#02 息子・慎之介の事故、その背景と教訓|保育者のためのリスクマネジメント講座①「水の事故予防と安全への願い」

特集
保育者のためのリスクマネジメント講座「水の事故予防と安全への願い」

幼い息子さんを保育中の水難事故で失った母親・吉川優子さんが語る、保育の安全と子どもの命を守るために大切なお話を4回にわたってお届けします。悲劇をくり返さないために、安全への願いとともに、わが子を襲った事故の実態と、水の事故の予防策を徹底解説します。教育現場に携わる人々の心に響く、貴重な証言と提言です。2回目は息子・慎之介くんを襲った事故の詳細についてお話いただきます。(>>前回はこちら)

息子・慎之介の事故

【お話】吉川優子(よしかわ・ゆうこ)
NPO法人Safe Kids Japan 事業推進マネージャー、元吉川慎之介記念基金 代表理事。長男の慎之介くんの水難事故をきっかけに、2014年7月に一般社団法人吉川慎之介記念基金を設立。同年9月には「日本子ども安全学会」を発足。子どもの安全に関する有識者の研究発表の場を作った。水難事故予防とこどもの安全・事故予防の啓発活動やこどもの事故調査・死亡検証の制度化に尽力している。

私の息子・慎之介の事故について、詳しくお話しさせていただきます。

事故が発生したのは2012年7月20日、愛媛県西条市でのことです。慎之介は西条市内の私立幼稚園に通っており、この日、石鎚ふれあいの里という、市が管理する施設でお泊まり保育が行われる予定でした。西条市には加茂川という美しい川が流れており、ここで水遊びが実施されました。

お泊まり保育には年長クラスの園児31名が参加し、引率の教員は30代から70代までの女性8名でした。当日は午前中に終業式が行われ、一度自宅に帰ってお昼を食べてから再び幼稚園に集合し、宿泊先へ移動するスケジュールでした。

このころはまだ梅雨が明けきらず、どんよりとした天気が続いていましたが、当日は幸い雨も上がり、良い天気だと喜んでいました。しかし、午前中に市内で通り雨が降ったため、先生からカッパを持参するよう指示がありました。

お泊まり保育に出発した後、宿泊先に到着してすぐに加茂川で水遊びが行われました。そして15時38分、園児4名と教諭1名が増水によって流されてしまいました。宿泊先の施設スタッフと偶然居合わせた観光客が救急に通報してくださいました。

私に連絡が入ったのは、事故から約1時間後の16時40分でした。幼稚園の主任の先生から「お母さん、落ち着いて聞いてください。慎之介くんが鉄砲水に流されました」と一報を受けました。当時、私は保護者の会のみなさんと夏休み明けの運動会について打ち合わせをしていました。連絡を受けた私たちは、すぐに病院に向かうチームと現場に向かうチームに分かれて対応しました。

私は病院に駆けつけましたが、到着したときには慎之介は心肺停止状態で、病院の先生方の救命措置を受けていました。そして、私が到着して間もなく、慎之介の死亡が確認されました。救急搬送時、園の先生方は現場に残っていたため、病院で私を迎えてくれたのは警察の方でした。何が起きたのかまったくわからないまま、慎之介の死を看取ることになってしまいました。

私たちは直ちに現場での事故検証を始めました。7月22日に慎之介の葬儀を行い、その際に夫が「一番びっくりしているのは慎之介だと思います。二度とこのような事故が起きないように、原因究明をしっかり行います」と挨拶しました。この思いに応えてくださったのが、子どもたちと保護者のみなさんでした。

事故の詳細

保護者の会の当時の会長から、子どもたちの記憶が薄れる前に事故現場の検証をしたいという申し出があり、すぐにみなさんと一緒に現場で検証を行いました。ほとんどの子どもたちが参加してくれ、私は慎之介の役をしました。子どもたちは「しんちゃんが増水する前、どこで遊んでたよ」「増水したときには僕たちのこの胸のあたりまできたんだよ」と、一生懸命に事故の様子を教えてくれました。

この検証で最も気をつけたのは、子どもたちに無理やり話を聞かないことでした。同時に、忘れてしまいなさいということも決して言いませんでした。子どもたちの心に限りなく寄り添うことを心がけました。

検証後、保護者のみなさんが子ども一人ひとりに事故についてヒアリングを行い、お泊まり保育の体験レポートを作成してくださいました。これにより、事故の状況がより明確になりました。

この検証には保護者、子どもたち、施設スタッフ、偶然居合わせた観光客、近隣の方など、多くの方々がご協力くださいました。その結果、当時の状況がより詳しくわかってきました。

子どもたちが遊んでいた範囲は、警察の捜査結果とほぼ一致していました。増水前の水深は浅いところで45cm(大人の膝くらい)、深いところで74cm(大人の股下くらい)でした。31人の子どもたちと8人の先生方がここで遊んでいました。

増水時、4人の子どもが流され、さらに10人の子どもたちが川の中の岩の上に取り残されていました。つまり、14人の子どもたちが増水時に川の中にいたのです。救助に当たったのは施設スタッフと観光客の方々で、先生方はパニックになってしまい、通報や子どもたちの救助、ケアができない状況でした。

子どもたちのレポートには「知らない先生」という言葉がたくさん出てきました。これは施設スタッフや観光客の方々のことを指していたのです。この言葉に私たち保護者は衝撃を受けましたが、同時に子どもたちが大人を信頼していることがよくわかりました。子どもたちは初めての場所でも、先生や大人がいるから安心して遊んでいたのだと思います。

