「わたしの保育記録」応援企画 「わたしのための記録づくり」から始めよう!
小学館が後援する保育記録の公募「わたしの保育記録」。「0・1・2歳児の保育記録をもっと世に出したい」という思いから、平成30年(2018年)に「乳児部門」が新設されました。
過去に乳児部門で入選した大城彩夏さん、星野実咲さんに作品制作についてふり返ってもらうとともに、施設長の先生に保育記録に対する思いをうかがいました。
「わたしの保育記録」に応募しようと思っている方はもちろん、日常の保育記録づくりに悩む方も参考にしてください。
▼大城彩夏さんの受賞作品
▼星野実咲さんの受賞作品
解説
今井和子 先生
「子どもとことば研究会」代表、立教女学院短期大学元教授。一般財団法人 日本児童教育振興財団が主催、(株)小学館が後援する保育記録の公募「わたしの保育記録」の審査員を長年にわたり務める。
協力
こどもの王国保育園 西池袋園
(東京・豊島区)
千種わかすぎ保育園
(愛知・名古屋市)
まずはチェック!
→ わたしの保育記録
過去の入選作品が読めます。審査員からのメッセージも。
目次
読んだ人から「私だったらこうすると思う」と意見をもらえるような記録を書きたかった
お話/大城彩夏 さん
令和2年 佳作受賞
(こどもの王国保育園西池袋園/東京・豊島区)
――まずは応募のきっかけを教えてください。
直接のきっかけは、園の職員のグループLINEで園長先生から「こんな募集があるよ。賞金もらえるかもよ!」と告知があったことです。中堅といわれる年齢になって、他園の保育士仲間と話したりする中で、自分の実践をふり返ったり表現したりしたい気持ちが高まっていました。「わたしの保育記録」の募集のことは以前から知っていたのですが、当時転職して2年目、園として挑戦することを歓迎する慣例があったのは大きかったです。
――書くテーマはどのように決めましたか。
まずは公式サイトで、過去の受賞作品を読みながら、「自分だったらこういうことが書けるかな」といくつか候補を考えました。2歳児について書かれた記録はなかったので、じゃあ私は2歳児の記録を書こうと決めました。
――受賞作品では、家から女の子たちがぬいぐるみを持ってくるようになったことで生じた子ども同士の衝突を描いています。いくつかあった候補の中で、これに絞ったのはどうしてですか。
書くからには、読んだ人から意見をもらえるようなものにしたいという思いがありました。誰が見ても「良い保育実践」ではなく。そもそも家からぬいぐるみを持ってくることをよくないと考える園、禁止している園も多いと思うんです。新型コロナウイルス感染拡大による休園もあった中で、登園してくる子どもたちの心の安定につながるなら、ぬいぐるみを持ってくるのもあり、というのが私の考えでしたが、ぬいぐるみがきっかけでトラブルが起きてしまいました。
今井和子先生が作品の講評を書いてくださった中で、「ぜひこれをテーマにクラスで話し合ってみるといいですね」とすすめていて、「思いをわかっていただけたんだ!」とうれしくなってしまいました。
――3歳未満児のクラスを持ちながら作品を書くのは大変だったですよね。
まず4000字という数字に面くらいました! もっと短い記録なら書いたことがあるのですが。でも過去の受賞作品を見ていく中で、文章が細かい項目に分かれていることに気づきました。項目ごとに見れば短い記録だから、と考えたら負担感は減りました。最初から文章を書くのではなく、まずエピソードの見出しだけ書き出して、並べ替えをする作業をしました。
<大城彩夏さんの作品の文章構成>
書きたい題材について項目を洗い出し、並べ替えた。最後の
まとめの見出しを、作品の題名にもした。
タイトル「自分の」を大切にできる環境とは
見出し1 コロナ禍での担任(導入)
↓
見出し2 安心材料としてのぬいぐるみ
↓
見出し3 朝の会での出来事
↓
見出し4 Hちゃんの気持ち
↓
見出し5 どうしたらいいのだろう?
