どうしていますか? 延長・預かり保育【青山誠さんレポート】

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社会福祉法人東香会理事

青山誠

青山 誠(あおやま・まこと)

上町しぜんの国保育園に勤務。第46回「わたしの保育記録」大賞受賞後、『新 幼児と保育』で保育エッセイを執筆。著書に独自の保育観をまとめた『あなたも保育者になれる』(小学館)。

時間外の預かり、保育時間の延長。昼間の生活を経て夕方から夜へと移りゆく時間、各園ではどのような配慮、工夫をしているのでしょう。預かり保育を行うあんず幼稚園と、夜19時半まで保育を行うウッディキッズ、ふたつの園の、ある日の夕方の風景を、保育者の視線でレポートします。

あんず幼稚園(埼玉・入間市)【~18時半の保育ケース】

園生活の「つづき」と「切り替え」。あんずの家で過ごす夕方

その日は北風の吹く寒い日でした。午前10時に伺うと3つある園庭のどこからも元気いっぱいに遊び込む子どもたちの声が響いてきました。この日は金曜日。休み明けの月曜は節分。お手製の豆袋に丸めた新聞紙を詰めて「オニ来るかな」と子どもたちが園舎のあちこちを駆け回っています。

園長の羽田先生にお話を伺いました。

「生活の中心を遊びにしたい。そのためには登園してきたら集まって名前を呼んだりする時間よりも、子どもがすぐにあれやりたい、これやりたいという時間と環境を保障してあげたいんですよね」

各部屋にある手作りの棚には、牛乳パックや空き箱などたくさんの種類の素材がたっぷり用意されています。2月半ばにある生活発表会に向けて、5歳児の各クラスでは劇ごっこや大道具作りに子どもと先生たちが熱心に取り組んでいました。どの子も遊びに夢中。昼間のあんず幼稚園は、保育室もデッキも園庭も光にあふれ、子どもたちが遊び込むエネルギーに満ちていました。

「遊び中心」のあんず幼稚園から預かり保育への切り替え

あんず幼稚園の預かり保育は「あんずの家」という別の場所で行います。降園時間の14時少し前、預かり保育に向かう子たちが園庭側のデッキに集まってきます。担当の金子先生は人数確認をし、各担任から手早く伝達を受けてから、子どもたちに語りかけます。

「寒いねぇ、でも今日も外いくよ(笑)。あんずの家に着いたらリュックを置いて、手洗い、うがいをしてから外に出るからね」

14:00

幼稚園を出てあんずの家へ。

金子先生があんずの家に着いてからの見通しを伝えます。昼間の園生活との切り替えを子どもたちが落ち着いてできるようにという配慮が見られました。

細い道路を渡ってあんずの家へ。そこは広い庭がついている平屋の一軒家。大きな園舎のあんず幼稚園とは対照的にこぢんまりと家庭的で、軒先に洗濯物も干してあり、生活感があります。

「4年前に預かり保育を始めました。幼稚園の部屋も空いてるけど、同じ場所に11時間もいるのって疲れるだろうなと。それであんずの家を建てたのです。そのほうが子どもも切り替えられる。ここでは少人数、異年齢の集団でより親密な雰囲気で過ごします。家に帰ってきたという感じかな」

園長先生がいうと、金子先生も「子だくさんのお母さんって感じ」と笑います。「もうひとつ考えたのが2回目のおやつでね」と羽田園長。

「1回目は15時くらいで2回目は17時〜17時半くらいに食べる。おにぎりをにぎったりポップコーンに味つけたり、簡単なことですが、子どもたちも手を加えて食べる。残った子がさみしくなっちゃうのが嫌だなぁと。それなら食に向かう活動をしていれば気が紛れますしね」

担当する保育者は基本2名の体制。「なにかあればすぐフォローの先生が駆けつけてくれるので安心です」と金子先生。その金子先生も以前あんず幼稚園で担任をしていたそうで、保育の考え方は理解しているとのこと。「安心してお任せしています」と羽田園長。

