散歩から始まる地域交流 ~まちとつながれば保育はもっと豊かに広がる~

社会福祉法人東香会理事

青山誠

まちに散歩に出てみれば、そこで出会う人やモノ、コトから保育活動は、いくらでも豊かに広げていけます。地域を生かし、地域に暮らすふたつの園の散歩風景をレポートします。

レポート/青山 誠(保育者)

住民として地域に暮らす

東京・葛飾区

うらら保育園

社会福祉法人清遊の家の認可保育園。定員70名。特別養護老人ホーム・すずうらホーム、西新小岩住宅サービスセンター併設。

うらら保育園には、手ざわり、肌ざわりのいいものが満ちています。木の柱、障子、ふすま、使い込んだ籐籠。畳を敷いた小上がりに腰を下ろして、子どもたちを眺めるうちにゆったりと時が流れていきます。「暮らしのうらら」とも呼ばれる、うらら保育園。まず「暮らし」というものをどうとらえているのか、園長の齊藤真弓さんにお聞きしました。

「暮らしってそんな難しいことじゃなくてね、日が落ちれば暗くなるでしょう。明かりをつけて、少し眠くなってきて…そういう大きな自然の流れに沿って生きることかな。そこに地域っていうのも出てくる。保育園は地域にあるわけだから、園も地域の住民として暮らしていく。たとえば葛飾区は夕方になると鐘が鳴るんです。時間は季節によって変わりますけど、その鐘が鳴ったら部屋に入ろうねと、子どもたちには声をかけています。近隣への配慮ということだけじゃなくて、暮らすということにもつながってきます」

散歩についても同じで、地域の特性に合った振る舞いをすることを大事にしているとのこと。

うらら保育園がある地域は路地が多く、散歩で路地を歩く際には、いろいろな方がそこに住んでいるということを子どもたちに伝えて、声を張り上げたりすることのないようにしているそうです。ただ、そんな路地でうれしい出会いがあったと、主任の青木さんが教えてくれました。

「散歩していたら鵜沢さんという方が声をかけてくれたんです。『子どもたちが通りかかるときの声を楽しみにしてるのよ。いつも元気をありがとう』って。そして園児80人全員にうさぎの折り紙を折って、プレゼントしてくれたんです。子どもたちはもう大喜びで、お礼にって鵜沢さんの似顔絵を描いたんです。とびっきりの似顔絵でした。そのあとは路地を通るたびに、うざわさーん、と子どもたちが声をかけながらいくんです。こういうつながりって本当にうれしい」

うららの門の前のベンチでは、おじいさんと犬が腰を下ろしていたり、夏休みには小学生がゲームしていたりするとのこと。「ふだんの暮らしから、隣り合うように園と地域がつながる」ことを大事にしているそうです。

散歩では買い物によく行くそうで、シロップ作りがはやったときはスーパーで氷砂糖を買い、八百屋さんでレモンを買って、それから公園に行ったり。「鍋を作ったときなんて、誰がネギを持つかでケンカになっちゃって、そしたら八百屋さんのおじさんが『貸してみな』って、その場でネギを切り分けてくれたんです」

笑い合いながら、ご近所の散歩について話す齊藤さんと青木さん。ただ近隣への配慮はこまやかにしているとのことで、門の掲示板に活動の予定を掲示したり、子どもの声が気になる方には活動時間を説明したり、夕方にはお母さんたちの立ち話にも「配慮して」と伝えたり。

「職員に大事なこととして伝えてあるのは」と齊藤さんがいいます。

「人として器量よしでいなさい、また会いたいと思ってもらえるような人でいなさいってこと。それは保育の中で大事にしていることでもあって、何よりも心地いい人でいてほしい、と。地域とのつながりって、園の空気がそのまま外へにじみだすと思っています。そういう意味では地域とのつながりって何も特別なことじゃなくて、保育そのものですね」

地域の施設の備品を壊してしまうなどのトラブルがあった場合などに、身元をはっきりと伝えるため、散歩に出る際は、園の“名刺”を携帯している。
フォークリフトに出会うことのできる散歩コースで。
散歩中に声をかけてくれた鵜沢さんからの子どもたちへのプレゼント。ひとり分ずつきちんと袋詰めされていて、子どもたちも大喜び!
住宅前に置かれた水槽をのぞきこんで。声を張り上げたりしないように気をつけながら、路地を歩く。

