伝える!エピソード記述の書き方【青くん版 保育きほんのき】
「保育 きほんのき」では、青山誠さん自身が留意するポイントや工夫を紹介。今回は、エピソード記述の書き方編。青くん流のちょっとしたコツを教えてもらいました。
文/青山 誠さん
上町しぜんの国保育園勤務(東京・世田谷区)。幼稚園勤務を経て、りんごの木こどもクラブで10年保育を行う。2019年より現職。りんごの木保育者時代、第46 回「わたしの保育記録」大賞受賞。著書に独自の保育観をまとめた『あなたも保育者になれる』(小学館)
保育や子どもを伝える方法はさまざまにあります。その中で「文章で伝える」ことは最もよく使うものでありながら、苦手と感じる方も多いのではないでしょうか。今回は特にその「書き方」について、いかに保育や子どもを「生き生きと伝えるか」に重点をおいて、具体的にお伝えします。
目次
エピソード記述はなぜ書くの?
「保育は〈物語〉にして手渡せ。〈箇条書き〉で書くな」と先輩から散々言われてきました。「きょうはお散歩に行きました。公園で鬼ごっこをしました。楽しかったです」。こういう箇条書きを並べたような文章では、クラス活動の概要報告になり、その楽しさも、子どもの具体的な姿も浮かんできません。「伝える! エピソード記述」のいちばんの目的は、その場にいなかった保護者や同僚に、子どもと過ごした時間をいかに臨場感をもって伝えられるかです。
なぜそれが大切かというと、保育は目に見える結果が大事なのではなく、そこへ至る過程が大事だからです。私たち保育者が伝えるべきは、どの子がなにができて、なにができないということではなく、私たちしか知り得ない子どもの一秒一秒の、その価値です。
それを文章で伝えるのって難しそう…と思われるかもしれませんが、なにごとにも「型」があります。型があってこそいずれ「型破り」もできるわけで、型がないものは「形無し」です。まずは今回お伝えする「型」に流し込んで書いてみてください。あとは数をこなすうちに自分なりのアレンジが自然と出てくるはずです。
書き方には型がある!
~タイトル、前提状況、エピソード、まとめの解説とコツ~
がくちゃん、
そらくんの木登りを見守る …【POINT1】
夕方の園庭でたくさんの子どもたちが遊んでいる。そらくんが木から降りてくる。その下で、がくちゃんが待っている。 …【POINT2】
「だいじょうぶー?」がくちゃんが聞く。
「だいじょうぶー」そらくんが答える。
がくちゃんがふいにそらくんのほうへ両手を広げた。そらくんはもちろんそれに気づかない。がくちゃんの両手は、そらくんの体には触れない。触れないままに、そらくんが木から降りてくるのに合わせて、下へ下へと下がっていく。背伸びしていたがくちゃんの足はだんだんちぢんで、膝はとうとう地面についた。両手は広げたままで、そらくんの体にはついに触れなかった。
「おりれたね」がくちゃんがそらくんに言う。
「あっちであそぼう」そらくんが言った。
がくちゃんのそんな瞬間をたまたま目にして私は驚いた。がくちゃんはおしゃべりで、昼寝が嫌いで、ときどきぐちゃぐちゃになって…それは私の一面的で一方的な決めつけだった。がくちゃんは、こんなひっそりと確かなやさしさを持っている人だった。私もがくちゃんのようなやさしさをひっそりと確かに持ちたい。 …【POINT3】
【POINT1】タイトルのつけ方
タイトルはいわば「スポットライト」。出来事の中でどの部分を一番目立たせたいのか、それをくっきりと伝えてくれます。タイトルのつけ方のコツは次のふたつ!
1.子どもの名前+モノ(かかわった対象)・動作(その子の行為)
例)
「しげるとトカゲ」…しげるくん(5歳)が初めてトカゲをつかまえたときの話。
「ともちゃん、見てる」…ともちゃん(3歳)が「むっくりくまさん」をやっている子たちを少し離れて見ていたときの話。
2.子どもの印象的な発言そのままをタイトルに
例)
「でるっていうな」…てるあきくん(4歳)が「でる」と名前を変えてからかわれて、怒った話。
【POINT2】前提状況
前提状況は、ドラマでいえば「前回までの~」。いきなりエピソードから入っても、その場にいなかった人には、なぜそれが起こったのかがわかりません。その話がどんな状況のもとで起こったのか、おおむね2~3行の説明文でいいので必ず伝えましょう。
エピソード
エピソードの臨場感を出すのは「会話文」! もしもエピソードを全部説明文で書いてしまったら…ナレーターがずっとしゃべっているドラマみたいになってしまいます。会話文をたくさん入れることで、臨場感が生まれます。あるいは、言葉のかわりとなっている子どもの動きやしぐさや表情をたくさん入れましょう。
【POINT3】まとめ
保育者の喜怒哀楽、ときには「?」と「!」を伝えます。
エピソードを読む人は、それを書いたあなたという人を通してその出来事を知ります。記述の中に保育者の「私」が出るのは自然なことでもあり、また必要なことでもあります。その出来事をあなたがどう感じたのか、疑問(「?」) や驚き(「!」) も率直に伝えましょう。
ここを意識して書いてみよう!
