安全・疲れにくい!人間工学で保育がラクになる

保育と同じく人のケアをする看護においては「看護人間工学」という学問分野があり、看護動作や姿勢が研究されています。その第一人者である小川鑛一先生に、保育の場にも応用できる技術を教えてもらいました。

おおぎ第二保育園(埼玉・入間市)の1歳児保育の様子。

お話/小川鑛一(おがわこういち)先生

工学博士。1987年より放送大学助教授、1990年より東京電機大学教授、2006年退職。現在は旭中央病院附属看護専門学校などで非常勤講師。近著に『イラストで学ぶ看護人間工学』、『介護のためのボディメカニクス 力学原理を応用した身体負担の軽減』(共著/ともに東京電機大学出版局)などがある。

人間工学って?

人間工学は、働きやすい職場や生活しやすい環境を実現し、安全で使いやすい道具や機械を作ることに役立つ実践的な科学技術です。保育の現場で人間工学を応用する場合は、働きやすく安全な環境を実現させることが目的です。特に保育者の疲労を緩和し腰痛を防止するという観点から、特集の前半では人間工学の中の一分野、「ボディメカニクス」に基づき保育の動作・姿勢について解説します。後半は、保育者と子どもの身長差から生じる困難の解決策を、人間工学から考えます。

「ボディメカニクス」の技術で負担を減らす

人の頭、胴体、手足など身体部位には重さがあります。姿勢の変化で各部位の位置関係は変わります。前傾姿勢で子どもを持ち上げる場合、大人の上体の重量に子どもの体重が加わった重力が腰部に伝わります。腰部では脊柱起立筋(背中の筋肉)が重力を支えます。

このとき脊柱起立筋が出す力は、自身の体重の約4倍となる大きな力です。子どもを持ち上げるだけで腰部には非常に大きな力がかかり、腰痛を起こす恐れが出てきます。

このようにボディメカニクスは、姿勢変化に伴って身体部位にかかる力を研究し、身の安全を確保する学問分野です。保育やふだんの生活にも使えるボディメカニクスを紹介します。

好ましい姿勢・動作を導く ボディメカニクス9つの鉄則

1 重心移動を小さく

人の体の重心は、直立しているときにはおへそ近くの骨盤内にあります。重心の移動が小さければ、その人の重量の移動の変化も小さいので、働く筋力も少なく疲れません。

2 持ち上げるものは体に近づける

重量物は、持ち上げる人自身の重心線(重心を通る垂直線)に近づけると、肩関節や腰部に無理な力がかかりません。子どもは保育者の重心線近くで持ち上げるのが一番楽です。それは対象を体に近づけることです。

3 大きい筋肉を使う

ものを持つとき、使う筋肉が大きいほどものを持つのは楽です。重い荷物は指先で持つより手全体で持つほうが楽で、手だけでなく腕も使うとさらに楽です。

4 「支持基底面」を広くとる

「支持基底面」とは、両足の周辺を結んだ面積です。この支持基底面内に重心線が入っていれば体は安定します。また両足を離して支持基底面を拡大すると、人の姿勢は安定します。お年寄りはつえを使い支持基底面を広げて転倒予防をしています。

寝ている乳幼児を抱き上げる準備動作

上記の1~4を踏まえて、寝ている子どもを持ち上げたり、抱いたりするときの注意を考えてみましょう。まず、両足を左右に広げるか斜めに広げて、支持基底面を大きくとって、姿勢を安定させます。

次に膝を曲げて、腰を落とします。こうすると大きい筋肉である太ももに力を込めやすくなります。直立したまま前屈して持ち上げることは大きな力が腰に加わり危険なので要注意です。

そしてなるべく保育者の重心線上の近く引き寄せてから持ち上げると、少ない力で安定して抱き上げることができます。

5 ねじり、急な方向転換を避ける

人の脊椎(背骨)は24個の骨が連なったもので、各骨から1対ずつの神経が出ています。この脊椎は縦に細長いS字を形成していますので、無理にねじることは危険です。ねじれば脊椎に障がいが起こる可能性が高まります。

6 急な動きを避ける

静止物体は力を加えない限り静止し続け、動いている物体は力が作用しない限り動き続けようとします。これを「慣性」といいます。

手に持った重量物を急に動かそうとすると慣性力が働きます。背中や腕などに障がいを被ることがあるので、注意が必要です。

また、子どもを背負った大人が急に振り向いた場合、背負う人は振り向けても子どもの体は静止し続けようとするので、急に動かされた子どもに力(慣性力)がかかって強く引っ張られる格好になり危険です。

