新たな意欲を生み出す“あこがれ”という感覚【井桁容子先生の共育ち支援ルーム】

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非営利団体コドモノミカタ代表理事

井桁容子

“あこがれ” が持つ不思議な力、保育の場で意識したことがありますか?

イラストAC

井桁容子 (いげた・ようこ)

保育の根っこを考える会主宰。福島県いわき市生まれ。東京家政大学短期大学部保育科を卒業後、同大学ナースリールームに2017年3月まで勤務。おもな著書に『ありのまま子育て─ やわらか母さんでいるために』(赤ちゃんとママ社)、『保育でつむぐ 子どもと親のいい関係』(小学館)など。

生きる意欲、学ぶ意欲を応援する

何かに“あこがれる”感覚は、「あんなふうになりたい」「あんなふうになるにはどうしたらいいかな?」という観察から生まれます。生きる意欲や学ぶ意欲につながるので、とても大切な感覚ですね。保育者であれば、身近なところでは素敵な親子関係を見たとき、素晴らしい保育をする先輩に出会えたときなどに湧き起こるでしょうか。子どもたちは、どんなときに何にどのように“あこがれ”を持つでしょうか。

たとえば、ハイハイをしていた子どもが、ある日突然ひとりで立ってみせたり、初めての一歩を踏み出したりすることも、身近な人の歩く姿にあこがれていたことを実現できた、喜びの一瞬といえます。このような瞬間は、見逃さずに一緒に喜んであげたいものですね。そして、歩行が安定してくると、大人のスリッパや玄関の靴を履こうと挑戦し始めます。

大人は靴やスリッパを、何も意識しないで立ったまま履いていますが、スリッパや靴を立ったまま履くためには、片足立ちができなければならないのです。ですから、子どもはあれこれ試行錯誤しながらがんばります。歩くことに余裕が出てきて少し知恵が働くようになると、どこかにつかまっていれば履きやすいと気づきます。

※ 写真はイメージです。

“あこがれ”を支える大人の感性

子どもの中には、大人の反応が気になって自分の気持ちに素直に行動できない子どもがいます。反対に、よくまあこんなことに気づいたものだと感心してしまうほど、いたずらを次々に考えついてのびのびと行動できる子どももいます。

Dくん(3歳3か月)は前者でした。友達がしていることを「あんなことしてるよ!」と保育者に知らせてくることが多いのです。ある日、シールで遊んでいたときのこと。いたずらっ子のJくん(3歳5か月)が、自分の顔にシールを貼り始めました。Dくんは、Jくんが気になりながら、保育者の顔をちらちらと見ていました。

そこで保育者が「うわ~ 、Jくんの顔に模様ができた! おもしろ~い」と笑ってみせると、Dくんも「みてみて!」と自分の顔にシールを貼って得意満面。Jくんのいたずらはますますエスカレートして、両まぶたに貼ってみたりします。その様子をDくんは、今まで見たことがないほど愉快そうに声をたてて笑っていました。

Dくんには、ふたりのお姉ちゃんがいて、お母さんとお姉ちゃんふたりに日常生活の中であれこれ干渉を受けることが多かったのです。そのためDくんはいつのまにか、周囲の人の目を気にすることが多くなっていたのです。だから、Jくんのようにのびのび自分のやりたいことを自由にやってみる存在を“あこがれ”ていたようでした。

このときに、保育者がJくんのことを肯定していると感じられたDくんは、Jくんへの“あこがれ”を行動に移してみる勇気が湧いたのでしょう。そうすることで、自分で作ってしまった窮屈な枠をはずし、自分の思いを自然に表現する楽しさに気づくきっかけになったようでした。

こんなふうに、“あこがれ”には新しい意欲を次々と生み出す不思議な力があります。しかし子どもたちの内面で起こっていることを感じ取る大人の支えがなければ、なかなか生かされないものでもあります。

保護者の子ども理解につなげる

虫が大好きなYくん(3歳3か月)が園庭で遊んでいるときに、テントウムシを見つけました。真剣に長い間見入っていたYくんは、その日以来テントウムシになりきって遊ぶようになり、急に壁に張りついて動かなくなったり、「みてみて」と両手を広げて、飛ぶ様子を保育者にアピールしたりするようになりました。

そこで画用紙で赤と黒の水玉模様の羽を作ってYくんの背中に粘着テープで貼ってあげると大喜びで、食事のときも午睡のときもテントウムシらしく動いてなりきっていました。その様子を感動しながらお母さんに伝えると、「私は虫が苦手です」とおっしゃったのですが、翌日、YくんのTシャツには昨日の羽が補修されながらつけ替えられていました。

子どもの“あこがれ”を丁寧に伝えることで保護者が我が子への理解を深め、親として成長することにつながることもあるのです。

写真提供/東京家政大学ナースリールーム

『新 幼児と保育』2018年8/9月号より

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