↓
見出し6 Mくんのマイクちゃん
↓
見出し7 ぬいぐるみだらけのクラス
↓
見出し8「自分の」を大切にできる環境とは(まとめ)
項目を固めたあとは、各項目内で書くことは明確でした。それでも書いている最中はしんどいな、と思うこともありましたが……書きながら「これを読んだ人からどんな意見が出るかな。『この人子どもと本気でぬいぐるみの引っぱり合いしたんだ!』って、驚くかな」などと読む人の反応を想像する楽しさはありました。
――ドキュメンテーションなど、保育の中で作成する保育記録もあると思います。「わたしの保育記録」につながったものはありますか。
通勤電車の中で、自分だけの覚え書きをEvernote(エバーノート)というスマートフォンのメモアプリに書いているので、それが「わたしの保育記録」につながった部分もあるし、ドキュメンテーションにつながることもあります。私のためだけの記録なので、思ったことをさっと書きとめておくだけなんですが(下のメモ書き参照)、あとになって、「あのときのあれがここにつながっているのかぁ」なんて気づけることもあります。キーワード検索ができるのも便利です。
――「わたしの保育記録」に応募する前に上司に相談をしましたか。
応募する前に、園長先生に目を通してもらいました。最後のまとめの部分をどういう結論に持っていけばいいかをまだ迷っていて、「子どものケンカ」とか「子どものトラブル」のようなまとめ方も途中頭に浮かんでいたのですが……。
「このエピソードから何を感じた?」
と問われて考えました。2歳児の「自分の!」にゆっくりとつきあえたのは、まわりの保育者の存在があってのことだな、そんな環境がありがたいなと思って、「『自分の』を大切にできる環境とは」を最後の項目の見出しとしました。それを作品の題名にもしました。
――「わたしの保育記録」に応募しようとしている読者のみなさんにメッセージをお願いします。
園での保育実践を、園の外の人にも伝えられることができた貴重な体験でした。私のようにあまり話すのが得意ではない人は、研究会や学会発表などは、どきどきしてしまうからハードルが高いですよね。でも「わたしの保育記録」なら発表しやすいです!
園長先生より
「わたしの保育記録」の応募を通して日ごろの保育実践を言語化するのは、保育者のスキルアップにつながると思ったのでみんなにすすめました。でも「業務が増える」などと負担を感じてほしくなかったので、「ちょっとみんなでやってみない? 賞金30万円もらえるって!」と誘いました。
大城さんの受賞によって、保護者の方々からも反響がありました。「こんなふうに考えて保育をしているのですね」「こんなに真剣に子どもに向き合っているなんて!」「子どもの思いをつづったものが、園外の人に評価してもらえたことは私たちもうれしい」などの声をいただきました。
(菊地奈津美園長先生)
審査員 今井和子先生 より
「書くことは大切な出来事を忘れないため」すなわち「感動の保存」だと常日ごろ考えてきましたが、大城さんは、まずスマートフォンのメモアプリに書きとめてきたのですね。日常的にメモを取ることは、実践記録を書くうえでいかに効率的で、記録がリアリティーのあるものになるかを示してくれました。さらに保育しながら生じる課題や疑問を自分ひとりだけにとどめず、職員間や記録を読む多くの人にも考えてもらえればと考えていたこと、書き手の訴えたい思いこそが、読み手の心を動かし、「共同思考」をうながすことを再確認できました。
葛藤を乗り越えた先にあった、保育者にしか味わえない気持ちを伝えたい
お話/星野実咲さん
平成30年 佳作受賞
(千種わかすぎ保育園/愛知・名古屋市)
――星野さんが受賞されたのは4年前のことです。応募したときの気持ちを覚えていますか。
保育者になって2年目を迎えたとき、「自分のために書いておかなくちゃ!」という思いに駆られて「わたしの保育記録」を書きました。
最初の年は0歳児の担任として、ただがむしゃらに過ごしました。毎日、休みの日でも担当の子どもたち3人のことが頭を離れないというくらい濃い1年を終えて2年目、再び0歳児を受け持つことになり、1年目に味わった気持ちを忘れないように、書きとめておきたかったのです。1年やってみて自分なりに自信もつけて4月1日を迎えたものの、子どもが違うと、今までうまくいっていたこともうまくいかなくなって。「子どもが10人いたら、保育は10通り」ということにも気づきました。だからそれぞれの子どもについて、何年たっても思い出せるように、記録に残しておこうと決めました。賞をもらおうなんて、そのときは思っていなかったです(笑)。
――「わたしの保育記録」の応募ありきではなかったのですね。では「わたしの保育記録」についてはどのように知りましたか。