園の先生たちにとってはあんずの家という別の場所で預かり保育をしていることで、話し合いや次の日の準備に集中できるメリットも。

あんずの家に着くとさっそくみんなで園庭へ。北風はますます冷たさを増してきましたが、子どもたちは思い思いに遊び始めます。砂場で遊ぶ子、ボール遊びをする子、鉄棒をする子、金子先生もまじって遊びます。ときおり降園していく子と、垣根越しに話したり、手を振ったり。

14:20

あんずの家の庭で、おやつ前のひと遊び。

1時間ほど遊んだあと、片づけが始まります。子どもたちはボールを集め、シャベルを片づけ、力を合わせて砂場にシートをかぶせます。すべてが手慣れていて、片づけの仕方や基準が子どもに浸透している様子。

あんずの家に入っておやつの準備。机が並べられ、やかんが置かれています。金子先生は子どもの遊びを見守りながらも、すでに次の用意をすませていました。「うがいしましたか」「はーい」「麦茶入った? おやつはもうちょっと待ってね」

金子先生の声かけは、先生とお母さんとのちょうど間の感じ。伝えるべきことは伝えながらも、安心感のあるやわらかなトーンです。

15:00

外遊びを終え、おやつの時間。

園生活の「つづき」と違い

食べ終わった子から遊び始めます。部屋の真ん中にはダンボールを3つつなげたものがありました。「これバスなんですよ」と金子先生。「制作展で大きなものを作る、というのがこの前あったからかな。幼稚園でやったことの影響がこっちでも続いていくんですよね」 

手作りの素材棚、おままごとの調理台など、幼稚園の環境とまったく同じものがあんずの家にも置かれています。昼間、園でやったことの「つづき」が預かり保育でもできるようにという配慮が感じられました。

一方、昼間の幼稚園では見られないものも。たとえばキャラクターもののおもちゃや塗り絵。「あんずの家ではそんなにシビアに考えなくてもいいと思ってます」と羽田園長。

「おもちゃももらいもの。ここではゆるやかな時間が流れていてもいい。必ずしも園の時間、空間とまったく同じつづきじゃなくてもね」

昼間の園生活のつづきと違いについての考え方が明確に保育環境の中に落とし込まれていました。

おやつ後の時間は一段とゆるやかさが増します。塗り絵やすごろくをやっている子、ひとりで黙々と工作をしている子、ふたりでおままごとをしている子たち。このころになるとごろごろし始める子も。「眠いのー? 寝てもいいよ」と金子先生はお皿を拭きながら、そんな子どもたちの姿を静かに見守ります。

15:40

幼稚園と同じ素材棚のそばで、作って遊ぶ子どもたち。

16:30

思い思いに遊びを見つける。眠い子は昼寝も自由に。
居心地のいい場所を見つけて、まったり。

あんずの家のやすらぎ

窓の向こうに先生たちがゴミ出しに行くのを見つけ、みんなで手を振ります。おそらく、いつもの光景なのでしょう。一日の終りを子どもたちも穏やかに迎えている様子。日が傾き、部屋に西日が差し始めると、窓にカーテンがひかれます。光にあふれて躍動的な昼間のあんず幼稚園と対照的に、あんずの家には陰影と穏やかなやすらぎがあります。このころになるとだんだんとお迎えが来ます。

17時過ぎに、金子先生が静かに2回目のおやつの支度を始めます。この日は給食で残ったごはんをレンジで温め、おにぎりを作るようです。「そろそろ準備しますよー」 金子先生の声かけで、子どもたちが部屋を片づけ始めます。

