヨタヨタしてて、数歩しか歩けてないよね? なんでそんなに歩けてるの!?」

Rちゃんは生後11か月、歩き始めて10日ほどでした。

風船をもって歩くRちゃん

2.装置で数値化してみたら

理学療法士として、歩行の研究もしている島谷先生。その日のうちに歩行状態を測る装置を大学へ取りに行き、Rちゃんに装着、測定しました。

すると見立てどおり「風船を持ったほうが安定する」と、数値的にも明らかになったのです。木製のガラガラを持った場合も測りましたが、こちらは風船を持つほどの効果はありませんでした。

歩行状態を計る装置でRちゃんを測定

3.ほかの子はどうだろう?

そこで、「これはRちゃんだけに起こるのか」を調べるために、保育園で複数の子どもたちにも試してもらうことに。対象は、3メートルほど歩けるようになったばかりの子ども6人(うち3人は、8 〜10 週たっても、まだ安定して歩けていないと保育士が判断した子どもたち)。

結果として、安定して歩ける子も、まだ歩けていない子も、やはり風船を持つと、ヨタヨタしにくくなることがわかりました。

安定して歩ける子も、まだ歩けていない子も風船を持つと、ヨタヨタしにくくなる
参考: ベビーサイエンスvol.21 赤ちゃん学会編

4.歩行で改善したのは…

では、「子どもたちの歩行が安定した理由は、歩行のどんな点が改善したからなのか?」 今度はその調査です。これも上と同じ園児たちにトライしてもらいました。

この調査では、センサーを埋め込んだシートの上を歩いてもらい、歩幅、両足の間隔、片足で立っている間の体の揺れなどを測定。その測定値からは、「風船を持つと、片足立ちになっているときの体のぐらつきが減る」ことが示されました。

風船を持つと、片足立ちになっているときの体のぐらつきが減る

5.大人の場合はどう?

この後、島谷先生は大人を対象に、さらに詳しい調査へ移行。赤ちゃんでは難しい静止状態や目をつ
ぶった状態(視覚刺激を遮断)を調べた結果、大人でも風船で安定しやすいこと、風船を持った指先の刺激で、体の各関節の位置から自分の体の傾き具合がわかる機能(「固有覚」という体性感覚)が高まっているらしいことが示唆されたそうです。

★「体性感覚」は運動に欠かせない機能です。ぜひ覚えておいて!

大人も同様に風船を持って測定しました

編集者の開眼時のデータ

※足裏の体重移動でふらつきを計測。線が密になるほど、ふらつきが小さいこと表す。

▼立位静止・風船なし

▼立位静止・風船あり

島谷先生にインタビュー

きっかけはライトタッチの研究

編集部/娘さんが「いつもよりしっかり歩けている」と、よく気がつきましたね。

島谷先生(以下敬称略)/それは多分、ぼくが「ライトタッチ」の研究をしていたからだと思いま
す。ライトタッチとは、指などで、軽く壁とかに触れること。それによってしっかり立てたり、歩行が安定しやすくなるんです。1994年ごろに発見されて、「ライトタッチ現象」と呼ばれています。

編集部/どんな仕組みなんですか?

島谷/まだ仮説なのですが、たとえば、指先で壁に触れると、指先に感覚が生じますよね。これなどによって脳は、指先から体の中心との距離を測り、自分の体が傾いているのかを検知します。そして脳の指令によって体の傾きを修正し、倒れにくくさせるんです。このライトタッチを使って、高齢者が壁がなくても歩行できる装置(※)を研究をしていたので、娘の歩行にも敏感だったんだと思います。

※指先に「ステイブル」という装置をつけ、そこから刺激を入れることで姿勢を安定させる。共同開発ですでに実用化されている。

ライトタッチを説明したイラスト

風船もライトタッチ現象かも

編集部/その刺激は、壁などのように固定されたものでなくてもいいんですか?

島谷/赤ちゃんが、保育者さんの服やカーテンをちょっとつまむだけで、じょうずに立てる
ことってありますよね。それもライトタッチ現象です。

ヘリウム入り風船の場合は、少し特殊で上に浮いているので、上向きの力が働いています。2g を持ち上げるくらいの小さな力です。結論はまだ出ていませんが、これもライトタッチ現象ではないかとぼくは考えています。

ある保育園で歩き始めの赤ちゃんに風船を渡したら、風船を持っている子をみんなが追いかけるんですよ。すると、ヨタヨタ歩いてた子が逃げるんですね。足取りもしっかり、トコトコと(笑)。きっと、心理的な要因もありますね。

▼外部環境からの情報で姿勢を保つ

外部環境からの情報で姿勢を保つ

風船で遊びながら歩行を楽しんで

編集部/たしかに、うれしくて歩行への緊張が解けることも一因かもしれないですね。

島谷/そのほか、風船を持つ手が上がってバランスが取りやすくなったり、足元より風船に気がいって、視線の位置が変わることも影響している可能性も。保育者のみなさんにも、いろいろ予想を立ててみてほしいですね。

最近、歩行の遅れが気になるという相談が増えています。多くは、発達支援への意識が高まっているためだと思っていますが、保護者の不安を減らすためにも、楽しく風船を使って遊びながら、子どもも歩くことを楽しめるといいなと思ってます。

編集部/今後、この風船の研究は?

島谷/風船型のドローンにセンサーをつけて、目の不自由な人の歩行を助ける装置を研究中です。

編集部/娘さんの風船がきっかけになって、園児たちも研究にかかわった発明ですね!

▼ドローンでの実験

ドローンでの実験

島谷先生おすすめ「体性感覚」遊び

くぐったり、すり抜けたり。

こういった経験は「体性感覚」を刺激して、ボディーイメージ(無意識な体のアウトラインのイメージ)を育てます。自然環境でその経験ができるのが一番ですが、室内のサーキット遊びで補完することもありますよね。そこに、「こんな体性感覚遊びを取り入れたら?」と島谷先生。

安定して歩けるようになったら、クラスの子どもの発達に合わせながら、工夫してみてください。

※ボディーイメージは、定型発達の子の場合、通常3 歳〜4 歳半に形成されます

基本のサーキット

基本のサーキット

【案1】くぐる動作を加える

基本のサーキットにくぐる動作を加える

【案2】幅の狭いエリアを作る

基本のサーキットに幅の狭いエリアを作る

【案3】ボディイメージを拡張する

基本のサーキットにボディイメージを拡張する
とんがり帽子、羽、リュックを身につけたとき、動きはどう変わる? 「引っかかっても、むりやり進む子がいますが、それもほほえましいです」(島谷)

構成・イラスト/おおえだ けいこ

『新 幼児と保育 増刊』2022年冬号より

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