室内遊具を真ん中に語り合うと保育の質が見えてくる
0・1・2 歳児のクラスに遊具を置くのはなぜでしょうか? 子どもが喜んでくれるから!? 子どもの発達を促すから!? 保育園では、遊具は子どものためだけにあるのではありません。遊具は、先生たちが「子どもの姿を見て、読み取る力」を養うチャンスを与えてくれるもの。そう考えると、見えてくるものがあります。実際に、大豆生田啓友先生とともに遊具について語り合う機会を作ってみました。
※学習会は、2019年9月3日に、「まちの保育園 吉祥寺」(東京・武蔵野市)で行われました。始める前に、0・1・2 歳児クラスの遊具環境を参加者全員で見学。担任の先生に遊びのポイントや、揃えた経緯などを聞きました。「寿司カウンター」のエピソードも、そのときに伺ったものです。
ナビゲーター
大豆生田啓友 先生
学習会参加者(敬称略)
■まちの保育園吉祥寺/庄司みゆき園長、末光幸子(1歳児担任)、小勝礼子(2歳児担任)
■ほっぺるランド成増/鈴木弓子園長
■青梅ゆりかご保育園/中澤明子主任、安藤玲子副主任
■東京公立保育園/村田晴恵(玉川大学大学院修士課程在学)
オブザーバー 渡邊暢子(元東京都公立園園長)
ナビゲーター 大豆生田啓友(玉川大学大学院教育学研究科教授。専門は保育の質向上のための研究など)
目次
遊具の学習会 ルポルタージュ
「家庭や公園での経験をクラスでも」という流れがグッド!
大豆生田:
遊具を見せてもらっているとき、「寿司カウンター」の話題で盛り上がりましたね(下記*1参照)。
末光:
ベンチをカウンターに見立てるとは、なんておもしろいアイデアなのって感心しました。ベンチは少し窮屈そうでしたが、寿司カウンターは子どもの高さに合わせて作ったので、使いやすそうです。
大豆生田:
家庭での経験 → 公園でお寿司屋さんごっこ → 「それをクラスでも!」という流れがすごくいいなと思うんですよ。唐突に先生が遊具を出してくるのとは全然違う。自分の経験と興味から始まった物語の中だからこそ、子どもは身近に感じ、より楽しく、たくさんのことを学びとっていくんだと思います。
編集部:
たとえば、保育者がお店や手作り本の中の遊具を見て、「わあ、かわいい!」と思って買ったり作ったりするのはどうなんでしょうか? よくあるような気がするんですが。
中澤:
盛り上がってる遊びの遊具を買い足すことは多いですが、たしかに、ひと目惚れして買ってしまうものもありますね(笑)。
*1
子どもの興味を拾って作った「寿司カウンター」
まちの保育園 吉祥寺 末光幸子先生
1歳児クラスで公園に行ったときのこと。
公園のベンチの背もたれと座面のすきまから、葉っぱなどを差し出して、「お寿司でーす」って、お寿司屋さんごっこが始まったんです。
家庭での経験から、「お寿司屋さん」のカウンターを思い出した子がいたんでしょう。
この遊びの続きをクラスでできないかと思い、作ったのがこの遊具です。
ダンボールでカウンターを、編みぐるみの毛糸でお寿司を作製しました。
葉っぱなど、架空の代用品で楽しむごっこ遊びも楽しいですが、リアルなお寿司に気持ちが高まり、遊びが継続しています。
↓
子どもの姿をイメージして遊具を用意しているか
大豆生田:
たとえば、さっき見た中にマヨネーズ容器のマラカスがありました(*2画像参照)先生が、「クニャってなる感触がいいんですよといわれていたけど、多くの保育者は、「きっと子どもたちはこの感触が好き、こうやって遊ぶな」というイメージを持って選んでるんじゃないかな。そういうイメージは、普段の子どもの姿から出てくるもの。その場合は、一見唐突に見えても、物語があるんだと思います。
編集部:
後づけであろうと、先生がなぜそれを選んだのか、目の前の子どもの姿に即して語れるかどうか、ですね。
小勝:
子どもの姿を想像しながら作るといえば「お散歩ワンちゃん」の遊具がそうです。
大豆生田:
あの遊具は最強ですよね!顔がこっちを向くんだものね(*3画像参照)。
一同:
そうそう!(笑)
小勝:
「あの子はきっと、このワンちゃんのここが気に入る」とか想像すると、作りながら思わず笑いが出ていました。それがまた作る意欲にもなった。
手作り? それとも市販の遊具?