「あたし、もうそろそろ準備できちゃうけど、片づけはどう」
「もうちょっとだよー」

金子先生と子どもたちのやりとりは家庭的でやわらかな会話。集団への指示も、それを通すための大きな声もありません。「やっぱり甘えてきますよ、向こう(園)でがんばってるから」と金子先生。園生活と家との間にある時間。あんずの家にはその「間」がやわらかくあります。子どもたちは椅子を持ってきて、テーブルを拭いたりコップを準備したり。

「クーイズ、クイズ、今日はなんのおにぎりでしょう」
「わかめ」
「オニが嫌いなイワシ」

子どもたちはラップをもらい、そこにごはんを分けてもらいます。

「もらった人からにぎっていいよ。食べ終わったら帰る支度だよ」
「これ、おいしいー」
「お家でもやってごらん」

おだやかな会話が続きます。日が落ちて、今日のあんずの家も暮れていきます。

17:20

2回目のおやつはおにぎり。先生がごはんを用意して、子どもたちがにぎる。

18:20

生活を感じさせる「あんずの家」で、子どもたちは夕方を過ごす。

東京都認証保育所 ウッディキッズ(東京・あきる野市)【~19時半の保育ケース】

1日をぶつ切りにしない。夜になっても「暮らしそのまま」

夕暮れどきにウッディキッズを訪ねると庭先のかまどで火をたいていました。この日は1月7日。七草粥を釜で煮ているとのこと。湯気がもうもうと立ちのぼり、煮えたってあふれそうになると子どもたちが差し水をします。薪がパチッ、パチッと音を立ててはぜます。

湯気が立ちのぼる庭先のかまど。

園長の溝口義朗さんにお話を伺いました。

「預かり保育、延長保育は認可園の用語。幼稚園の教育時間が4時間。保育園の保育時間が8時間。そこからはみ出る部分を預かり保育、延長保育といっている。基本保育時間がない認可外には延長保育は本来ない。もうひとつ、なぜ教育時間と保育時間が違うのか。保育は教育だとするならこの差はおかしい。教育時間が4時間。でもウッディキッズは13時間開所。朝7時半に子どもが来る。夜7時半に子どもが帰る。13時間全部に教育を詰め込むなんてできない。長時間だし0歳もいるし」

延長保育、預かり保育。言葉が表すものもあり、言葉と実態がずれている部分もあり。いずれにしても日本の保育の実態の中で、夕方をいかに過ごすかはどの保育施設でも課題です。

「北欧みたいに夕方5時に迎えに来られる社会なら、教育時間の定義のうちだけでもやれるかもしれない。だが実際は日本の保育時間はもっと長い。その長い保育時間で、主活動が教育で、あとは時間つぶしみたいな感じになっちゃう。夕方も持て余すし、テレビじゃ格好つかないからパズルか塗り絵やるか、って」

日々の暮らしは続いている。夕方は明日のためにある

「ではどうするか。暮らしそのものを教育にするほかないんじゃないかと思うんです」

溝口さんはそういいながら、保育室に招き入れてくれました。部屋の中央に薪ストーブがあり、昼ごはんに出たおでんがぐつぐつ煮えていました。

17時を過ぎるとだんだんと保護者が迎えに来ます。

「おかえりなさいー。おでん、よかったら食べてってー」
「あ、じゃあ、いただきますー」

保護者たちは慣れた様子でどこからかお皿と箸をもってきて、おでんを取り分けます。

「外に七草粥もあるよー」

溝口さんが声をかけます。保護者は腰を下ろしておでんを食べたり、外の火を子どもと一緒に見に行ったり。とてもゆるやかな時間が流れています。

暮らすことを教育に、というのはどういうことなのか、溝口さんにお聞きしました。

「その日の流れってあるよね。今日の午前中は七草を摘みに行ったんだけど、当然摘むだけじゃなく遊んでくる。2時くらいに帰ってお昼ごはんのおでんをつつく。外に行ってない子たちは1時くらいにはごはんが終わっている。ズレが生じる。それがあたりまえ。

