子どものこころ 専門医に学ぶ基礎知識【発達に偏りのある子どもへの支援】
保育現場で 「発達障がい」がよく話題になります。けれども、「障がい」という言葉を正しく理解している人は多くないかもしれません。障がいとは、社会でうまく機能できていないことを意味しますが、「本人の能力だけでなく、それを理解できない社会の問題も含んでいる」と小平雅基先生はいいます。正しい知識を身につけて、保育者ができる支援について考えましょう。
お話
小平雅基 先生
児童精神科医師。総合母子保健センター愛育クリニック小児精神保健科医長。専門は小児の神経心理学、認知行動療法、母子関係の改善プログラムなど。『気になる子のために保育者ができる特別支援』(学研)共同監修。
目次
発達の偏りには子どもが育つ環境も影響
保育者は、保護者に次いで子どもと身近に接する大人です。子どもの行動が気になるとき、「とりあえず指示に従わせよう」とその場しのぎの対応をするのは避けたいもの。「何に困っているのか」「なぜ困っているのか」を推測し、その子に合ったかかわり方をしていかなければ、子ども自身の「困りごと」の解決にはつながりません。
数年前から、医療の現場では「発達障がい」に代わって、「*神経発達症」という名称が使われるようになっています。
*精神医学にかかわる病気の分類・診断に使われる国際的なマニュアルに示された“Neurodevelopmental Disorders”を和訳する際の表現が、実態や社会の意識に近いものへと変わりつつあるため。
神経発達症とされるものには6分類あり(下記参照)、こうした問題があると、小学校入学前から行動やコミュニケーションにおいて、周囲の子どもと同じようにできません。そのため、集団で過ごす保育園・幼稚園では周囲に溶け込めない場面も出てきます。その結果、保育者の目には「気になる子」「困りごとが多い子」と映るわけです。
発達の偏りには、「生まれ持った気質や発達の特性」と、「幼少期の環境」の両方がかかわっていると考えられています。つまり発達の問題は、「生まれつきだから仕方がない」ものでもなければ、「育て方が悪かったために起こる」ものでもないのです。また、各疾患の定義はあっても診断は難しい場合もあり、医療機関を受診したからといって、疾患名がすぐにはっきりするとは限りません。医師の診断に意味があるのは、本人の「困りごと」を少しでも減らすきっかけとなる場合です。診断名がついたからといって「病気なのだから、園や家庭でできることはない」などと思うのは勘違いです。診断名は、子どもをサポートする方法を工夫する中で「ヒント」として生かすべきものなのです。
反対に、特定の診断をされなかったという理由で、その子とかかわる際に「特別な気配りは必要ない」と考えるのも間違いです。
「気になる行動」につながることも! 神経発達症の分類と主な特徴
1 知的能力症群
知能検査などによって確認される知的機能(※)や、自立社会への適応にかかわる機能に遅れがある。
園で気になること
言葉、体の動き、友達との関係、排泄など、さまざまな面で、全体的な発達の遅れが見られる。実際の年齢より、やや幼い印象を受ける、など。
※知的機能に関しては、「IQ」だけで判断されるわけではない。
2 コミュニケーション症群
①言語症
言葉を覚え、話したり書いたりすることが難しい。
②語音症
身体的な問題がないのに、言葉をうまく発することができない。
③小児期発症流暢症(吃音)
音をくり返す、伸ばす、言葉が途切れるなどのために、スムーズに話すのが難しい。
④社会的コミュニケーション症
言葉を使うことや話すことに問題はないけれど、言葉以外のコミュニケーション(表情や言葉の選び方、声音など)がうまくできない。
※複数の特性を併せ持つこともある。
園で気になること
言葉の獲得が遅い、発語がうまくいかない、吃音がある、うまく話せるけれど空気が読めない、など。
3 自閉スペクトラム症
コミュニケーションをとったり人との関係を維持したりすることが難しく、さらに、行動や興味、活動のパターンなどにこだわりが見られる。特定の刺激に過敏または鈍感なこともある。
園で気になること
友達とうまくかかわれない、予定外のことに対応するのが苦手、特定の動作をくり返す、偏食、触れられるのを嫌がる、音や光、触感、味に過敏、など。
4 注意欠如・多動症(ADHD)
①不注意タイプ
注意力や集中力の不足、指示に従うのが苦手、順序立てた行動が苦手、集中力が必要な遊びなどを嫌う、など。
②多動タイプ
そわそわと体を動かしていることが多い、じっとすわっていられない、しゃべりすぎる、順番を守るのが苦手、など。
③混合タイプ
①②の特性が混ざり合っている。
園で気になること
あきっぽい、話を聞いていない、なくしものが多い、指示に従えない、静かに遊べない、状況を考えずに動いたり走ったりする、友達のじゃまをする、など。
5 限局性学習症(LD)
知的な遅れがないのに、「読む」「書く」「計算する」など、特定のことが苦手。
園で気になること
まわりの子に比べて文字や数字の理解が遅い、絵本などを読む際の言葉の区切り方が不自然、文字や数字を使う遊びをやりたがらない、など。
6 運動症群
①発達性協調運動症
ダンスやスキップなど、体の各部位を協調させる動きが苦手。
②常動運動症
手を振る、体を揺らすなど、特定の動きを続ける。
③チック症群
本人の意思とは関係なく、急に体が動いたり声が出たりする。
園で気になること
まわりの子に比べて不器用さが目立つ、同じ動きをくり返す、など。
気になる行動の理由はひとつじゃない!
