チームワークが向上する「保育者間の言葉の伝え方」
先輩から後輩へ、後輩から先輩へ。伝える言葉ひとつで、関係がぎくしゃくしてしまうことがあります。人間関係をよりよくするために心得ておきたい保育者間の言葉の伝え方を、島本一男先生にアドバイスしてもらいました。
お話
島本一男先生(東京・八王子市 諏訪保育園園長)
大学で機械工学の勉強をし、ビジネスマンを経て保育士となる。湯浅とんぼさんと組んで、あそびうたの普及にも貢献。おもな著書に『どう変わる? 何が課題? 現場の視点で新要領・指針を考えあう』(ひとなる書房 共著)、『とんちゃん&しまちゃんの歌で遊んじゃおう! CDつき』『0・1・2歳児 とんちゃん&しまちゃんの歌ってこっつんこ CDつき』(ともに小学館)など。
目次
丁寧に伝え合うことがヘタになっている時代
理解してほしい、ではなく「理解しよう」とする努力が大切です
保育はチームワークが大切です。にもかかわらず、職場の人間関係に悩む保育者は少なくありません。特に若い保育者が悩むというのは、上の人のコミュニケーション能力が低くなっているからなのだと思います。
総じて今の時代は、「丁寧に伝え合う」ということがヘタになっていると感じます。ですが、組織をうまく機能させるためには、それぞれが取り繕わずに、自分の思いを丁寧に伝えようとする努力は不可欠です。
上手に言葉を伝えるために必要なのは、「理解してもらう」ではなく、「相手の気持ちを理解する」ことです。組織をよりよくしようという共通の意識を持って、相手をどれぐらい思いやり、いかに相手にわかりやすい言葉を使えるかがポイントといえるでしょう。「相手の気持ちを理解するスキル」を求められるのが保育者。同僚との伝え合いを丁寧に重ねることで、このスキルを磨いてほしいと思います。
ここでは伝え方の例を挙げていますが、言葉というのは、その人の価値観が表出してくるもの。この言い方が悪い、この言い方が正しいという答えはありません。考え方のひとつのヒントとして参考にしてほしいと思います。
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じつは保育者が使いがちなNG言葉「なんでできないの?」「教えてあげたのに」
なかなか仕事を覚えてくれない後輩に、つい出てしまいがちなこんな言葉。案外、保育者は子どもに対しても、こういう言い方をしがちです。「あなた、何回いったらわかるの?」「このあいだもいったよね」と。日常的に使っているから、大人同士の会話にもつい出てしまうのですが、これは子どもにも大人にも使いたくない言葉ですよね。
「教えてあげたよね」というのは、「こんなに丁寧に教えてあげているのに、わからないのはおかしいよね」という気持ちの表れ。これは人格を否定しているのと同じです。「教えてあげたのに」という上から目線の気持ちがあって、そこに思いどおりにいかないイライラがのっかってしまうと、こういう言葉が出やすいのです。人格否定をされると、人は、その人とコミュニケーションをとりたいとは思わなくなってしまいます。
ヒント1
仕事をなかなか覚えられない後輩に言葉をかけるとしたら…
「説明のどこがわからなかった?」
「何が難しい?」
「覚えられなかったのは、自分の伝え方が悪かったのかも」と思うようにすると、おのずと言葉も変わってきます。「なぜ、伝わらないんだろう?」とふりかえり、言い方を工夫してみることは、自分自身を成長させることにもつながるはず。いわれたほうも「できなかったこと」をふりかえって整理することで、成長するチャンスを得ます。
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できないのに「 はい「」わかりました」をいわせてしまう言い方に注意
「○○をやっておいてね」
「○○はあなたが担当ね」
ほぼ命令口調でこういわれたら、あなたならどう答えるでしょうか。特に上からいわれたら、わかってもわからなくても「はい」というしかないということがあります。これはどの職場でも同じ。子どもも、命令とか怒りに対しては、その場を逃がれるために「はい」「わかった」といいますよね。