小勝:
猫のファスナーの遊具は(*4 画像参照)、ママの財布のファスナーを触るのが好きな子がたくさんいて、もっとやりたい放題やらせてあげたいという思いから作りました。難点は作る時間が取れなくて、そのブームに間に合わないことがあるってこと……。
一同:
あるある。あるよね〜。
編集部:
そのとき、ファスナーのついた市販の遊具を買うことはしないんでしょうか。予算的な都合でできない?
村田:
私たちの自治体(公立園)の場合ですが、購入の申請が前期、後期の2回だけなんです。タイミングが悪いと半年待ちになるので、今必要なものは、自分たちで作らざるを得ないという事情もあります。
庄司:
でもよく、「買うと予算がかかる」といわれるけれど、忘れられがちなのは現場で作っても「人件費」という予算がかかってるということ。買うか作るか。そこはバランスなんです。
編集部:
なるほど!
美意識、そして「自分で」の気持ちを育てる遊具
大豆生田:
聞いていると、先生たちって市販の遊具より、手作り遊具の説明をするときのほうが、ずっと生き生きしてますよね。手作り遊具のほうが、子どもの姿から自在に作れて、手応えを感じやすいのかな。
編集部:
市販の遊具には、デザイン性、安全性耐久性といった長所があります。手作りするとき安全性はもちろんですが、見栄えのよさへのこだわりはどうなのでしょう?
渡辺:
人によってこだわるポイントが違うので見栄えだけで排除する必要はないと思いますが。
大豆生田:
見栄えまでこだわると、また時間がかかりますからね。でも、保育もこの10年間で海外からの「美意識」の影響を受け始めていると感じます。美的センスは生活のクオリティーにも関係していて、大人がデザイン性を大事にしていれば、きっと、子どもの発想もそれを大事にしたものになっていくと思う。
日本の園のダンボールや紙パックなどの利用は、おそらく日本独特の文化。レッジョ・エミリアのリサイクル材は工業用廃材が多くて、たいていもとからおしゃれで丈夫なものが多い。かたや紙パックなどで作った日本の遊具は、どうも洗練されにくく、劣化しやすかったりする。
だけど、ダンボールや紙パックの圧倒的な強みは、「簡単に手に入る」点。0・1・2歳児から素敵な手作り遊具に触れていると、その材料で「家でも作ってみたい!」と思うようになるんですよ。つまり、園と家庭で、主体的な学びのチャンスが生まれるということ。
一方で、市販の遊具はそうなりにくいんですよね。既製品でも、想像力をかき立てて、「自分も!」と思えるものだといいですね。
「発達」の知識がないとドラマを見逃してしまう
村田:
これも遊具といえるのか、「ビニールテープ」をテーブルなどに貼って、それをはがす遊びがあります(*5 画像参照)。
指先ではがせるようになると、ああ、ひとつの発達段階にきたなと思う。できない子ははじめから諦めてしまうので、端をちょっとめくっておき、「やってみよう」という気持ちを引き出します。できない子のじれったさ、というのもあるようです。
大豆生田:
そういう「葛藤の事例」はあまり見たことがないかな。できたかどうかだけでなく、葛藤の部分ももっと共有していきたいですね。
大豆生田:
ところで、そういう”発達“はどこで学んでる?
安藤:
学校で一応やるけれど、ほとんどは目の前の子どもの姿からです。
編集部:
手首の返しは何で見ますか?