何時に何をやるかじゃなくて、その日の時間の中で何が起きているか。でも保育の時間ってぶつ切りにされたタイムスケジュールで考えられがちだし、それも1日単位で考えられがち。夕方の過ごし方もそう。本来暮らしって昨日、今日、明日って続いているわけで、必ずしも1日で完結するわけではない。

あのお昼のおでんも昨日の夕方からのつづき。昨日の夕方に『明日おでんだから準備しようか』って、子どもたちとちくわに串を刺してね。明日の昼におでん食べたい、ならばその前日に仕込んでおいたら味もしみるしおいしい。そうなると夕方は次の日に続いているし、暮らしの連なりの中でこの日のおでんが登場してくる」

明日のお昼ごはんの準備。部屋の薪ストーブの上で、おでんを煮る。

暮らしの風景そのものが保育の中にある家庭支援

夜が来てかまどの火がいっそう赤々と燃えています。台所では保護者が自分でおでんのお皿を流しで洗い、部屋の片隅で保育者とお母さんがすわっておしゃべりしています。ウッディキッズの夕方は 「暮らしそのものが教育」という風景そのまま。

その風景の中で、大人と子ども、園と保護者、教育と暮らしが溶け合っています。それはまたなによりの家庭支援であるようにも感じられました。「当たり前だよ」と溝口さん。

「保育の中に家庭支援が入っている。そして考えなくちゃいけないのは何をやるかやらぬかではなく、時間の質なんだよねぇ」

1日の連なりの中でどんな風景がより心地よいのか、
より自然なのかを考えた「夕方」

ゆるやかさを作り出す時間の「質」の見極め

どちらの園の夕方も、流れている時間はとてもおだやかなものでした。目安となる時間(迎えの時間の把握、閉園時間)はあるものの、子どもたちの様子によって過ごし方は当然変わってくるという意識が、そのおだやかさを生み出しているようでした。

何時になったら何をする、というタイムスケジュールからは浮かび上がらない、その日の流れの中に生まれる躍動やゆるやかさ。子どもたちのエネルギーの高低や、心持ち、出来事の連なりを1日のうちに置き直したときに、どんな風景がより心地いいのか、より自然なのか。

ときには昨日、今日、明日へと続く出来事の連なりとしてもとらえてみる。子どもも大人も時間に追われず、時間の質を見極めることで、むしろ「時間を味方につけている」ようにも思えました。

生活の中に大人と子どもの会話がある風景

園生活では、ともすると「先生」から「子ども集団」へ「指示、命令、禁止、評価」が飛び、大人の発言が支配的、一方的になりやすいものです。また声そのものも強く大きくなりがちです。どちらの園の夕方にもそのような強く、一方的な声はありませんでした。

ふつうに会話するような音量、やわらかさで、大人と子どもが生活の中のやりとりをしていました。これは夕方に限らずに保育のすべての場面でも大事なことのように思えます。

おやつ、食事夕方の食の風景をどう考えるか

園での夕方の補食をどこまでやるかは各園の考え方によってさまざま。それはそのまま家庭での夕飯をどう考えるかに通じます。家で1日1回は団らんを持ってほしいという願いを持っている園もあるでしょう。子どものおなかのすき具合を考えると少しでもおなかにたまるものを食べさせてあげたいという園もあるでしょう。

共通しているのは、現代において「家庭的である」とはどういうことなのか、そして保育者としてその風景をいかに支え、保護者とともにどのようにつくりあげていくのかということです。答えはひとつではないでしょうし、ひとつである必要もありません。あんず幼稚園のおにぎりにも、ウッディキッズのおでんにも、園と家とをつなぎ、溶け合わせるヒントがありました。

昼間のつづきもできる夕方。(あんず幼稚園)
暮らしの風景そのものが保育の中に。(ウッディキッズ)

撮影/藤田修平(あんず幼稚園) 写真提供/ウッディキッズ

『新 幼児と保育』2020年4/5月号より

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