7 片手で重いものを持たない

重いものを片手で持つと、体の姿勢が傾きます。姿勢が傾くということは、その傾きを支えようとする筋肉に負担がかかることになります。重い荷物は左右の手で持つというように分散させるとよいのです。

両手であっても、抱っこをするとき体は前に倒れないように後ろに戻す努力をするので意外に疲れます。おんぶをするとその逆の現象が起こり、これもまた疲れます。で述べたように、できる限り体に近づけて抱っこ、おんぶをするとことで負担が軽減されます。

避難訓練などのときには抱っことおんぶを同時に行うことが求められて、とても重いと思いますが、身体バランスはとれていて、いい姿勢が保たれます。

8 作業面を狭める

たとえば、机を使い仕事をする場合、ひとつの机だけなら手や上体を伸ばして作業できます。複数の机での仕事なら、その都度、移動に時間を使い体も動かすことになります。できる限り、作業面を狭めると体の負担は減り、能率・効率も上がります。

立ち上がらずに手が届く範囲=肩から指先までの長さは、個人差はありますが70センチ前後、ひじを曲げた状態で40センチ前後、広げた両手間はほぼ身長と同じ、肩幅は身長の25%程度なので覚えておくといいでしょう。

9 持ち上げずに滑らせる

重いものを移動させるときは、しゃがんで体に近づけて持ち上げ運ぶのが基本です。可能であれば、斜面を作りその上をゆっくり滑らせながら移動させて、目標まで運ぶと安全で楽です。

保育者と子どもの身長差を調整する工夫

保育者は乳幼児との背の高さの違いから、負荷のかかる姿勢をとってしまいがちで、腰痛や疲れやすさにもつながります。身長差を埋める工夫が必要になります。

人間工学的アイデア1 テーブルの高さを大人に合わせる

子どもの身長に合わせたテーブルは低く、手洗いの水道蛇口も低い位置にあるので、食事の準備や手洗いの指導のときに保育者は上体を前傾させることになります。

また、子どもたちと一緒に食事をするときは、保育者は子ども用の低く小さいいすにすわると、大人の座高に合わないテーブルで食事をすることになります。その同じテーブルといすで、事務作業をする保育者も多いと聞きます。いすは使わずに、正座やあぐらの姿勢ですわる保育者もいます。姿勢は安定しますが、膝や足の甲の痛みに悩む保育者にとっては理想の姿勢とはいえません。

そんな中、下の写真のように大人のサイズのテーブルを使い、子どもは高さが細かく調整できるハイチェアを使っている保育園もあります。このように創意工夫しデザインする行為は、典型的な「人間工学」です。

おおぎ第二保育園のランチルーム

この園では0歳から5歳までの食卓は、家庭で一般的に使う高さのテーブルにハイチェアを組み合わせています。

保育者は大人用のスツールに腰かけて子どもと一緒に食事をとる。
食事の世話をするときにも、不自然に体を前傾させる必要がない。
子どもたちのランチが終わったら、同じテーブルで事務作業をしたり、休憩をとったりする。

人間工学的アイデア2 高さが変わるテーブル

保育者の負担を軽減するためには、使用シーンに応じて高さが変化する食卓を使うといいと思います。「昇降テーブル」などと呼ばれるもので、食事準備は大人用の高い食卓で行い、準備ができたらその食卓を低くして食事をします。食事の後は高い位置に戻して、保育者の事務机としても使えます。

人間工学的アイデア3 膝プロテクター

子どもの身長に合わせて膝立ち、よつばいなどの姿勢をとることは避けられませんが、膝が痛いという人もいるでしょう。バレーボール選手が使う膝プロテクターを当てるのはひとつの解決策です。

ほかの保育者とアイデア交換をしてみよう

今回初めて保育の様子を眺めてみて、座位、中腰、子どもを抱く場面が多いとわかり、それだけ保育者は姿勢に課題を感じているのだと思いました。問題解決には、現場の方々で意見やアイデアを交換するのが一番で、それが人間工学の第一歩です。私はもともと人間工学の中でも機械制御を専門としてきましたが、あるとき看護師は腰痛が多いと知り、看護人間工学の道に入りました。看護とはまったく縁のない研究室を持っていましたので、看護大学の先生と研究会を作りました。保育者のみなさんもまずは勉強会を立ち上げてみてはどうでしょう。疲れない姿勢や保育のあり方を考えたり、安全で楽しい遊具作りを考えたり、保育の場にもたくさんの人間工学的なテーマがありそうです。(小川先生談)


構成/佐藤暢子
イラスト/上島愛子
撮影/丸橋ユキ

『新 幼児と保育』増刊『0・1・2歳児の保育』2020夏より

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