園&家庭でゆっくり伸ばしたい 子どもの「生きる力~非認知能力~」
乳幼児期に身に着けた「非認知的能力」が、大人になってからの生活に大きな差を生じさせるとする研究成果が、国際的に注目されています。保育所保育指針の改定を方向づけたその考えや具体的な事例を、井桁容子先生と一緒に見ていきましょう。
監修・お話
保育の根っこを考える会主宰。福島県いわき市生まれ。東京家政大学短期大学部保育科を卒業後、同大学ナースリールームに2017年3月まで勤務。おもな著書に『ありのまま子育てーやわらか母さんでいるために』(赤ちゃんとママ社)、『保育でつむぐ子どもと親のいい関係』(小学館)など。
目次
過程を見守り、気持ちを受けとめる保育が生きる力を伸ばす
計算ができる、文字が読める、といった学力や知識を「認知能力」といいます。「非認知能力」とは、認知能力以外のさまざまな力のこと。ものごとに取り組む意欲、自分に対する信頼感、やさしさや思いやり……。数値で測ることはできませんが、人とかかわりながら生きていくためには欠かせない、「心の成長」につながる力です。
私は、非認知能力は乳幼児期からすべての人に備わっている力だと考えています。認知能力のように、「できる」「できない」という形で見えるものではないので、その育ちの様子をとらえることは難しいのですが、保護者や保育者は子どもが本来持っている力を信頼しながら、一緒に感じて考えていく存在であることが重要です。
そのために心がけたいのが、子どもを育て急がないことです。育ちのゴールは「やがて」。「今」ではありません。
友達に「貸して」といわれれば大好きなおもちゃでも「いいよ」と譲れる子が、「やさしいよい子」なのでしょうか?大人だって、お気に入りのものは簡単に貸したくないはず。子どもだったらなおさらです。それでも気持ちを抑え込んで「いいよ」といってしまうのは、さまざまな形で大人にそう教えられてきたからです。
でも行動に心が伴っていなければ、協調性もコミュニケーション能力も育ちません。幼いころに大切なのは、自分の思いを素直に表現したり、自分とは違う思いを持つ友達とかかわったりすること。いやなことはいや! といえてこそ、子どもの心は育つのです。
子ども同士の「貸して」「いや!」は、けんかに発展することもあるでしょう。でも保育者の役割は、けんかを防いだり、けんかはよくないと教えたりすることではありません。なぜけんかが起こったのか、子どもたちは何を感じ、どうしたかったのかを考えることです。
子どもとかかわるときに注目するべきなのは、「結果」ではなく「過程」です。結果だけを見て、できた・できない、よい・悪いなどと評価するのではなく、「なぜそうしたのか」「何を感じたのか」を大切にしてください。身近な大人が自分の思いを理解し、受け入れてくれた……。こうした経験の積み重ねが他人への信頼や自分への自信を育て、人の一生を支える「生きる力」の土台をしっかりとさせていくのです。
「生きる力」を伸ばすもの
生活の中のさまざまなできごとが、子どもの心を育てます。保育者が適切なかかわり方をすることができれば、ちょっとした経験も意味のあるものに変わっていきます。
夢中になる経験をする
子どもが夢中になっていることは、とことんさせましょう。好きなことなら、「もっと知りたい」「もっとしたい」と思うもの。楽しみながら、自分で考える、想像する、工夫する、といった経験を重ねることができます。
自分の思いを表現する
思いを素直に表現するためには、「この人ならどんなことでも受け入れてくれる」という信頼感が必要。「いい子だから好き」ではなく、「〇〇ちゃんだから大好き!」と、いつでも子どもを丸ごと受け入れる姿勢を示しましょう。
過程を大切にする
生きる力を育てるのは、何かをする「過程」。結果ではなく、そこにたどり着くまでに子どもが感じた葛藤こそ、保育者が共感したいポイントです。
友達とかかわる
友達とのかかわりは、「自分とは違う人」がいることを子どもに教えてくれます。ときにはぶつかり合いながら、お互いを認め、尊重し合う協調性や社会性を身につけていきます。
自分で考え、工夫する
大人はあれこれ先回りせず、「本当に困ったときだけ手助けする」というスタンスにします。迷ったり失敗したりすることは、子どもが自分で考えて行動するきっかけになります。
生活リズムを安定させる
乳幼児期は、それぞれの子に合ったリズムで生活させることを大切にします。生理的に満たされてこそ、子どもは好奇心や意欲を感じられるようになります。
「生きる力」って、どんな力?
