後輩育成に役立つ!「傾聴・質問・フィードバック」のテクニック

全国でリーダーシップ研修などを行っている松好登紀子さんに、「後輩育成」をテーマにお話をうかがいました。初めて後輩を持つ2年目保育者からベテラン管理職まで、後輩の育成に携わるすべての方に身につけてほしい3つのテクニックを紹介します。

お話をしてくれた方

松好登紀子さん

社会保険労務士。グローバル・ビズ・サポート株式会社講師。外資系企業にて人事部部長として人事全般を経験。マネジメント、ハラスメント防止などの研修を日本全国の企業・自治体にて行う。自治体を通じて保育園の管理職向けの研修経験も豊富。

4人の保育者のみなさんと一緒にお話を聞きました

最初に、後輩育成で心がけていることや、悩んでいることを教えてもらいました。

参加者

Fさん
東京都の公立保育所 クラスリーダー

新人育成がここ数年の自分の課題でもあるし、自治体の会議でもずっと議題になっています。「わからないことがわからない」状態にどう対応したらいいのか……そうして2年目、3年目で退職していく人を何人も見てきました。 

Yさん
神奈川県の私立保育園 クラスリーダー

後輩「育成」などというのはおこがましいという感覚もありますが、相手と一緒に学ぶつもりで、話を丁寧に聞こうと心がけています。後輩に任せるべきところで、手を出しすぎていないかといつも気がかりです。

Tさん
東京都の公立保育所 園長

自分たちが若いころは、先輩の背中を見て学べといわれていました。今はそういうのは通用しません。時間をかけて説明をして、ほめて……。今はそういう時代だと思って育成をしています。

Kさん
保育関連の団体職員

相手のその人らしさを大切にしながら、コミュニケーションをとるよう心がけています。でも相手に合わせすぎて話が脱線することが多くて……今日のお話から解決のヒントが見つけられればと思います。

後輩育成は正解を教えることではない!

そもそも後輩育成の目的ってなんでしょう? 考えたことがありますか? 仕事のやり方を覚えてもらうことでしょうか? 

かつて環境の変化が緩やかだった時代には、いくつかの正解を用意しておけば、現場でいずれかが使えました。でも今は変化が急激で、園児も保護者も多様化しています。もはや正解を用意しておくことでは対応できなくなっています。

現場の人間がその場で考えて、提案や問題解決をしていくことが求められます。上司や先輩がいなくても、後輩が自分で考え、行動し、成果を出す人材に育つことが後輩育成の目的です。

後輩が自分で考えて問題解決するために、育成者は「正解」を与える人ではなくて、「考え方」を伝える人になりましょう。私立園ならば法人の、公立園ならば自治体の方針がまずあり、園の保育方針があります。その方針を踏まえた考え方が共通言語になります。

育成者の役割は「指導者」から「支援者」へ

育成する人の役割は、相手の可能性を信じ、相手が本来持っている才能を発揮するよう、その成長を促す支援(サポート)をする人になることです。「ヘルプ」することではありません(下表参照)。

「最近の若い人は指示待ち人間が多くて困る」。そんなふうに嘆く声を聞くことがあります。しかし、それは育成する側が、相手を「できない人」と決めつけて、指示を与えることをくり返し、サポートではなくヘルプをくり返した結果かもしれません。

一方で、「この後輩はやればできる」と信じている先輩は、指示を与えるのではなく、後輩が自分で考えることを促すコミュニケーションを行っています。相手の言葉をよく聞き、問いかけることをくり返しています。

「ヘルプ」と「サポート」の違い

作成:Global Biz Support Co., Ltd.
指示待ち人間を育てる人

「この人はできない人」と決めつけて、指示をくり返すこのような指導によって、相手は自分で考えることを放棄します。言われたとおりにやることを選択し、「やらされた」感で仕事が嫌になります。

自立した後輩を育てる人

「この人はやればできる人」と可能性を信じて、傾聴や問いかけをくり返すと、相手は自分で答えを見つける喜びを発見します。納得して能動的に動くので、仕事そのものがおもしろくなります。

「傾聴」のテクニック|どうして傾聴が大事なの?

