#01 子どもの溺水事故の傾向と特性(吉川優子さん)|保育者のためのリスクマネジメント講座①「水の事故予防と安全への願い」

特集
保育者のためのリスクマネジメント講座「水の事故予防と安全への願い」

幼い息子さんを保育中の水難事故で失った母親・吉川優子さんが語る、保育の安全と子どもの命を守るために大切なお話を4回にわたってお届けします。悲劇をくり返さないために、安全への願いとともに、わが子を襲った事故の実態と、水の事故の予防策を徹底解説します。教育現場に携わる人々の心に響く、貴重な証言と提言です。1回目は「水の事故の傾向と特性」についてお話いただきます。

事故当事者の遺族として

【お話】吉川優子(よしかわ・ゆうこ)
NPO法人Safe Kids Japan 事業推進マネージャー、元吉川慎之介記念基金 代表理事。長男の慎之介くんの水難事故をきっかけに、2014年7月に一般社団法人吉川慎之介記念基金を設立。同年9月には「日本子ども安全学会」を発足。子どもの安全に関する有識者の研究発表の場を作った。水難事故予防と子どもの安全・事故予防の啓発活動や子どもの事故調査・死亡検証の制度化に尽力している。

みなさん、こんにちは。吉川優子と申します。当事者遺族という立場から、保育の安全についてお話をさせていただきます。

事故は誰にでも、どこにでも起こり得るものです。そして、一人ひとりの人生を大きく変えてしまいます。私の息子は、2012年7月に水の事故で亡くなりました。ある日、突然、幼い尊い命が奪われてしまいました。それと同時に、地域のコミュニティー、人間関係、そして幸せに送ってきたささやかな日常生活や大切なものを、事故は一瞬にして奪ってしまいました。これが非常に恐ろしい現実であることを、私は突きつけられました。

しかし、息子・慎之介の死という現実から、私は別の事実も理解することができました。それは、事故は限りなく予防できるものだということです。今日は、子どもの命を守り育む予防について、子どもの心に耳を澄ましながら、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

息子・慎之介の事故

私の息子・慎之介は、5歳の男の子でした。2012年の夏、幼稚園のお泊まり保育に参加しました。そのときに水遊びをしていたのですが、増水した川に流されて亡くなってしまいました。2012年7月20日のことです。

事故の1週間前に撮影した慎之介の写真があります。当時、私たちは愛媛県に住んでいましたが、この写真は香川への旅行中に撮ったものです。そしてその1週間後に、慎之介は亡くなりました。お泊まり保育に出かける前、慎之介は父親のまねをして「僕、出張行ってきます」と張り切って出かけていきました。これが、私と交わした最後の会話となってしまいました。

子どもの事故の現状

ここで、子どもの事故の現状について確認したいと思います。厚生労働省の人口動態統計の「不慮の事故と自殺」についてのデータを見てみましょう。

平成24年(2012年)から令和3年までの10年間で、不慮の事故では5,679人、自殺では6,027人の0歳から19歳までの若く幼い命が失われています。平成24年、慎之介が亡くなった年の5歳から9歳のデータを見ると、102人のお子さんが亡くなっています。このうちの1人が慎之介です。

こうして数字で表されている一人ひとりの命には、慎之介のように名前があります。そして、私のような保護者がいます。私たちがこうした子どもの死を知るときは、数字で表されていることがほとんどですが、やはり一人ひとりの命に、私たちは向き合う必要があると思っています。

この10年間の変化を見ますと、平成24年には5歳から9歳までの102人のお子さんが不慮の事故で亡くなっていましたが、令和3年には45人まで減少しています。しかし、事故は限りなく防ぐことができます。私たちはゼロを目指して日々努力しなければなりません。

水の事故を知る

元気な子どもがある日突然亡くなるということは、不運で仕方のない出来事ではありません。私たちは、子どもの死に関する事故やニュースを見聞きしたときに、どうして起きてしまったんだろう、どうすればくり返さないんだろう、どうすればよかったんだろうと、さまざまな思いや課題が胸の中に湧き上がります。しかし、このことを最も強く感じているのは、亡くなったすべての子どもたちだと思っています。私たちはこれらの思いや問題、課題を、亡くなったすべての子どもたちからのメッセージだととらえ、受けとめなければならないのです。