「非認知能力」は特定の能力をさすものではありません。社会の中で心地よく生きていくために役立つさまざまな力の総称で、乳幼児のころから伸ばしていくことができます。
協調性・社会性
お互いに認め合いながら、他人と一緒にものごとに取り組める力。我慢してまわりに合わせるのではなく、一人ひとりの違いを楽しめるのが本来のあり方です。
共感する力
表面的に同意するのが「同感」、相手の身になって考え、気持ちを思いやるのが「共感」。やさしさや思いやりは、他人に共感できる力から生まれます。
自分に対する自信
生きる力のベースとなるのは、愛された経験です。「~だから」という条件つきではなく、自分をそのまま受け入れてもらえることは大きな自信になり、他人を受け入れる能力にもつながっていきます。
コミュニケーション力
自分を抑えてトラブルを起こさないことではなく、トラブルが起きたときに自分と相手の思いを調整できる力のこと。人として生きていくうえで自分と他者を大切にする力です。
人を尊重する気持ち
自分の思いを表現し、それを受け入れられてきた経験から生まれます。自分と同様、他人にも大切な思いがあることを理解すれば、自然に相手を尊重する気持ちが生まれます。
柔軟な心の持ち方
自分への信頼感があれば、失敗しても簡単に心が折れることはありません。「まあ、いいか」と失敗を受け入れ、状況に応じて対処していくことができます。
【井桁先生×ベテラン保育者さん座談会】子どもの「生きる力」はこんなところに表れる!
「生きる力」は、見えにくい力でもあります。一人ひとりにしっかり目を配っていないと、日々の「当たり前」の中に埋もれてしまうことも……。子どもの「生きる力」にあらためて気づかされた瞬間や、心の成長のために心がけていることなどをベテラン保育者さんの視点から語り合っていただきました。
出席者
井桁容子 先生
プロフィールは記事冒頭参照。
X 先生
東京都の公立保育園勤務。保育歴25年。2歳児クラス担当と副園長を兼任。
Y 先生
東京都の私立保育園勤務。保育歴19年。2歳児クラス担当。
いつも自分中心だったAちゃんが友達の思いを聞いて少しずつ変わっていった!
Y先生より
強いタイプのAちゃんは、クラスの子のあこがれの存在。でも、遊びの主役はいつも自分。ほかの子も主役をやりたそうにしているけれど……。
Y先生 たとえばお医者さんごっこをするとき、お医者さんは必ずAちゃん。ほかの子に、「私がいいっていうまで寝てて!」って(笑)。いわれた子は、「人気者であこがれのAちゃんに遊んでもらっている」という遠慮があるみたいで、自分もお医者さんがやりたいって、いいだせないんです。
井桁先生 自分の思いを表現しきれない子もいますからね。強い子と一緒になると、主役と脇役みたいに、なってしまうことがあります。
Y先生 気になっていたので、機会があるたびに「お医者さんがやりたいのはAちゃんだけじゃないよ」などと声をかけていたんです。そうしたらあるとき、ひとりの子が、「私もお医者さんやりたい!」っていったんです。
X先生 自分でいえたんですね。
Y先生 そんなことをいわれたのは初めてだったので、Aちゃんは驚いたみたい(笑)。そのときは怒り出してけんかになっちゃんたんですよ。でもその後、保育者からも友達の気持ちを伝えるかかわり方をしばらく続けたら、ある時期から譲れるようになって。今ではほかの子からの遊びの提案も受け入れられるようになりました。
保育者と保護者の会話を聞いていつも自分を抑えていたBちゃんが1日で大変身!
井桁先生より
ひとつ年上の男の子との遊びで、いつも赤ちゃん役のBちゃん。ベビーカーがわりの箱に「乗って」といわれると、遊びが終わるまで、黙ってずっと乗っているような子でした。
井桁先生 「強い子とその子に従っている子」というケースでは、自分の思いをいえない子を応援することが大切なんですよね。Bちゃんの場合は、自分の気持ちをいえない理由のヒントが出てくればいいな、と思って、お迎えに来たおかあさんに、Bちゃんのおままごとの話をしてみたんです。
Y先生 おかあさん、なんておっしゃいました?
井桁先生 「うちの子はみんなにかわいがられて幸せですね」って(笑)。
X先生 意外な答え(笑)。トラブルを起こしたくない、というタイプの方なのかもしれませんね。
井桁先生 私も、それは少し違うかな、と思ったので、「いやなときはがまんしないで、いやと言えることが大事ですよ」って、おかあさんに話したんです。Bちゃんは、おかあさんの横でそれを聞いていたんです。
Y先生 Bちゃんは1〜2歳ですよね?
