「眠くなってきちゃった」に込められた意味~Hちゃんが輝くまで〜第54回「わたしの保育記録」佳作~

特集
小学館が後援する保育記録の公募「わたしの保育記録」

第54回「わたしの保育記録」応募作品の中から、佳作を受賞した作品をご紹介します。

(一般部門)
「眠くなってきちゃった」に込められた意味~Hちゃんが輝くまで~
白梅学園大学附属白梅幼稚園(東京・小平市)  西井 宏之

はじめに~「眠い」に込められた意味は?~

年少から年中に子どもたちは進級しました。年中への進級はクラス替えもあり、人数も増え、担任も変わります。子どもたちにとっての4月は、新しいことが待っている緊張の連続でしょう。5月の連休明け、子どもたちが新しい仲間とかかわったり、自分の好きな遊びを始めます。一方で、Hちゃんは“これがしたい”という遊びが見つからないように見え、何となく1日が過ぎ去っていくように感じました。

6月、Hちゃんが、「眠くなってきた」と保育者に訴えてきました。最初は、具合が悪いのかな?と思っていましたが、どうやらそうではないようです。Hちゃんの「眠い」は、「することがないから、何とかして」という訴えのようでした。遊びに誘いますが、一時的には遊びに取り組むものの、長続きはしません。

実習生から気づかされたこと

6月の中旬、実習生がやってきました。ある日、実習生とHちゃんを含む3~4人の女の子が絵を描いていました。よく見ると、実習生が子どもたちの要望に応えて絵を描いています。私としては、自分で描いて楽しむ方向に向けていって欲しいという思いもありました。

実習期間を終えて実習生が来なくなると、Hちゃんはお気に入りの絵本をじっくり見て、絵を描き始めました。4月から紙芝居作りが流行していたこともあり、Hちゃんは紙を束ねて絵本を作っていました。自分のやりたい思いが少しずつ芽生えてきたのです。

きっかけを与えたのは、実習生のかかわりです。“こうして欲しい”という子どもたちの思いを、先入観なしに聞き入れる実習生の対応が、Hちゃんの心を満たしてくれていたのです。

長く保育者をしていると、こうした方がいいだろうという経験則が身につきます。保育はこうあるべきだ、こうすると上手くいく、と保育者のねらいや方法が先に立ってしまい、目の前の子どもの思いや感情の機微に気づかなくなることもあります。私自身がこの場面では何よりそうだったと思います。それに気づかせてくれたのは、実習生のHちゃんへのかかわりとHちゃんの姿でした。

初めてみるイキイキした姿

2学期になり、Hちゃんは、興味がある遊びに取り組むようになりました。しかし、まだ「眠い」という言葉も出てきます。10月のある日。Hちゃんが色水を作り、ジュース屋さんを始めました。そこに、Rちゃんが「入れて!」と声をかけてきました。Hちゃんの表情がガラッと変わり、「あのね、Rちゃん、今ジュース屋さんやっててね」と、今まで見たことのないようなイキイキした様子でRちゃんに遊びの詳細を語り始めました。

今までの様子を振り返ると、Hちゃんは友だちとかかわりたいという思いを抱えていたのだと思います。一緒に遊びたいけど、上手く伝えられないという思いでいたのが、2学期の「眠い」に込められた意味だったのかもしれません。

仲間とのキャンピングカー作り

この遊び以来、友だちの遊びに近づいていく姿が見られるようになります。11月、男の子がヒグマになってごっこ遊びをしたり、ヒグマの家を作る遊びが流行します。Hちゃんは、ヒグマになっている男の子たちのために魚を作り始めました。すると、「キャンピングカー作って、冷蔵庫に魚を入れよう!」と、自分の体験と目の前の遊びを結びつけ、キャンピングカー作りを始めます。

その様子を見てRちゃん、Sちゃん、Nちゃんが興味を持って入ってきました。すると、ジュース屋さんのときと同じようにHちゃんがイキイキし始め、4人で「ここは運転するところね」と言葉を交わしながら進めていきます。

4人での製作も長く続きません。3人がヒグマのお家作りに興味がいってしまい「やっぱりやめるね」とやめてしまいました。残されたHちゃんは、しょんぼり。私も手伝い2~3日は取り組んでいましたが、意欲がなくなってしまったのはあきらか…。

せっかくHちゃんが始めた遊びです。充実感をこの遊びで感じて欲しいと思い、集合の時間にキャンピングカーを話題にしました。すると、「私も仲間に入りたい!」と5~6人の友だちが仲間になってくれました。

材料置き場の中に、大きなダンボールを発見し、「暗くしたい」ということで、屋根をつけ、4~5人が入れるようなキャンピングカーの大きな枠組みができました。入り口を作ろうとダンボールカッターで切っていきます。しかし、すべて切り落としてしまい四角い穴ができました。「えー、これじゃあ暗くならないよ、切んなきゃよかった」とT君が途方にくれます。すると、Hちゃんが「扉つければ?」とアイデアを出し、四角い穴は扉になりました。

完成するとキャーキャー言いながら中に入ります。耳を澄ますと中から「ねえ、みんな、手を繋いでみようよ」「◯◯の歌、歌ってみない?」とHちゃんの楽しそうな声が聞こえてきました。

仲間と一緒に過ごすことは簡単ではありません。意見がぶつかるとき、嫌な思いをするときもあります。たくさんの経験をしながら、仲間に受け止めてもらえたという実感を得ることで、Hちゃんが仲間の中で意見や思いを出していけるようになりました。簡単にはいかないからこそ、仲間と一緒にできたときの喜びは、子ども自身が大きく飛躍するほど大事な学びになります。