<例:絵本を読みたがらない>
その子のふだんの様子をふまえて、考えます。
発達の偏りと「愛着」
発達の偏りには、生まれ持った「気質や発達の特性」と「環境」の両方がかかわっていると考えられます。仮に気質や発達の特性の問題が重度だったとしても、適切な環境を提供することで子どもの能力が伸びる可能性もあります。たとえば、特性に応じて言葉選びや指示の仕方、コミュニケーションのとり方などを工夫するのも、保育者ができる環境づくりのひとつ。自分に合った環境で「困りごと」が改善・解消されることは、気になる行動の減少にもつながっていくはずです。
こうした子どもとの関係づくりのベースとなるのが「愛着(アタッチメント)」だといわれています。発達心理学で「愛着」とは、「つらいとき、特定のものにくっついてつらさをやわらげようとする様式」のこと。たとえば、「ケガをして痛いときに身近な大人になでてもらった」といった経験から愛着が形成されていきます。愛着に問題があると、不安になったときやストレスを感じたときにうまく人に頼ることができず、結果として問題を起こしてしまうことがあります。発達に偏りのある子が必ずしも愛着にも問題があるわけではありませんが、発達の偏りがあることで愛着がうまく形成できない子もいます。
発達の偏りにかかわるもの
気質・発達の特徴
それぞれの子どもが生まれ持った特性。根本から作り変えることはできないけれど、行動への表れ方を変えていくことは可能です。
園でできること
子どもの気質に合わせたかかわり方を工夫してみることが大切!
例
- 言葉の選び方を考える → 指示を出すときは具体的に
- 室内環境を整える → 静かに過ごせる場所をつくるなど
環境
子どもを取り巻く家庭や社会。その環境で子どもとかかわる人の意識や行動などによっても、子どもに及ぼす影響が変わってきます。
注目されているのが……
愛着(アタッチメント)
つらいとき、特定のものにくっついてつらさをやわらげようとする様式のこと。親や身近な人との間で形成されます。
愛着はキャッチ&リリースでつくられる
「愛着」と「愛情」はイコールではありません。愛着が形成される過程で大切なのは、「キャッチ」と「リリース」のバランスです。
キャッチ
敏感性。困ったときに、タイミングよく助けてもらえること。
例:悲しくて泣きそうになったとき、そばに来て慰めてくれる。
リリース
リリース=非侵襲性。興味を持って探索するとき自由にさせてもらえること。
例:さびしさが紛れて遊びたくなったら、自由にさせてくれる。
愛着が安定すると能力を発揮できる
子どもの発達と愛着の関係を鉢植えにたとえると、持って生まれた気質や発達の特性は植木鉢に当たります。大きさも形も人それぞれで、いったん植物を植えてしまったら簡単に取り換えることはできません。
子どもが育つ環境のベースとなる愛着は、鉢の中の土。土の質がよいほど、植物は元気に育っていきます。
小さな鉢やいびつな形の鉢は、深く大きな鉢に比べて入れられる土の量が少なく、根を張りにくいですが、よい土を十分に入れることで、その鉢で可能な最大レベルまで植物を育てることができます。植物が大きく育たないのは、鉢が小さいためだけではなく、「小さい鉢だからこの程度が限界」と決めつけ、よい土を入れていないことも関係しているかもしれません。
気質や発達の特性は変えられなくても、身近な人が、子どもとの愛着を安定させるための努力や工夫をすることはできます。よりよい土(=愛着)を与えられれば、子どもは自分の持つ能力を最大限に生かせるようになっていくでしょう。
よりよい環境が子どもの力を伸ばす!
土の質をよくすれば、植物も大きく元気に育つ!
愛着が安定すると……
「困ったときには助けてもらえる」という安心感
↓
困ったとき、人に助けを求めることができる
↓
自分ひとりではできないことにも挑戦できる
↓
成功して自信がつく
↓
新しいことにも挑戦できる
↓
自分の持つ能力を最大限に生かすことができる!
まとめ
持って生まれたものは変えられなくても、環境は変えられます!その子どもに合った環境がつくられれば、能力を伸ばしていけます。
構成/野口久美子
イラスト/榎本香子
『新 幼児と保育』2020年4/5月号より
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