読ませる!記述にするポイント集
<文例>
ともちゃん、見てる
ともちゃんは3歳で保育園に入園したばかりでまだ遊びにはなかなか加われないのだけれど、それでもほかの子がやっていることには興味がありそうで、きょうはほかの子たちが「むっくりくまさん」をやっているのを見ていた。ともちゃんは少し離れたところにすわって、入りたいのか、その場を離れずにいた。どうしようか、私は声をかけようか迷った。もう少し様子を見ようと思った。
むっくりくまさんをやっている子どもたちは、手をつないで丸い輪を作っていた。その輪が歌とともにぐるぐるまわっていった。ともちゃんも、立ち上がって、両手を横に伸ばし、みんなと同じ格好になって、歌を歌いながら歩いた。しばらくするとまたすわりこんでしまった。それからなにか考え込んでいる様子だった。私はともちゃんの横にすわって、ともちゃんに話しかけてみた。
「ともちゃんさ、あれ、やったことある? やってみたいなっておもう?」
ともちゃんは私の手を握って、それから言った。
「うーんちょっと、もう少し大きくなったらできるとおもう。でもできるかな。でもやってみたい」
なるべく単文に分ける!
連なりすぎた文章はなるべく単文に区切りましょう。
変えてみると……(文例1~2行目)
例:ともちゃんは3歳で保育園に入園したばかり。まだ遊びにはなかなか加われない。それでもほかの子がやっていることには興味がありそうで、……
現在形を交ぜて勢いをつける
日本語は「~だった」「~でした」と語尾が単調になりがち。臨場感を出すためにも現在形を交ぜてみましょう。
変えてみると……(文例3~4行目)
例:ともちゃんは少し離れたところにすわって、入りたいのか、その場を離れずにいる。どうしようか、私は声をかけようか迷った。もう少し様子を見ることにする。
副詞、擬音をためらわずに使う
言葉を修飾する副詞は、その場、そのときの「感じ」を伝えるのに適しています。擬音もためらわず使いましょう。
変えてみると……(文例7~8行目)
例:みんなと同じ格好になって、歌を歌いながらぴょんぴょん歩いた。しばらくするとまたじっとすわりこんでしまった。
エピソードを忘れない!ためのコツ
「あれ、なんだっけ…」あとから書こうと思っていたのに思い出せない…。でもだいじょうぶ、忘れないコツはあります。それは一度だれかにしゃべってしまうこと。メモがとれないときはだれかを捕まえてしゃべってしまいましょう!
子どもとの時間の生き生きとした臨場感を伝える
今回は「何を」書くかよりも「いかに」書くかに焦点を当てました。子ども理解や保育者の配慮や意図、かかわり、そして省察と、「何を」書くかについてはこれまでもいろいろなところで取り上げられています。でも私たちが現場で「書けない」ときは、何を書くかは明確であっても、どう書いたらいいのかいまひとつ自信がない、ということも多いのです。
私もさまざまな記述に取り組んできました。個人票やクラス日報に始まり、活動を見渡すマップ型の記述、子どもたちの位置把握のための鳥瞰図(ちょうかんず) のようなもの、主に医療看護の分野で使われるSOAPなどなど。どの書き方もそれぞれ有効な手段ではあるので、「何を」書くかについては、自
分が何をとらえたいのかを明確にして、適した方法を探ってみてください。
子どもとの時間の、あの生き生きとした臨場感を伝える、そのために「いかに」書くか。すごい実践を書こうと意気込む必要はありません。子どもはいまを生きている、その子どもたちの隣にいて感じたことをより多くの人と分かち合いましょう!
生きてることがうれしい
青山 誠
玄関でせなちゃん(1歳)が靴を出している。かかとのところに「せな」と書いてある。履こうとしているがうまくいかない。私に気づいて「んっ、んっ」と靴を指す。手伝って履かせると、今度はもう一方の靴を指す。両足に靴を履くと、立ち上がって自動ドアの前に行き、私を見上げて「んっ、んっ」とドアを指さす。
どうしようか迷ったが、ついていってみることにして自動ドアを開けて、一緒に外へ出た。
春らしいうららかな日。園の前の道は人通りもなく静かだ。せなちゃんはふいに勢いをつけて歩き始めた。たどたどしい歩き方なのに決然と歩いていく。「手をつなごうか」というと、せなちゃんは両手を背中の後ろに隠して首をふる。どうやら自分で歩きたいらしい。それで一緒に歩いていく。植え込みを見つけて、葉っぱを指さす。ひとつつまんでとって、せなちゃんに渡すと、「っぱ! っぱ!」とせなちゃんは言う。今度は咲き始めたばかりのツツジを自分でつまんでとる。ツツジはべたべたしていて手にくっついてしまう。せなちゃんはそれを自分のズボンでこすり落とす。それからまた歩き出す。ところが足がもつれて転んでしまう。歩道は、おとなにとっては平らと言っていいくらいだが、せなちゃんにはかなりのでこぼこのようだ。転んでしまった自分に、せなちゃんがふいに笑い出す。しばらく笑うと立ち上がって、また歩き出す。
せなちゃんにとっては葉っぱもツツジも歩道も、私たちにはもう感じられない手触りやでこぼこにあふれている。それは多くの謎に満ちていることだろう。そんな世界につまずいて転んでも、せなちゃんは笑ってしまうのだ。まるで生きていることそのものがうれしいというように。
イラスト/とりごえこうじ
『新 幼児と保育』2023年春号より