地域をまるっと「園庭」に

神奈川・相模原市

RISSHO KID’Sきらり

社会福祉法人たちばな福祉会の認可保育園。乳児(0歳児、1歳児)の分園ポピーと合わせて、定員は90名。

近所のラーメン店で。まちには、わくわくするものがいっぱい。

「園庭のない園だけれど、園長をやりたいかって聞かれて、やりたいに決まっているって即答したのです。だって園庭がないだけでしょ!って」

きらりの園長・坂本喜一郎さんは晴れやかな笑顔でそう語ります。

「園庭がない園はかわいそうというけれど、それって本当か。努力と工夫とでよい保育ができるはず、それを検証してみようって。こんなにすてきな地域があるわけだから、地域を園庭にすればいいって思ったのです」

晴れても雨が降っても、午前中は散歩の時間として、毎日外へ出かけているそうです。

「最初は保育士たちから不安の声も出ましたが、園庭がないということは、子ども側から考えたら、大人と一緒じゃないと外に出られないってこと。だったら最大限つきあおうよ、毎日必ず外に出ようって」散歩の行き先は、子どもたちが話し合って決めているのこと。

「1歳児以上は朝の会で『今日どこに何しに行きたいの』と声をかけます。そうすると『せみとり』などと目的をいうときと、『〇〇こうえん』と場所をいうときがあります。きらりは幼児クラスでも少なくとも保育士が2名いて、担任の数だけ行き先を分散します」

保育者ひとりで子どもたちを連れて外に出ることについては、何度も話し合いを重ねたそうです。決め手となったのは「何を優先するか」ということ。

「保育者が不安だから2名で行くとなると、行き先をクラスでひとつにするほかない。でも、ぼくらは7年かけて、子どもの夢をかなえるのが園の使命だと思って保育を積み上げてきました。子どもが動きたがっているなら、それに大人が合わせればいいじゃないか、と。結局ね、子どもを信じられるかどうかってことなのです。子どもをちゃんと見ていたらわかりますが、やりたいことをしているときにふざけたことはしません。本人がやりたいか、やりたくないかを尊重することが一番大事なのです」

予想できないことがまちには転がっている

毎日地域に出ていると、子どもがまちを知っていく、と坂本さんは語ります。どこにトイレがあるか、公園だけでも十数か所知っているのとのこと。近所の消防署に行けば、子どもたちが消防隊員の名前がわかり、隊員の方でも子どもたちの名前を知っているそうです。

「4〜5歳になるともうまちは庭みたいなものになっています。玄関を一歩出たらわたしたちの園庭。まちを走る電車はわたしたちの電車。電車が走っていく先もわたしたちの園庭。それで江ノ島でも新宿でも行っちゃう。きらりに遠足という言葉はないんです。毎日が遠足になっちゃうから。年少になると全員がパスモ(交通系ICカード)を持ってどこへでも行きます」

木いちごの実る秘密の場所までバスで出かけたり、「どくだみをてんぷらにしたらおいしそう」といって、どくだみ探しの旅へ出かけたり。一方でまちへ出れば、本物の文化との出会いがたくさんあります。

「美容室では魔法のようなことが起きていますよね。2歳の子が美容室をのぞいて、パーマのロットを指さして『おもしろい』ってつぶやく。担任がさっそくロットとピンを買ってきたら、子どもたちが思い思いにパーマをしあって遊んでいました」

まちでおもしろいものに出会って、爆発的に興味を持つというのはよくあること。予想できないことが、地域にはごろごろ転がっている、と坂本さんはいいます。

「うまくいかないこともあるけれど、それが挑戦意欲をかきたてる。園内だけにいたらこうはなりません。偶然性があまりないから。園でできることは園でやればいいけれど、それは微々たるもの。地域に出て、知らなかったことにわくわくすれば、園内の生活も豊かになります」

駅近くの商業施設で。雨の日も散歩は欠かさない。
消防署員ともすっかり顔なじみに。保育者の園名入りシャツが名刺代わりにもなる。
散歩はその日、行きたい場所へ。毎日が遠足のよう。
「車掌さんを近くで見たい!」と、この日は駅のホームへ。

地域といっしょにハロウィーンで盛り上がる

地域の園と連携して行っているハロウィーンは、今年で5年目になりました。

「相模大野の駅前は、10月になるとハロウィーン一色に。子どもの間でも話題にあがって、『園でもハロウィーンをやろう』と盛り上がります。アプローチはいろいろで、お菓子をもらいたいから入れ物を作るとか、きれいな服を着たいから服を作るとか、先生が曲を流して気分を盛り上げるとか。この活動は1か月続くのですが、これだけ盛り上がるのに、当日お菓子をもらいに行く先が近所だけではもったいない!そこで、ほかの園にも声をかけて、子どもたちが園と園を行き来することを思いつきました」