ではどうすればいいのでしょうか。私自身は、まず「知る」ということから始めました。ここからは事故について、ひとつずつ確認をしていきたいと思います。

子どもの死因のなかでも溺水(できすい)は上位に位置しています。そして溺水は、海、プール、風呂、トイレ、用水路、排水溝、そして川など、水があるところならどこにでも起こり得る事故・傷害です。子どもだけではなく、大人にとっても、水があるところならどこにでも発生し得る事故・傷害なのです。溺水のリスクは非常に重大で、子どもも大人も同じであるといえます。水の事故は誰にでもどこにでも起こり得ることなのだということを、私たち自身がしっかりと理解しておく必要があります。

子どもの溺水事故の特徴

子どもの溺水は、どういった状況で発生しているのでしょうか。警察庁が毎年発表する水難の概況、中学生以下の子どものデータを見てみましょう。平成24年から令和3年までの10年間のデータによると、子どもの溺水事故は水遊び中に最も多く発生していることがわかります。子どもの溺水事故も、実はこの10年間で減少傾向にありましたが、ここ数年は少しずつ増加傾向にあることに、私たちは注視しなければなりません。

そして、子どもがどこで溺水事故に遭っているのかというデータを見ると、子どもの場合は河川での発生が最も多いことがわかります。大人も含めると、日本全国で溺水事故は自然域では海が最も多く発生していますが、子どもの場合は河川が非常に特徴的だといえます。

教育・保育施設での溺水事故

平成23年から29年まで、教育・保育施設管理下で発生した溺水事故についていくつか紹介します。平成23年7月、神奈川県大和市の私立幼稚園内で発生したプール事故。この事故は消費者庁が事故調査を行い、プールの安全に大きく影響を与えました。同年8月には、愛媛県西予市で温泉施設での溺水事故が発生しています。

そして、翌年平成24年7月、愛媛県西条市の加茂川で発生した溺水事故が、私の息子・慎之介の事故です。平成26年7月には保育園のプールで溺水事故が発生し、同年9月には川で5歳の男の子が亡くなるという痛ましい事故が起きています。

平成28年は、教育・保育施設に関する事故の対応のガイドラインが出た年ですが、ガイドライン発表直後にもプール事故が発生してしまいました。同年11月には、福岡の保育所内で排水溝に1歳の男の子が顔を突っ込んで溺水するという事故も起きています。平成29年8月にも、保育園のプールで女の子が溺死するという事故が発生しました。

ここで紹介した事故のほとんどは、法的な責任が問われたものです。そして、ひとつ確認しておきたいのは、先ほど河川で子どもの溺水事故が最も多いと述べましたが、保育施設では施設内での事故が多く発生しているという点です。もちろん、園外保育を常に行っているわけではありませんから、当然のことかもしれません。しかし、プールや施設内の水のあるところには、溺水リスクが非常に高いということをみなさんに理解していただきたいと思います。そして、繰り返し同じような事故が発生しているということも確認してください。

同様の事故をくり返さないために

同様の事故をくり返さないためには、事故の実例からしっかりと学ぶことが非常に重要です。これは子どもの命と向き合うということです。同様の事故をくり返さないために、自分事として、再発防止と未然防止の取り組みを考えていただきたいと思います。

ここでご紹介した事故に関して、一つひとつ、起きた場所も亡くなったお子さんたちも、先生方も、かかわったすべての人も、みんな違います。しかし、共通する問題と課題があります。それは、安全に対する認識と人員不足です。人員不足はみなさん個人で解決できる問題ではありませんが、監視体制などがきちんと整えられない状況の中で、プール活動や園外活動が行われているという背景があります。

また、活動に必要な知識や情報収集が十分になされていないこと、溺水に対する予防策が適切に講じられていないこと、活動計画や準備が不足していることも共通しています。そして最も残念なのは、過去に発生した事故の教訓と情報共有が十分になされていないという点です。

これらの課題に向き合い、一つひとつ解決していくことが、子どもたちの安全を守るために不可欠です。私たち大人一人ひとりが、子どもの命を守る責任を自覚し、日々の保育や教育活動の中で安全を最優先に考える姿勢を持ち続けることが重要です。

次回は私の息子・慎之介の事故について、詳しくお話しさせていただきます。

>>第2回に続く

※本記事は2023年2月8日に収録したインタビューをもとに作成いたしました。

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