井桁先生 そうなの。でもその翌日、Bちゃんはベビーカーがわりの箱に乗るのをはっきりと断ったんです。「いや!」って。誘った子がどんなに頼んでも、断固拒否(笑)
X先生 先生とおかあさんの会話を、1歳児なりに理解したんでしょうね。
井桁先生 表現し始めたら、Bちゃんは変身しましたよ。みんなで散歩に行った日なんてね、道路を横断するときだけ、年上の男の子に「おてて!」って手を突き出すの。いわれた子は驚いて、「あ、ハイ」と手をつないであげたんですけど、道を渡り終えたとたん、Bちゃんが「もういい!」(笑)。
Y先生 いわれるままに赤ちゃん役をしていた子とは別人みたい!自分の思ったことをいっていいって、心から思えるようになったんでしょうね。
自分の気持ちをズバズバいう! ……というイメージのCちゃんが見せてくれた意外な感情表現
X先生より
Cちゃんは、同じ園に通うお姉さん&弟の3人きょうだいふだんから「私の!」などと強く主張する子でした。その日は、水遊びをすることになったのですが、体調不良でプールに入れないCちゃんは……。
X先生 私がプールの準備をしていたら、Cちゃんが近づいてきたんです。そして、みんなで遊ぶすべり台をセットしている私を見て、いつものように強い口調で、「ねえねに怒られるよ!」とひと言(笑)。
井桁先生 いつも家でいわれているんでしょうね(笑)。
Y先生 Cちゃん、プールに入りたかったんですね。
X先生 お姉ちゃんは年長さんで別のフロアで過ごしているので、私は怒られずにすんだんですけど(笑)。その後、みんなはプールで遊んで、その間、Cちゃんは保育者と一緒にお絵描きをしていたんです。「何を描いたの」と、できあがった絵を見せてもらったら……。
Y先生 どんな絵だったんですか?
X先生 すべり台の絵だったんですよ。ああ、本当にやりたかったんだな、と。Cちゃんは、いつも思ったことをどんどん口に出すイメージだったんです。でも、「すべり台で遊びたい」とはいえなかった。それでもくやしい気持ちをなんとか伝えたくて、「ねえねに怒られるよ!」といってみたけれど、まだ足りなかったんでしょうね。絵を見て、ああ、こんな形の感情表現もする子なんだな、と気づかされました。
井桁先生 強いタイプの子やはっきりした自己主張は、保育者が気づきやすいんですよね。でも、パッと目にとまるものがすべてじゃないんです。目立つ表現をしないおとなしい子ほど注意して見ていくべきだし、「〇〇ちゃんはこういうタイプ」などと決めてしまわず、ありのままに見ていくことも大切ですね。
保育者は子どもが「 表現のスキル」を増やす手助けをする!
井桁先生より
Dちゃんは、争いを好まない子。友達におもちゃを取られても、何もいいません。でも表情は悲しそうです。
井桁先生 泣いたり怒ったりしなくても、子どもはいろいろなことを感じていますよね。でも、相手が怖いとか、なんていったらいいのかわからないとか、その子なりの理由で表現するのをためらってしまう。だから、Dちゃんがおもちゃを取られたとき、「取り返しに行こう!」と誘ったんです。
X先生 取り返すって?
井桁先生 Dちゃんと手をつないで、おもちゃを取った子を追いかけ回したんです(笑)。
Y先生 Dちゃんはどんな様子だったんですか?
井桁先生 もう、ずっとニコニコ。でも、何もいわないんです。私が「こら!それはDちゃんのだから返して!」というと、黙ってうなずくの(笑)
X先生 自分の気持ちを先生にいってもらったんですね。
Y先生 それをくり返すことで、Dちゃんも自分で思いを伝えられるようになっていくんでしょうね。
井桁先生 反対に、表現が激しい子もいるんですよね。Eくんは友達のおもちゃを取ろうとしたけれど、反対に泣かされてしまったんです。近くにいたおかあさんが「あなたが泣くことじゃないでしょう」というと、Eくんは「取れなかったのが残念で泣いてるんだから、泣くなっていうなー!」(笑)。
Y先生 思いが伝わる! いいですね(笑)。
井桁先生 でも、泣き声が大きすぎたの。だから、ここで泣くとみんなの耳が痛くなっちゃうから、あっちで泣いてきたら?といってみたんです。そしたら、うんって。部屋の隅で泣いて、すっきりした顔で戻ってきました。
X先生 表現することは大切だけれど、表し方が極端だと、受け入れられにくいこともありますよね。
井桁先生 「生きる力」は、自分とつきあっていく力でもあるんです。思いを伝えるためには「うまく表現する」ことも大切。声が大きすぎるなら、弱める方法をアドバイスしてみる。自分を抑えてしまう子には、「本当の気持ちをいっていいんだよ」と伝えてみる。保育者にできることのひとつが、表現するスキルを増やすお手伝いをすることなんですよ。
文/野口久美子
イラスト/すみもと ななみ
『新 幼児と保育』増刊『0・1・2歳児の保育』2018冬より