今では地域の10園が参加。当日はほかの園の子どもがきらりに来たり、きらりの子どもがほかの園に行ったり。事前に登録すれば地域の親子も参加可能で、園見学をかねてたくさんの人が訪れます。まちはその日、子どもたちの姿でいっぱいに。

「これって最大の地域貢献だと思っています」と坂本さん。なぜまちに子どもがあふれると、地域貢献になるのでしょうか。

「まちに大人しかいないと子どもの肩身って狭いですよ。逆にたくさんの子どもでまちがにぎわえば、子どもの居場所ができていって子育てがしやすいまちになります。それに子どもがまちを使いこなして魅力を知っていけば、自分のまちを好きになってくれます。私たちの仕事は『このまちはいいところだぜ』と子どもに伝えること。最終的にまちを活性化して未来の後継者を育てていく。そのきっかけが散歩なのです」

地域に出ていく際に心がけているのは、「定期的にお礼を伝える」ということ。

「こちらだけ一方的に地域を使い、お世話になっているのはダメ。定期的に必ずちゃんとお礼を伝えなさい、と。ラーメン屋さんにお世話になったら、保護者さんたちにも家族で食べに行ってくれよって(笑)。園が地域からかわいがられて、認められてこそ、地域で活動ができるのです。それは子どもの力だけではできませんから」

ハロウィーンのポスターを作り、地域に住む親子の参加も呼びかける。
10月になると、まちはハロウィーン一色に。花屋さんでも「かぼちゃ」を発見!
ハロウィーン当日。思い思いの衣装を身につけて、まちへ出発!

さあ! 散歩に出かけましょう!

地域の特性を保育の個性として活かす

「散歩から始まる地域交流」というテーマでふたつの園にお話を聞きましたが、それぞれが「地域の特性」を「保育の個性」として積極的に生かしていました。

路地の多い地域にあるうらら保育園では、散歩でのつながりを日々の保育の風景として温めていました。イベントなどの大きな展開にしたり、地域対応とかしこまったりするのではなく、いつもの暮らしのなかで隣り合う。ご近所の方や八百屋さんとのやりとりなどどれも心温まるエピソードですが、「心地よい人であれ」という保育で大事にしている姿勢そのままで、地域ともつながっていくというのが印象的でした。

RISSHO KID’S きらりは、駅近い商店街の中にあるという特性を生かして、まちにあふれる文化を保育の刺激として生かしたり、交通機関を使って遠方に出かけたり。園庭がないことをあえて園の個性として、アグレッシブに保育を組み上げていく熱意にあふれていました。

路地ばかりで緑が少ない。駅近くで遊ぶ場所がない。そんなふうに環境をネガティブにとらえるのではなく、2園の取り組みからはそれぞれの地域で子どもと豊かに暮らしていくのだという力強い信念が伝わってきました。

偶然の出会いを楽しむ

さまざまな人やモノや出来事との出会いをうまく保育の豊かさにつなげていく。それが地域を楽しむコツかもしれません。きらりの坂本さんがいうとおり、園の中だけでは偶然はあまり生まれません。たまたま起こった出来事は、保育者としては先の予想がつかないこともあります。ただ、子どもは出会ったことにわくわくすればするほど、足し算をするように遊びを広げていきます。保育者も先の読めない展開を怖がるのではなく、未知のわくわくをおもしろがる感性が大事だと思います。2園とも、その感性が園としてしっかりと根づいていると感じました。

落ち葉を集める子どもたち。道ばたにも、たくさんの出会いが見つかる。

園が地域の住民として暮らす

うららもきらりも子どもの自由を尊重しつつ、地域へのこまやかな配慮をしています。うららでは、夕方の鐘に合わせて室内の活動に切り替える、きらりでは事あるごとにお礼の言葉を相手に伝えるなど、園の人格を地域に見せて、住民として地域で暮らしています。それが結果的に子どもの活動の広がりを保障していました。

保育の活動と地域とのつながり作りは地続きであって、過剰に構える必要はないのかもしれません。さあ、明日から、わくわくしながら散歩に出かけましょう。

地域からかわいがられてこそ、豊かな活動が可能に。

青山 誠
あおやま まこと。保育者。第46回「わたしの保育記録」大賞受賞後、本誌でも保育エッセイを執筆。独自の保育観をまとめた本書を2017年に出版した。

子どもの心に耳をすます22のヒント あなたも保育者になれる』(小学館)

写真提供/うらら保育園、RISSHO KID’S きらり

『新 幼児と保育』2018年10/11月号より

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