慎之介と一緒に流された3人の子どもたちは下流方向に流されましたが、奇跡的に助かりました。2人の園児は自力で川岸にたどり着き、慎之介はさらに下流に流されていきました。もう1人の園児は慎之介よりもさらに下流に流されました。

慎之介を追いかけた先生は、200メートルほど流された慎之介が一瞬這い上がって沈んでいく姿を最後に目撃しましたが、その場所を誰にも伝えることができませんでした。慎之介はそこから行方不明になってしまいました。

さらに下流で助けを求めていた女の子を施設スタッフが救助した後、慎之介の捜索が行われ、施設スタッフが慎之介を発見しました。すぐに心肺蘇生が行われ、救急搬送されましたが、残念ながら助かりませんでした。

事故現場は山奥で、救急車の到着に30分以上かかる場所でした。また、当時、慎之介のような重症の子どもを受け入れられる病院が市内になく、隣の市の病院へ搬送されました。このように、緊急時の対応や医療機関への搬送ルートなど、事前の準備や下見がまったく不十分だったことがわかりました。

先生方の対応については、私たちが検証を進める中で、何も話せないという態度が続きました。私たちは先生方を信頼していただけに、このような状況になってしまったことは大変残念でした。

慎之介が発見されるまでにかなりの時間がかかりました。カーラーの救命曲線(上記)によると、心肺停止後3分で死亡の確率は50%になります。慎之介は川底に40分ほど沈んでいたため、救出されたときにはすでに亡くなっていたと考えられます。

※カーラーの救命曲線:心臓停止、呼吸停止、大量出血の経過時間と死亡率の目安をグラフ化したもの。

日本の川は非常に急勾配であり、慎之介が亡くなった加茂川は特に勾配がきつい川でした。日本は島国で急峻な山々があり、たくさんの川が流れています。日常生活では忘れがちですが、私たちはこのような自然環境の中で生かされています。身近な川や自然環境がどのような状態にあるのか、常に確認しておく必要があります。

事故当日、先生方は20年間同じ場所に通い続けていたため、きちんとした下見をしていませんでした。毎年同じところだから大丈夫だろうということで、この川が危険だと思ったことがなかったという認識でした。また、当日は1名の園児が発熱しており、1人の先生がつきっきりの状態でした。

先生方は代替プランを用意しておらず、天候悪化時の対応や中止の判断基準も持ち合わせていませんでした。全員参加という目標と行事の遂行に固執してしまっていたのです。

事前の説明会では、持ち物や水着についての説明はありましたが、川での水遊びについては足首程度の浅い場所での遊びという説明にとどまっていました。不安を感じた保護者が個別に質問しても、ヘルパーなどの安全器具は必要ないと言われていました。

事故から学ぶべきこと

この事故から得られた教訓は数多くあります。天候の確認、ライフジャケットなど川遊びに関する準備・情報収集、専門家への相談、子どもたちの年齢や活動の目的にふさわしい場所の選定、無理のない計画、保護者への詳しい説明、適切な下見や施設スタッフとの打ち合わせ、活動内容のシミュレーション、役割分担や監視体制の整備、緊急時の対応シミュレーション、搬送ルートの確認、代替案や中止の選択肢を持つこと……などです。

しかし、最も重要なのは、これらを実際にしっかりと実践し、実行するためにはどうしたらよいかを考えることです。施設ごとに体制や子どもたちの状況が異なるため、より良い活動計画をどのように立てるかを話し合うことが大切です。

そして、最も強調したいのは、これまで危険なことや事故がなかったからという理由で安全だと判断してはいけないということです。裁判での先生方の供述によると、全員が「これまで事故がなかったので大丈夫だろう」という過信があったと認めています。安全マニュアルはあったものの、特に気にして見ることはなかったそうです。

さらに深刻なのは、園外保育に関する安全教育を受けたことがなかったという点です。川が危険だということを誰も教えてくれなかったという声もありました。これは本当に大きな課題だと感じています。

安全を学ぶこと、活動に必要な情報や知識を得ることは、この幼稚園の先生たちだけの問題ではありません。みんなで一緒に共有し、学び合う機会が非常に重要です。

私たちは、子どもたちの命を守るために、過去の事故から学び、常に安全意識を高め続ける必要があります。一つひとつの命がかけがえのないものであることを心に刻み、二度とこのような悲しい事故が起きないよう、みんなで力を合わせて取り組んでいかなければなりません。

子どもたちが安心して遊び、学び、成長できる環境を作ることは、私たち大人の責任です。私は慎之介の事故を無駄にすることなく、その教訓を生かし、より安全な保育・教育環境の実現に向けて、一歩ずつ前進していきたいと思います。

保育者のみなさんにお願いしたいのは、自分の施設や地域の状況をいま一度見直し、潜在的な危険がないか、安全対策は十分か、緊急時の対応は整っているかを確認することです。そして、子どもたちの声に耳を傾け、彼らの安全を最優先に考える姿勢を持ち続けることです。

慎之介の命を通して学んだことを、これからの子どもたちの幸せな未来につなげていくこと。それが、残された私たちの使命だと信じています。

次回は事故の法的責任と安全教育の重要性についてお話しいたします。

>>第3回に続く

※本記事は2023年2月8日に収録したインタビューをもとに作成いたしました。

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