後輩が自立して、自分で問題解決できるようになるために、育成の場面において先輩の「傾聴(けいちょう)」が効果的です。

傾聴とは、相手のいうことを批判せずにそのまま受けとめ、「聴ききる」ことです。傾聴によって、話し手は話しやすくなります。安心して思いを言語化すると、自分のことや自分を取り巻く環境が冷静に見られるようになります。自分で気づき、発見をして、自分で解決の糸口を見つけることにつながっていきます。

傾聴のポイントを下にまとめました。聞き手の中に正解があったとしても、「自分の価値観と相手の価値観は違う」という立ち位置で聞くことが大切です。指示を出すより時間がかかるので、忙しい保育者は負担に感じるかもしれません。しかし長い目で見れば、後輩が自分で判断できる人になるので効率がいい方法なのです。

傾聴のポイント

■途中でさえぎらない
■相手の立場になって受けとめる
■反応する(うなずく、反復する、言い換えるなど)
■相手の表情、姿勢など相手の体が発しているサインをよく見る(口でうそをついても、身体はうそをつかない!)

「傾聴」してみるロールプレーングを行いました!

上記のポイントを踏まえて、参加者が実際に「傾聴」をしてみるワークを行いました。聞いてもらうことでどんな気持ちになったでしょうか。

ワーク1 セルフワーク

あなたが仕事を始めたころのことを思い出してください。困っていたこと、悩んでいたことをひとつ選んで、具体的に書いてください。

ワーク2 ペアワーク

2人1組になります。ひとりは後輩役、ひとりは先輩役です。後輩役はワーク1をもとに、先輩役に悩みを相談します。先輩役は、後輩役の話を「傾聴」します。

「聴ききる」って難しいんです。先輩役から、もし「こうしてみたらどうだろう」という提案や、自身の体験談が話されたら、それは「聴ききる」に徹したことにはなりません。後輩から「わからない。どうしたらいいの?」という反応があっても、「私もわからないから、一緒に考えよう」という姿勢を示しましょう。(松好さん)

「質問」のテクニック|育成に効果的な拡大質問

人は問いかけられると考えるという習性を持っています。継続して問いかけられると、自ら考える習慣がつきます。また、人からいわれたことに対しては「やらされている」感がありますが、自分で考えたことは、自ら「やろう!」と行動に移しやすいものです。

質問には「限定質問」 と「拡大質問」があります。限定質問とは、「はい」「いいえ」、あるいはひと言で答えられるような質問のこと。なんらかの事実を確認したいときや、特定の情報を得ようとするときに使います。

一方、拡大質問は答えが限定されない質問です。アイデアを出したいとき、相手に自分で考えてもらいたいときに使います。限定質問と違って、この質問の仕方は、相手が話したいことを自由に話す余地があります。ただ、聞かれた方は答えを考える時間が必要なので、聞き手は待つ余裕が求められます。

限定質問と拡大質問

作成:Global Biz Support Co., Ltd.

相談されたときに質問で返してみよう

後輩から相談を受けたとき、自分が正解だと思うことをすぐに話すのではなく、下の図を参考に質問で返してみましょう。

相手が自力で問題解決する質問の流れ

後輩が答えやすい雰囲気の中で質問することも大切です!

拡大質問は、ふりかえりの場面にも効果を発揮します。うまくいったときは「なぜうまくいったのですか」、うまくいかなかったときは「なぜうまくいかなかったのですか」だと問い詰められたように感じてしまうので、「どうしたら今度うまくいくでしょう?」と前向きに尋ねましょう。

「フィードバック」のテクニック

経験学習サイクルの概念図

出典:D.A.Kolb Experiential Learning

「経験学習サイクル」を回そう

私たちが職業人として最も成長するのは、現場での仕事の経験を通してであるといわれています。職場で具体的な経験をした後、その経験をふりかえり(内省)、よい点、改善点を整理し、次にどう生かすかを考え(概念化)、実践する(試行)サイクルを「経験学習サイクル」と呼びます。いろいろな統計から、この経験学習サイクルを1〜2週間で回すのが効果的であることがわかっています。

これまで解説した育成者による「傾聴」「質問」、そしてこれから説明する「フィードバック」が組み込まれることで、後輩の学びはさらに広く、深くなっていきます。

鏡に映った相手の姿をそのまま返す

フィードバックとは、自分が鏡となり、自分の鏡に映った相手の姿をそのまま返すことをいいます。朝起きて鏡を見たら、髪に寝癖がついていたとします。鏡は寝癖の直し方を教えません。寝癖がついているという情報を返すだけ。これがフィードバックするということです。フィードバックの量は働く人の意欲や成長の度合いに大きく影響します。積極的に伝えましょう。

フィードバックは指示やアドバイスではない!