みんなのホテル作り

2学期も終わる12月。「森のホテル」という絵本を降園のときに読みました。翌日、HちゃんとK君のふたりで手に取り眺めていると、Hちゃんが「世界中に広がるホテル作りたい」と呟きます。K君も「いいね、作ろう!」と呼応すると、T君も「いいじゃん! ぼくも入れて!」とキャンピングカーを作ったメンバーのうちの3人が集まります。“世界中に広がる”とは、どんなことをイメージしていたのでしょう。私もワクワクしていました。

ダンボールはヒグマの遊びにすべて使ってしまったので残っていません。すると、3人はキャンピングカーで使ったダンボールを壊して材料にする、というのです。これには、驚きました。“せっかく作ったのに”と私としては思いましたが、当の本人たちがいっていることもあり、「作った仲間に聞いてみたら?」とだけ提案しました。

すると3人は、即行動を起こし、キャンピングカーを作ったメンバー一人ひとりに聞いて回り始めたのです。「Hちゃんがいいなら、いいよ」と反対する子は誰もいませんでした。

その日の集まりで「みんなにいいたい!」とホテル作りのことを報告しました。すると、「やってみたい!」という子が予想以上にたくさん!「いっぱい入ると壊れちゃうな」とHちゃん。3人で相談し、5人までならいいよと伝えますが、手を挙げていたのは10人ほど。みんなからは「えー、少ない」「それじゃあ、私入れないじゃん」という声が挙がります。

すると、「(ホテルの)外と中で分かれたら?」「半分がホテルを作る人で、半分が料理を作る人は?」という意見が挙がりました。T君が「じゃあ、ガムテープは重ねて貼ると弱くなるから、重ねて貼らないならいいよ」と、いってくれたことで、みんな入れることになりました。

ホテルを作る子と、料理を作る子に分かれ、さっそく遊びが始まります。料理を紙に描いて作る子、メニューを作る子、ホテルに必要な階段と門は積み木で作りました。完成すると、自分のクラスや隣のクラスの子どもたちに声をかけ、ホテルごっこが始まります。料理を作った子たちは、レストランのようにお客さんに注文を聞いています。ホテルや門、階段を作った子たちは、「ここから入ってください!」とお客さんを誘導していました。最後は、招いた側の子どもたちが、「お客さんになってみたくなっちゃった~」とみんながお客さんになり、ホテルごっこを楽しんでいきました。

友だち同士でイメージが共有されたことで、一緒に同じ目的に向かい、一人ひとりがやりたいことを発揮していきました。この遊びで充実感を得ていったことで、もうHちゃんから「眠い」という言葉は聞かれなくなりました。3学期はさらに飛躍し、「ひとりでトロルをやってみたい!」と挑戦し、劇ごっこで大活躍しました。そして年長に進級し、アイドルになりきってのコンサートに自分から参加し、一緒に遊び進めている姿があります。

おわりに~保育者としての姿勢~

一人ひとりが自分を発揮し、輝いていって欲しいとは願いつつも、それは簡単ではありません。実習生の対応から気づかされたように「願い」が先行したり、「ルール」に縛られてしまうと、子どもが見えなくなります。子どもを理解するのに、万能なツールはありません。保育者自身が迷い、悩み、試行錯誤し、つねに考え続けることしかないように思います。考え続けるという姿勢でいることにより、今まで気づかなかった、子どもたちの何気ない仕草や呟きが聞こえてくるかもしれません。実習生などの学生から学んだり、あるいは、同僚との対話が活発になるかもしれません。

子ども一人ひとりに学びの物語があるように、保育者にも物語があります。保育者自身が、歩みを止めることなく、子どもと共に物語を創っていくという保育者の姿勢が今、問われていると強く実感しています。

受賞のことば

白梅学園大学附属白梅幼稚園(東京・小平市)  西井 宏之

子どもって凄いなぁと思うことが、最近増えました。発見したり、試行錯誤したり、粘り強く取り組んだり。遊びのプロセスをちょっと立ち止まって見つめると、たくさんの学びが溢れているのです。遊びが学びであることを日々痛感しています。

しかし、毎日が充実し、素晴らしい発見に満ちているかといったら、そう簡単ではありません。「眠くなってきちゃった」と、Hちゃんがつぶやいていたように、「やりたいけど、やれない」そんな葛藤を子どもたちが感じることもあるでしょう。どうしたら、子どもたちが一歩を踏み出し、充実できるか、日々悩み、保育者も葛藤します。

今回の実践記録、そしてこの年の子どもたちから教わったことは、悩むことや考えることそのものが、子どもにとっても、保育者にとっても学びになっているということです。

Hちゃんは、年長になりました。試行錯誤しながらも仲間と充実した日々を送っています。このたびは、貴重な賞をありがとうございました。

講評

鶴見大学短期大学部教授 天野 珠路

好きな遊びを見つけて楽しく遊んでほしい。手を動かし、頭を動かし、友達と心を通わせて遊びをつくり出してほしい。保育者であれば誰もがそう願うことでしょう。けれど、子どもは時に遊びの輪に入れなかったり、自分の気持ちをうまく表現できなかったりします。ここに登場するHちゃんのように「眠い」という言葉にたくさんの思いを込めて訴えることもあるでしょう。

保育者はそんなHちゃんの様子に戸惑うのですが、子どもたちの要望に応えて絵を描く実習生がHちゃんの心を満たしてくれていたことに気づきます。その後、Hちゃんは、色水でのジュース屋さんやキャンピングカー作りを通して少しずつ自信を得て遊びを進めていきます。そして、仲間と共に作り展開する「森のホテル」では、友だちとアイデアを出し合いながら生き生きと遊び、「眠い」はどこかに吹っ飛んでしまいました。子どもの成長とともに保育者が試行錯誤し考え続けることの大切さが伝わってきます。

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