#03 事故の法的責任と安全教育の重要性|保育者のためのリスクマネジメント講座①「水の事故予防と安全への願い」

特集
保育者のためのリスクマネジメント講座「水の事故予防と安全への願い」

幼い息子さんを保育中の水難事故で失った母親・吉川優子さんが語る、保育の安全と子どもの命を守るために大切なお話を4回にわたってお届けします。悲劇をくり返さないために、安全への願いとともに、わが子を襲った事故の実態と、水の事故の予防策を徹底解説します。教育現場に携わる人々の心に響く、貴重な証言と提言です。3回目は事故が起きたときの法的責任と、事故を未然に防ぐための安全教育の重要性についてお話いただきます。(>>前回はこちら)

子どもの視点から見たお泊まり保育

【お話】吉川優子(よしかわ・ゆうこ)
NPO法人Safe Kids Japan 事業推進マネージャー、元吉川慎之介記念基金 代表理事。長男の慎之介くんの水難事故をきっかけに、2014年7月に一般社団法人吉川慎之介記念基金を設立。同年9月には「日本子ども安全学会」を発足。子どもの安全に関する有識者の研究発表の場を作った。水難事故予防とこどもの安全・事故予防の啓発活動やこどもの事故調査・死亡検証の制度化に尽力している。

これまで、保育者や保護者など大人の目線からこの事故についてお話ししてきましたが、ここで子どもたちの視点に立ち返ってみたいと思います。

このお泊まり保育は、子どもたちにとって大きな挑戦でした。初めて訪れる場所で、初めて親と離れて、大好きなお友達や先生たちと一緒に宿泊するという経験です。慎之介も、実は親と離れて泊まるのは初めてで、私のほうが心配でした。毎日「しんちゃん、ひとりで寝られるかな」といった会話をしていました。

慎之介は、お友達と一緒に寝ることやサンドイッチを作る係になっていることを本当に楽しみにしていました。自然体験は確かに重要で素晴らしい活動ですが、子どもたちにとって何が挑戦だったのかを、私たちは改めて考える必要があります。

日々の教育活動が子どもたちにとってどういった意味を持つのか、何のためにやるのかを、子どもの立場に立って、子どもの心に寄り添って、もう一度考えていただきたいと思います。

事故の法的責任

この事故は法的責任が問われ、2016年5月に刑事裁判の判決が、2018年12月に民事裁判の判決が言い渡されました。刑事裁判では元園長に有罪判決が出され、民事裁判では元園長と学校法人に法的責任が認められました。

刑事裁判は国が国民に刑事罰を言い渡すもので、私も非常に緊張しました。被害者参加制度を利用して裁判に参加し、事故の事実と向き合いました。

刑事裁判の判決内容

2016年5月30日、松山地方裁判所で刑事裁判の判決が言い渡されました。判決では以下の点が指摘されました:

  1. 園長は園児の生命・身体の安全を守る職務である
  2. 川での行事を行う際は、ライフジャケットを準備し装着すべきだった
  3. 幼い園児を引率して川遊びを行う際は、川の危険性についての事前調査、上流域で雨が降ったら増水するという知識、上流域の天候確認が絶対条件である
  4. 事故当日、断続的な降雨を確認していたにもかかわらず、安易に安全と判断したのは園長として不適切だった

一方で、裁判長は「園児の安全確保にとって、必ずしも教諭個人に対する厳しい刑罰が効果的であるとは言えない」とも述べました。これは当然のことで、刑事罰は予防対策でも安全対策でもなく、責任の問題でしかありません。

園児の命を守るためには、個々の教諭の努力を超えた部分での安全対策、つまりさまざまな仕組みや制度が必要だということが判決文で示されました。これは社会全体に投げかけられた大きな公的課題だと真摯に受けとめています。

事故後の対応と課題

事故当時、先生方からは「何もお話しできません」という対応が続きました。しかし、保護者のみなさんをはじめ、宿泊先の施設スタッフ、観光客、西条市の職員、教育委員会、近隣住民、消防など、多くの方々がこの事故と向き合ってくださいました。

当時は保育学校事故に関するガイドラインや制度がなく、幼稚園の先生方も手探り状態だったことは理解しています。しかし、「何もお話しできない」という事後対応によって信頼関係が崩れ、その後は裁判という対立構造の中でしか向き合えない状況になってしまいました。これは非常に悲しいことです。

現在は、重大事故が発生した際の事後対応に関するガイドラインがあり、誠実な対応が求められています。保育者のみなさんには、日ごろからヒヤリハット事例や過去の事故実例をもとに、組織体制や安全管理体制について常に話し合い、見直す機会を設けていただきたいと思います。