庄司:
四角や三角を入れる形落としの遊具とか。
村田:
丸はすぐ入るけど、三角は難しいんです。だから「三角も丸の穴なら入る」と思うのか、「丸の穴」に入れようとするのがおもしろい。
大豆生田:
そして、三角が入った瞬間がドラマになるんですね。そういう発達がわかってると、記録もおもしろくなるんだ。
村田:
逆にそれがわかってないと気がつかず、「今日も楽しそうでした」で終わってしまう。
大豆生田:
ただ最近、その発達段階になってもできないことについて、「意図的に発達させよう」という視点が減ってきてると思いませんか?
鈴木:
たしかに、気になる子がいても、「子どもの主体的活動」についてまだよく理解できてない保育者には伝えないですね。”訓練“になってしまいそうで。
大豆生田:
発達は、外遊びなど多様な動きの経験の中で、バランスをとって進んでいくものだから、「一点訓練式」でやらせてもね。ビニールテープの端を少しめくっておくように、自分からやりたいと思えるとっかかりを作って、いろいろ試せるようにしておくのがよさそうですね。
あなたはどう考える?
1枚ずつ抜ける遊具と、グルグル回る遊具
〈問い〉
入れ物から布がシュッと抜ける遊具(*6画像参照)と、入れ物を通って布がグルグル回る遊具。引っぱるという操作は似ているものの、グルグル回るほうは、入れ直す手間がありません。その違いについてどう思いますか?
鈴木:
抜けるものだと、抜いたあと、「どう見てた?早く入れて」って顔しますよね。
村田:
きっと、そのような人とのかかわりや、抜けるという達成感がうれしいんでしょうね。
末光:
うちのクラスにあるエンドレスに回る遊具は(*7 画像参照)、飽きられるのが早くて、バッグのようにぶら下げたり、別のごっこ遊びに使われています。
渡辺:
たとえばブロックはくっつけて遊びますが、積み木は崩す遊びもできます。それと同じで、似ていても遊びの種類が違うのでは?回るほうはいろんな布をつなげてその色などの変化を楽しむ。抜けるほうは人とのかかわりや達成感がメイン。いろいろあっていいんじゃないでしょうか。
自分でははずせない赤ちゃんの手足につける遊具
〈問い〉
赤ちゃんの手首に「鈴つきのシュシュ」をつけることがあります。手が動くと鈴が鳴るので、それを楽しむという趣向ですが、月齢の低い赤ちゃんだと、「違和感」を覚えても自分でははずせません。そういう遊具についてどう考えますか?
大豆生田:
鈴の音を聞かせてあげたいけど、まだ持てないのであれば、手首にはめてもいいように思います。そのとき、「興味を持ってるな、遊べているな」と思えるならいいけれど、逆に、もし「嫌そうだな」と思ったら取りはずす。観察して対応ができればいいのではないでしょうか。
小勝:
私は自分ではずせないものをつけられたら嫌なので、やらないかもしれませんね。
大豆生田:
「子どもをよく観察して判断する」「自分の身体感覚と照らして考える」。この2点は保育者の専門性として持っていてほしい重要な要素ですよね。これが実践できる先生がいるなら大丈夫、といえると思います。
このほか、「どうしてパチン、カチャンってくっつくものが好きなんだろう?」「海外でよくある砂の箱庭と、日本の砂遊びの違いは?」など、多様なテーマが出ました。遊具で遊んでいる子どもは、保育者にとって客観的に観察しやすく、子どもの関心や発達への理解が進みます。それをもとに、またどんな遊具を用意したらいいかをみんなで考える。その循環によって、保育の質の向上が期待できるのだと思います。
みなさんの園でも、ぜひいろんな疑問を拾って、短い時間でもいいので、遊びを中心に対話の機会を作ってみてください。
『日本が誇る! ていねいな保育』(小学館)の「室内の遊び道具」の項目も、併せて参考にしてください。
構成・イラスト・撮影/おおえだ けいこ
『新 幼児と保育 増刊』2020年春号より