経験を積んだ保育者であれば、相手の力量を見ながら仕事を頼むことができるはずですが、保育では仕事を分担することが多いため、「やってもらわないと自分が困る」という事情もあります。「資格があるんだからできるはず」「毎年このノルマなのだからできるはず」という思い込みも手伝って、無意識に口調に表れてしまうのだと思います。
結果的に、「はいといったのに、できなかった」ということが起こります。これでは、指示するほうも、指示されるほうもストレスがたまる一方です。
ヒント2
仕事を頼むとき、任せるときは相手の力量を見極めて具体的に
「失敗してもいいから、やってみてくれる?」
「○○までだったらできる?」
「失敗してもいいから」という言葉が最初にあるとないとでは、仕事を任されたほうのプレッシャーはずいぶん違います。「○○までだったらできる?」というように、相手の力量を見極めて、「できる」のハードルを低くする配慮も必要。このように声をかけられた保育者は、自分が先輩になったときにも、上手に後輩指導ができるようになると思います。
さらにこんなときは…
シフトを交代してもらいたいとき
たとえば、シフトを交代してほしいときは、伝え方より何よりも、交代後のことをいかに考えられるかが前提になります。新人保育者とベテラン保育者が交代すれば、現場は混乱しますよね。そのことを考えて、できるだけ同じレベルの保育者に交代を願い出る。その配慮が常にできている人は、本当に困ったときにも「大丈夫だよ」「休みなよ」と助けてもらえるようになります。つまるところ、自分が園の中で愛される存在であるための努力こそが大切で、裏を返せば、自分がどれだけ組織や同僚を愛することができるか、ということになるわけです。
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断るときの 「大丈夫」「大丈夫です」は誤解を招きやすい
先輩に「手伝おうか?」といわれて「大丈夫です」。同僚に「お茶をいれましょうか?」と声をかけられて「大丈夫」…。
若い人はよく、断るときに「大丈夫」を使いますが、真意が伝わりにくい言葉だと感じます。本当に大丈夫と思っているのかもしれないし、手を出されるのがいやで大丈夫といっているのかもしれないし、冷たく突っぱねたくてそういっているのかもしれない。
意思をもって拒否したい場合はそれでもいいでしょうが、コミュニケーションを上手にとろうとするのであれば、このひとことでは思いやりに欠けます。どんなシーンでも手軽に片づけようとせず、丁寧に気持ちを伝えるようにしたいものです。
ヒント3
「 手伝おうか?」の申し出を断るときは理由を具体的にいうと角が立たない
「どう手伝ってもらっていいかわからないので、自分でやってみます」
「大変だけど、なんとか自分でできそうです」
「手伝ってもらうとスキルが上がらないので、がんばってみます」
断ろうと思ったら、その理由をきちんといいます。手伝いを申し出てくれた人も、ただ突っぱねられたわけでないとわかれば、いやな思いはしないはず。状況、心情を上手に伝えることで、相手は「別の形でフォローしてあげよう」と考えるかもしれません。
さらにこんなときは…
手伝いが必要なとき
自分がピンチなとき
「大丈夫です」といっているけど、見ていて全然大丈夫そうじゃないのになあ、と思うことがあります。特に、新人のころは「できない」とはいいにくいもの。無能と思われたくないという自尊心もあります。でも、最初はだれでも無能なのです。できないことを「できない」ときちんと伝えることは、集団を機能させるうえでとても大切なこと。あとあと大きな問題になる前に、早めに援助を求めましょう。
あなたが経験の少ない保育者で、与えられた仕事をこなせない、行事の準備などが間に合いそうもないときは、先輩保育者などに「できないのですが、どうしたらいいでしょう?」と判断を仰ぐのが賢明です。このときも、理由をきちんと整理して、状況を伝えること。分担のしかたが悪かったのか、やり方を工夫すれば解決するのか、組織として考えなくてはいけない問題でもあるからです。