保育事故・学校事故について

ここで、保育事故と学校事故について確認したいと思います。

保育事故は、内閣府の子ども・子育て支援制度に該当する公立の幼稚園、厚生労働省管轄の保育園や認定こども園、学童保育などで発生した事故が対象となります。これについてはこども家庭庁からガイドラインが出ています。

教育・保育施設等における事故防止及び 事故発生時の対応のためのガイドライン 【事故防止のための取組み】 ~施設・事業者向け~|こども家庭庁

学校事故は、文科省管轄のすべての学校、新制度に移行していない私立幼稚園などで発生した事故が対象となります。こちらも文科省から学校事故対応に関する指針が出ています。

学校事故対応に関する指針|文部科学省

どちらも2016年3月に示されたガイドラインで、非常に重要な内容が含まれているので、必ず確認していただきたいと思います。

プール事故の事例検証

2011年7月11日に発生した神奈川県大和市の私立幼稚園のプール事故について、事故調査報告書や裁判での証言などをもとに、少しお話しさせていただきます。この事故は消費者庁の安全調査委員会が調査を実施し、毎年フォローアップが行われています。

「平成23年7月11日に神奈川県内の幼稚園で発生したプール事故」報告書|消費者庁

この事故は園に常設されているプールで発生し、新卒の新任担任の先生のクラスで起きました。事故当日は急なスケジュール変更があり、2クラス合同でプール実習を行うことになりました。

プールの水深は20cmといわれていますが、当時設置されていたモニターが故障していたため、実際の事故状況はよくわかっていません。先生方の証言から事故の状況が確認されています。

事故発生時、アームヘルパーを遊具として使用しており、亡くなった園児が遊んでいるときに、ほかのクラスの園児たちはすでにプールサイドに上がっていました。残された園児たちがアームヘルパーをボールのように遊んでいて、それを片づけるときに亡くなった園児を見失ってしまったようです。

溺れている状況を発見したのはほかのクラスの担任でしたが、どのように溺れたのか、なぜ溺れてしまったのかは今もわかっていません。発見時にはすでにうつぶせの状態だったそうです。

発見後の対応にも問題がありました。すぐに通報されず、事務室に園児を連れて行き、適切な救命措置も行われませんでした。誤って園児を逆さにして水を吐かせようとするなど、間違った対応がなされました。

この事故からの教訓として、プール活動前にはBLS(※)の講習を受講し、万が一の際にはすぐに引き上げて救命措置を行う体制を整えておくことが重要です。

※BLSとは、Basic Life Supportの略称で、心肺停止または呼吸停止に対する一次救命処置のこと。

法的責任と裁判での証言

この事故も刑事、民事ともに法的責任が問われ、刑事裁判では元担任の先生に有罪判決が出されました。

裁判での尋問で、新任の担任の先生は涙を流しながら「安全のことを誰も教えてくれなかった」「学ぶ機会がなかった」と証言しました。これは慎之介の幼稚園の先生方も同様の発言をしており、ベテランも新人も関係なく、安全教育の重要性が浮き彫りになりました。

経験年数に関係なく事故は起こり得るため、個人で学ぶだけでなく、組織やチームで共有しあうことが非常に重要です。

安全教育の重要性

日ごろ、先生方は忙しい中で安全な環境づくりに努力されていますが、残念ながら重大事故が発生した施設では、安全を学ぶ機会がまったくなかったり欠落していたりすることが大きな問題でした。

研修の機会、ともに学び合う機会は、子どもたちの命を守るためにも非常に重要です。神奈川県大和市の私立幼稚園プール事故のご遺族からいただいたメッセージを紹介させていただきます。

「保育士、幼稚園教諭、教諭の皆様へ。最も大切なことは、園児への楽しい教育ではなく、園児の命を守ることです。危機管理意識を必ず持ってください。過去に起きた事故から学んでください。新人の教諭や同僚などへの配慮と気遣いをお願いいたします。大丈夫だろう、できて当然という思い込みは、事故につながります。誰にでも自分の意見をはっきり言う勇気を持ってください。今後、子どもたちが不慮の事故で亡くならないために、同じことを繰り返さないことと、再発防止を強く願います」

この事故の注意喚起として、消費者庁ではホームページで教材やチェックリスト、動画コンテンツなどを公開しています(下記リンク先)。ぜひご活用いただき、二度とこのような悲しい事故が起きないよう、安全教育と事故防止に努めていただきたいと思います。

幼稚園等のプール活動・水遊びでの溺れ事故を防ぐために|消費者庁

次回は子どもたちの溺れの特徴とプールの事故予防についてお話しいたします。

>>第4回に続く

※本記事は2023年2月8日に収録したインタビューをもとに作成いたしました。

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