フィードバックで伝える情報には2種類あります。ひとつは客観的情報。たとえば「会議で最初に発言しましたね」というように客観的事実を伝えることです。

もうひとつは主観的情報で、「I(アイ)メッセージ」ともいいます。「手を挙げてくれてうれしかったです」のような、事実に基づいて「自分がこう思った」という内容ですが、そこに相手へのアドバイスも指示も含まれません。

フィードバックの目的は、相手の成長です。フィードバックを受けた人が、自分の行動・発言が相手にどのように映っているのか、誰にどのような影響を与えているのかを知って、自分の言動をどのようにすればいいのかを、自分で考えることです。

フィードバックをするときに相手が受け取りやすいように、下に挙げる事項に配慮しましょう。

効果的なフィードバック

■できるだけ早いタイミングで(遅くても2週間以内に)
■肯定的フィードバック:否定的フィードバック=4:1の割合で
■事実をもとに伝える
■あいまいな言い方をしない

あいまいなフィードバックはやめよう

せっかくのフィードバックの言葉もあいまいな言い回しでは相手の行動は変わりません。

NG例

✕「いつも積極的だね」
✕「このところ、やる気を感じるね」
✕「すべてにおいて、前向きだね」
✕「最近、よくがんばっているね」

たとえこのようなうれしい内容であっても、後輩は具体的にどのような行動を強化すればいいのかわからないので、効果は限定的になります。

効果的なフィードバックの手法「SBI」

フィードバックは事実に基づいて具体的に行うべきことを再三述べてきましたが、いざ行おうとすると難しいものです。そこで伝えたい内容を「S」「B」「I」で整理する手法を紹介します。

【SはSituation】【BはBehavior】【IはImpact】

つまり、【どのような状況で】【どのような行動が】【どのような影響を】もたらしたのかを整理します。下に具体例をふたつ挙げました。これらを参考に、みなさん自身が後輩に伝えたいことを、 「S」「B」「I」で書き出してみましょう。


Situation:朝、新人のAさんにあいさつをしたときに
Behavior:笑顔であいさつを返してくれました
Impact:保育のスタート時、私は気分がよかったです

ささいなことであっても、就業して間もない新人にとっては、自分が何らか貢献できているということはうれしい発見です。


Situation:連絡帳を書いたときに
Behavior:状況を確認しなかったため
Impact:保護者の方に事実と異なることが伝わりました

否定的な内容のフィードバックも、このようにSBIで冷静に整理して伝えましょう。その後に拡大質問を使って、問題解決を支援していきましょう。

参加者の気づきや、今後実践したいことを聞きました

Fさん
今までは「新人はほめなくちゃ」と思っていたけれど、事実を具体的に伝えることのほうが大事なのですね。子どもに対しては「一緒に考えようね」という姿勢で保育をしているのに、後輩に対してはしてこなかったです。

Yさん

うちのクラスは3か月に1度、クラス担当全員でカフェに集まってざっくばらんに話す習慣があるんですが、経験学習サイクルを回すために、もっと頻度を上げようと思いました。休憩時間も使って、コミュニケーションを増やしたいです。

Tさん

そんなつもりはなかったのですが、知らないうちに自分が上から目線で見ていた部分もあったことに気づきました。相手にも答えがあって、自分にとっての正解が相手にとっての正解とは限らないのですね。

Kさん

育成では考え方を伝えることが大事で、それは組織の方針から導かれるものだとわかりました。現状では組織の方針をみんなが意識できていないように感じるので、そういう土壌が作れるように上司にも働きかけたいです。


文/佐藤暢子 イラスト/上島愛子

『新 幼児と保育』2021年4/5月号より

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