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「絶対○○!」「○○するべき」強すぎる声はだれかの声を封じてしまう
自分の意見をいえる、言葉にできるというのは、それだけ自分の行動や考えをふりかえり、整理している結果だと思います。これ自体はとても素晴らしいこと。ただ、保育には絶対にこれが正しいということはありませんから、「〇〇するべきだ」「絶対に○○」という断定的な言い方は控えたいものです。このような声があると、ほかの人が意見をいいにくくなるからです。
保育の世界はいつもと同じように進むことが大事だと考える傾向があります。その結果、会議の場でも、若手保育者が声をあげにくいということが起こりがち。ですが、若手の意見を吸い上げられない園は、子どもの意見を吸い上げられないと思うのです。当たり前を前提にせず、だれもがのびのびと意見をいいやすい雰囲気を作っていきたいものですね。
ヒント4
会議で若い保育者の意見を吸い上げたいときは…
「経験していない人は、なにがわからない?」
会議で「なにか意見はありませんか?」と問われて、発言できる人はあまりいません。新人や経験の少ない若手ならなおさらです。たとえば、行事に関する会議なら、過去の情報(ビデオなど)を開示したあとで、わからないことを前提に意見を求めます。「今年の子どもとやりたいこと」をいかに引き出して、実現できるようにするかは、先輩保育者の役目でもあります。
Check!
うまくいかないことをだれかのせいにしたら即アウト!
「○○さんに嫌われているみたいで、連携がうまくとれません」
「○○さんとは意見が合わなくて、仕事がやりにくいんです」
仕事のうえで困っていると相談されたら、人は何とかしてあげようと思うもの。ですが、その理由が
「だれかのせいで」となると、話は別です。好き嫌いの感情が見え隠れする場合にはなおさら。人間ですから好き嫌いはあって仕方がないのですが、どんな事情であれ、問題をだれかのせいにはしないことです。
ヒント
だれかの名前を出す場合も必ず自分主体になるように相談
「○○さんから指摘されたんですけど、自分は思うようにできなくて情けなくて困っているんです」
「○○さんと、うまく仲よくできないんですけど、どうしたらいいと思いますか?」
だれかの名前を出して相談する場合は、自分主体で話せばいいのです。「自分は仲よくしたい」といえば、受け取る側も何とかしてあげたいと思いますし、これなら本人に伝わっても悪い気はしませんよね。吐き出す前に自分の感情を整理することは、自分を出すスキルを磨くことにもなります。さらに、なんでも相談できる相手を見つけることもスキルのひとつです。
さらにこんなときは…
同僚のよいところを認めるとき
ある子どもが午前の間、草むしりをするぼく(島本)の横で、ずっとバッタをつかんでいました。昼食の時間に保育者が迎えに来ても、かたくなにバッタを手放さない子ども。彼女は急がせるわけでもなく、「見せて。かわいいね。バッタさん、お母さんに会いたがっているかもしれないね」と声をかけたのです。子どもははっとしたように、バッタを逃がしました。ぼくは、子どもが園舎に戻ったあとで、「いま、すごい素敵なことをいったんだけど、わかった?」と、その3年目の保育者に声をかけました。本人は「え?」と驚いた顔をしていましたが…。
無意識でやっていることを、言葉にして意識化してあげることで、感性を伸ばすきっかけになることがあります。よい、悪いではなく、「○○したんだね」といってあげるだけでいい。よかったかどうかの判断は、自分ですればいいことなのですから。ほめる、というよりも認めるということですよね。
気をつけたいのは、「ほめる」をみんなの前で言葉にすること。「○○すると評価される」「○○が正解」という価値観を植えつけてしまうからです。叱るときにも、同じことがいえます。
文/木村里恵子 イラスト/上島愛子
『新 幼児と保育』2018年8/9月号より