子どもたちのことを記録に残そうと決めたとき、ふと、「そういえば、園長先生が、応募要項を持っていたな、と思い出して。職員室に置かれていた要項を1枚家に持ち帰りました。
――4000字近くの作品を書くのは負担ではなかったですか。
逆に「もっと書けるのに」と思っていました!3人の子どもの、4月から翌年3月に起こった出来事や気持ちの変化を記録に残そうというのが出発点だったので、どう絞って4000字以内に収めようか、と考えました。自分のための記録だったので、凝った構成にするつもりもなく、4月から順に思い出して、あまり迷うことなく書きました。
――だから星野さんの作品は、子どもごとにブロックを分けて構成していたのですね。
4月に始まって、3月で終わる構成で、春のエピソードのKちゃんのブロックを最初に持ってきて、夏のエピソードのYちゃんのブロックを次に、3番目にはAちゃんの秋〜冬のエピソードを配置しました。
<星野実咲さんの作品の文章構成>
保育士1年目の初日で始まり、最終日で終わる構成にした。担当している3人の子どもごとのエピソードを、時系列で配置している。
タイトル「気持ちに寄り添う保育」
導入 新人保育士初日
↓
見出し1 Kちゃんの気持ち(春のエピソード)
↓
見出し2 Yちゃんの気持ち(夏のエピソード)
↓
見出し3 Aちゃんの気持ち(秋〜冬のエピソード)
↓
まとめ 初年度最後の勤務日
――日常の保育の中で作成している記録もあると思います。「わたしの保育記録」の作品づくりにつながったものはありますか。
わたしたちの法人の園の伝統で、新人保育士に「何を書いてもいいノート」が渡されます。市販の大学ノートなんですが、先輩に教えてもらったこと、思ったこと、気づいたことなどを文字でも絵でもいいので書きます。休憩時間に書いてもいいし、家で書いてもいい。読むのはクラスの先輩保育者、クラスリーダー、主任の先生、園長先生で、コメントも書いてくれるので交換日記のような感じです(下の「ノート」参照)。「わたしの保育記録」で子どものエピソードを書くときにもノートを見返しました。保育者になって6年目ですが、今でもときどきノートを見返しています。
――作品が入選したことで、まわりからどんな反応がありましたか。
私の保育実践が入選作品として雑誌に掲載されたことがきっかけで、市内の保育養成校に招かれ、学生の前で話をしたことがあります。また、母校の先生が、私の作品を授業の題材に使ったという話も聞きました。学生の方に読んでもらえたことは特にうれしかったです。というのも、私は養成校時代、保育士として働くかどうか、悩んでいた時期があったのです。「子どもを指導する」タイプの保育の現場を見て幻滅してしまって。
子ども一人ひとりに寄り添うことを大切に現在保育をすることができていますが、よく言われるように、保育は本当に大変な仕事。それは否定しません。人と人とがかかわる中で、思うようにはいかずに悩むことも多いですけど、「保育って、こんなに心が動く仕事なんだよ」「葛藤を乗り越えたときのなんともいえない気持ち、保育者でないと味わえない気持ちがあるよ」というメッセージが、「わたしの保育記録」を通じて、かつての私のように悩む方にも伝わっていたならいいなと思います。
園長先生 より
「わたしの保育記録」の応募要項を、興味のある人が持ち帰れるようにコピーしておいたのが5月。星野さんが応募したことは当時の園長も知らなくて11月に「入選したので園の名前が雑誌に載るけどいいですか」と聞かれて、本当に驚きました!
千種わかすぎ保育園は、若い保育園です。星野さんが働き始めたのは開園5年目、同じ法人の古い園では記録づくりや研究に挑戦する余裕もありましたが、この園では「記録を書くより子どもとかかわる時間を優先しよう」と伝えていました。担当する3人の0歳児と、星野さんがとことんかかわる中であふれ出た思いをつづり、この保育記録が生まれました。
(石田靖代園長先生)
審査員 今井和子先生 より
保育者になって出会えた子どもたち、一人ひとりについて忘れないよう記録に残しておこうと、2年目からそれを実践されたこと、感動しました。さらに勤務先から「何を書いてもいいノート」を渡され、そのノートを通じて先輩や園長先生などいろいろな立場の方と意見交換ができ、決して「保育は、ひとりじゃない」、多くの人と支えあってこそ築かれるということを、実感できたと思います。
学生たちに話をするきっかけを得たことで、書くことにより未知の人ともつながっていける喜びを得られたのではないでしょうか。
文/佐藤暢子
写真提供/こどもの王国保育園西池袋園、千種わかすぎ保育園
『新 幼児と保育』増刊『0・1・2歳児の保育』2022夏より