幼児期の終わりまでに育ってほしい姿「10の姿」を保育に生かしていますか?
2018年に改訂された指針・要領で示された「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿『10の姿』」について、保育者のみなさんの意識や実態を探ってみました。保育の振り返りや保育要録・指導要録の作成の際に、ぜひ参考にしてください。
監修
神長美津子 先生
大阪総合保育大学特任教授。文部科学省の諮問機関「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」委員。著書に『わかりやすい! 平成30 年改訂幼稚園・保育所・認定こども園「要録」記入ハンドブック』(ぎょうせい/共著)、『3・4・5歳児の指導計画 幼稚園編【改訂版】』(小学館)などがある。
目次
『新 幼児と保育』× 『HoiClue』コラボアンケート
『新 幼児と保育』が『ほいくる』 とアンケートを実施、保育者のみなさんがどのようにとらえ、実践しているのかを聞かせてもらいました。
[保育や子育てが広がる“学び”と“遊び”のプラットフォーム]ほいくる
有効回答数:140件
調査時期:2022年9月12日~20日
回答者の立場や担当:3歳以上児担当42.9%、3歳未満児担当32.1%、管理職12.9%、その他12.1%
回答比率の数値は小数第2位で四捨五入しているため、合計が100%になるとは限らない。
Q 日ごろの保育において、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿『10の姿』」を意識している?
「意識している」「まあ意識している」を合わせると8割に達しました。中でも5歳児年長クラス担当や管理職(「施設長、園長、副園長」と「主任、主幹保育教諭」)では、ともに9割前後と高くなっていました(グラフ省略)。
Q 「意識している」「まあ意識している」と回答した方に質問。その理由を教えて!(当てはまるものすべて)
「子どもたちの育ちに必要だと思うから」が圧倒的に多く、「管理職から指導されているから」などの外的要因を大きく上回る結果になりました。
Q 「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」のうち、とらえ方が難しいと感じるものはある?(当てはまるものすべて)
「社会生活との関わり」と「道徳性・規範意識の芽生え」のふたつが同率トップでした。次の項目で紹介する「現場で難しいと感じることや課題」の回答と考え合わせると、コロナ禍によって保護者や地域の方を巻き込む保育が少なくなっていることや、子どもによって発達に偏りがあることなども、難しさを感じさせる要素なのかもしれません。
Q 「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」に関して、現場で難しいと感じることや課題があったら教えて!
小学校との連携、保育者との連携、保育者同士の連携など、異なる立場の人とともに進めていくことに難しさや課題を感じている方が多くいました。
Q 「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」を意識し、現場や保育者間で連携していること、工夫していることなどあったら教えて!
指導計画や保育記録など、書類に取り入れることで共有を図ろうとしている方が複数いました。
「10の姿」の視点で年度後半の保育環境づくりを
本特集で紹介したアンケート結果を踏まえ、今後どんなことを意識して保育をすればよいのか、神長美津子先生に伺いました。
積極活用しようとする保育者が多い
今回のアンケートで特に興味深い結果のひとつは、「日ごろの保育において、『10の姿』は意識しているか」で、約8割が「意識している」「まあ意識している」と答え、その理由に約74%が「子どもの育ちに必要だから」と答えていることです。多くの保育者が、「10の姿」の積極的な活用を考えています。
もうひとつは、「自然との関わり・生命尊重」「健康な心と体」「自立心」と比べて、「社会生活との関わり」「道徳性・規範意識の芽生え」は、「とらえ方が難しい」と答えていること。コロナ禍で人との交流が制限されていることもあるのかもしれませんが、いずれも子どもの内面に価値が芽生え醸成されていく姿なので、じっくりと子どもとかかわることが必要です。
「その子なりの論理」への理解を
「道徳性・規範意識の芽生え」は、よいこと・悪いことの判断を、信頼する大人の判断をそのまま受け入れて行動していた姿から、その子なりの論理を立てて判断しようとする姿、すなわち道徳的自律に向かう「はじめの一歩」を「芽生え」としてとらえようとしています。このため、子どもと向き合い「なぜそうするのか」を推察し、子どもの判断の背景にあることへの理解を深めていくことが保育者に求められます。
また「社会生活との関わり」は、子どもが社会とつながる保育環境をどれだけつくってきたかにもかかわります。
これを契機に、子どもとの向き合い方や、保育環境を改めて見直すことが必要ではないでしょうか。
「10の姿」につながる経験を生み出す環境づくり~「図書館ごっこ」の事例から~
子どもたちは、ごっこ遊びの中で社会での経験を再現します。市立図書館での園外保育を図書館ごっこ遊びへと発展させた、宇都宮大学共同教育学部附属幼稚園(栃木・宇都宮市)の年長クラスの事例を、「10の姿」の視点で紹介します。
ここでは、「10の姿」に以下の連番や略称を使用しています。
健康な心と体=①健康
自立心=②自立心
協同性=③協同性
道徳性・規範意識の芽生え=④道徳性
社会生活との関わり=⑤社会生活
思考力の芽生え=⑥思考力
数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚=⑧数・形・文字
言葉による伝え合い=⑨言葉
豊かな感性と表現=⑩感性
1 市立図書館での園外保育
宇都宮市立図書館での園外保育の後、子どもたちはそれぞれの視点で社会の情報を園に持ち帰ってきました。たとえば、本は種類ごとに置く場所が決まっていること、本にはバーコードがついていて、本を借りるときにはそれを機械で読み取っていることなどです。
また、図書館には読み聞かせをしてくれる場所があること、貸し出しカウンターに人がいることに気がついた子どももいました。
「10の姿」につながる経験
- 図書館の人の案内で、本の置いてある場所を教えてもらう。
……⑤社会生活 - 自分で本を選ぶ。
……①健康 ②自立心 ⑧数・形・文字 - 本が見つからない場合は、係の方にお願いしてパソコンで検索してもらう。
……②自立心 ⑤社会生活 ⑨言葉 - 閲覧スペースで静かに読む。読み聞かせコーナーで本を読んでもらう。
……④道徳性 ⑤社会生活 ⑩感性 - 実際に自分のカードで本を借りる。
……④道徳性 ⑤社会生活 ⑨言葉 - 公共の場で静かに行動する。
……④道徳性 ⑤社会生活
2 借りてきた本のコーナーをつくる
園に戻り、借りてきた本を並べて置けるスペースを保育者がつくり、お互いの借りてきた本を読み合うことができるようにすると、A児とB児が「同じのは一緒にしよう」「大きさが同じのがいいよね」などと言い合いながら本を並べ替え始めました。
C児が「ここ、図書館にしようよ」と言うと、A児が「私、図書カード作る!先生、星組はみんなで何人だっけ?」と聞いて画用紙を切り始めました。友達のロッカーに書かれた名前を見ながら、2日間かけてカードが完成。棚には「おりがみ」「むし」「おはなし」などの見出しの紙を貼りました。D児は、空き箱がほしいといいます。バーコードを読み取る「パソコン」を作るためです。
保育者がいくつかテーブルを用意しておくと、子どもたちは貸し出しカウンターをつくりました。借りた本には返却日を書いた紙を挟むなど、どんどん本格的になっていきます。
紙芝居を借りてきたE児には紙芝居の木枠と台を渡しました。じゅうたんを敷いてみると、そこでほかの友達と交代で読み合っていました。
「10の姿」につながる経験
- 友達はどんな本を借りたのかな、など自分の思いを膨ませる。
……⑥思考力 ⑩感性 - 友達と話をしながら本を分類する。
……⑥思考力 ⑧数・形・文字 ⑨言葉
「10の姿」につながる経験
- 図書カードを作ることを思いつく。
……⑤社会生活 ⑥思考力 ⑧数・形・文字 ⑩感性 - 友達と相談し、カードに名前を書く。
……③協同性 ⑤社会生活 ⑥思考力 ⑧数・形・文字 ⑨言葉 - 教師にクラスの人数を聞き、ロッカーの名前を見ながら名前を書く。
……③協同性 ⑤社会生活 ⑥思考力 ⑧数・形・文字 - 空き箱で「パソコン」を作る。……⑤社会生活 ⑥思考力 ⑧数・形・文字 ⑩感性
- 「おりがみ」「むし」などの標示を作る。
…………⑤社会生活 ⑥思考力 ⑧数・形・文字 ⑩感性 - それぞれに思い描いたものを実際に作る。 ……②自立心 ③協同性 ⑩感性
「10の姿」につながる経験
- 友達と、読む役と聞く役を交代しながら紙芝居の読み聞かせをして遊ぶ。
……③協同性 ④道徳性 ⑧数・形・文字 ⑨言葉 - 図書館で見た閲覧スペースを自分たちでつくり、借りた本を読む。
……②自立心 ③協同性 ④道徳性 ⑤社会生活 - 貸し出しカウンターで、図書カードを使って貸し出しをする。借りるときに返却日を書いた紙も挟むなど、図書館の人になったつもりで遊ぶ。
……③協同性 ⑤社会生活 ⑥思考力 ⑧数・形・文字 ⑨言葉
3 保育室に図書館ごっこ専用の場所をつくる
2週間後、借りてきた本を返す日が来ると、子どもたちから「星組(年長組)図書館をつくりたい」という声があがりました。幼稚園の絵本コーナーから自分たちで本を選び、保育室に持ってくることにして、幼稚園の本にも紙に描いた「バーコード」を貼りました。絵本や紙芝居を作り始める子どももいました。
「10の姿」につながる経験
- 友達と一緒に幼稚園の絵本コーナーから本を選び、紙に描いたバーコードをテープで貼る。
……③協同性 ⑤社会生活 ⑥思考力 ⑧数・形・文字 - 絵本や紙芝居を作る。
……⑥思考力 ⑧数・形・文字 ⑩感性
4 園全体の遊びに広がる
図書館ごっこを通して、本に関心を持つ子どもが増えました。絵本を読むことだけでなく、絵本を自作するのが楽しい子、読み聞かせをしたい子、図書館の人としての他児とのやりとりが楽しい子、それぞれです。
年少組や年中組を招待する遊びの中で、年長児は年少児・年中児に向けて読み聞かせをするコーナーをつくったり、来てくれた子に記念品を渡したりするなど園全体での遊びにつながりました。
文/佐藤暢子
イラスト/上島愛子
写真提供/宇都宮大学共同教育学部附属幼稚園
『新 幼児と保育』増刊『0・1・2歳児の保育』2022冬より