『アイスクリーム屋さんやりたい!~私たちの地域デビュー~』 第60回「わたしの保育記録」大賞

特集
小学館が後援する保育記録の公募「わたしの保育記録」

第60回「わたしの保育記録」応募作品の中から、大賞を受賞した作品をご紹介します。
(表記は基本的に応募作品のままです。)

アイスクリーム屋さん開店。接客をする子どもたち。
アイスクリーム屋さんが開店。接客をする子どもたち。

『アイスクリーム屋さんやりたい!~私たちの地域デビュー~』
臼井 彩子
幼保連携型認定こども園せいび (東京・八王子市)

今⽇も製作コーナーの床に使いかけの画⽤紙が落ちていた。あたりを⾒渡すと、折り紙も落ちている。⼦どもたちには「もったいないばあさん」の絵本を読んでみたり、「これはまだ使える画⽤紙や折り紙だよね。」と伝えたりしたが、なかなかうまくいかなかった。

使いかけの画⽤紙や折り紙がこんな⾯⽩さに繋がるのだと実感できたら、何かが変わるのかもしれない。ちょうど今は夏の季節。落ちていた茶⾊の画⽤紙を丸めてコーンに⾒⽴て、その上に⾚い折り紙のいちごアイスを乗せ、「アイスクリームです!美味しそうでしょう?」とそばにいたNちゃんに⾒せると、「美味しそう!作り⽅教えて!」と、すぐに興味を持った。「落ちていた使いかけの画⽤紙と折り紙で作ったんだよ!」と伝えると「先⽣すごい!私も落ちてないか⾒てくる!」と製作コーナーに⾛っていき、画⽤紙や折り紙を⼿に「こんなに落ちていたよー。」と戻ってきた。
さっそく⼆⼈でアイスクリーム作りを楽しんでいると、それに気づいた周りの⼦どもたちも加わり、あっという間に遊びの輪が広がっていった。「たくさんのアイスクリームができたね。すごいね。」と声を掛けると、「先⽣はいつももったいないって⾔ってたけど、私も本当にもったいなかったなって思う。」「こんなに可愛くて美味しそうなアイスクリームができるなんて思ってなかった。」と、そんな気づきが語られたことが嬉しかった。机いっぱいにアイスクリームが出来上がった頃、⼦どもたちから「先⽣!アイスクリーム屋さんをやりたい!」と声が上がった。これだけできたのだからそれも当然だ。こうして、アイスクリーム屋さん出店への取り組みが始まったのだった。

アイスクリーム作り。絵の具で着色したものも。
アイスクリーム作り。絵の具で着色したものも。

「誰にお客さん役をしてもらうの?」とアイスクリーム作りに夢中になっている⼦どもに聞くと、「みんなで考えて、うみぐみさんにお客さんをしてもらおうと思ってる!」と、どうやら年少の⼦どもたちにお願いするようだ。「コーンだけじゃなくて、カップのアイスクリームもあるよね?」「サイズも⼤きいのと⼩さいのと作って、選べるようにしようよ。」とアイデアを出し合いながら作り上げていった。
作り進めていくうちにしっかり者のMちゃんがハッと気がつく。「みんな、アイスクリームだけ作ってもダメだよ。看板とかレジとかそういうのも作らないと!」「そうだね!看板がないと何屋さんかわからないもんね。」という⾔葉に、周りの⼦どもたちも⼤変とばかり、慌てて段ボールなど必要なものを集め始める。アイスクリーム作り、レジと看板作りと役割を決めると、そこから取り組みのギアがまた⼀段上がったようだった。

ダンボールで看板作り。得意のダンボールカッターを駆使して。
ダンボールで看板作り。得意のダンボールカッターを駆使して。

アイスクリーム屋さんが形になっていくと、その傍らには慣れた⼿つきでアイスクリームを作る年少の⼦どもたち。お客さん役として当てにしていたこの⼦たちも、すっかり店員の⼀⼈になっていたのだ。「お客さんがいなくなっちゃったよ。」とその事態に意気消沈する⼦どもたち。さて⼀体どうしたものかと考えていると、その顛末を聞いていた副園⻑が「フェスタに出店してみたらどうかしら?」と声を掛けてくれた。フェスタとは世代や⽴場を超え、地域のみんなが緩やかにつながっていくきっかけにと、当園の⼦育てひろば「いずみ」で毎⽉開催されている交流イベントだ。これは渡りに船とばかり、⼀も⼆もなく参加したいと⾔葉を返していた。

いつものように準備をしている⼦どもたちのところにやってきた副園⻑が、「美味しそうなアイスクリームがたくさんできたねー!」と声を掛けると、「これは、イチゴソースがかかっているチョコレート味のアイスだよ。」とこだわった部分を懸命に伝える⼦どもたち。その姿を笑顔で⾒つめながら「フェスタで、アイスクリーム屋さんをしてもらえないかと思って。どうかしら?」と副園⻑が話を切り出すと、もちろん「やりたい!」と⼦どもたち。さらに副園⻑から差し出されたポスターに『せいびキッズアイスクリーム屋さん』の⽂字を⾒つけ、「アイスクリーム屋さんって書いてある!すごい!」と声が上がる。
副園⻑が去って再び準備に戻ると、フェスタで出店する実感がジワジワと湧いてきたのか、「知らない⼈がお客さんで来るんだよね?その⼈と話をしたりする?」と、そのやり取りを想像しているようだった。「緊張する?」と声を掛けると、「ちょっと緊張するけどやってみる。このアイス頑張って作ったから買ってもらいたい。」「みんな⼀緒だから、⼤丈夫だよ。」「そうだね。みんなもいるし、先⽣もいるもんね。」と少し不安も⼝にしながらも、仲間の存在が⽀えになっているようだった。

フェスタへの出店が決まり、どのように売ろうかと相談をしていた時のこと。M ちゃんが園の近くに移動販売⾞が来ていたことを思い出し、「私たちも移動販売⾞で。」と思いがけない提案をしてくれた。それにみんなも賛同する中、「ちょっと待って。⾞はどうするの?」という声。現実的な問題に直⾯した。「園の⾞を使えばいい!」「使っていいのかな?」「園⻑先⽣にお願いしよう。」「でも誰が運転するの?」「⾅井先⽣が運転すればいい!」「でもいずみまでの道って⾞通れるの?」とアイデアが出る度に、その実現が簡単でないことにも気づいていく。どうしたものかと⾏き詰まった⼦どもたちに、「みんなのアイスクリーム屋さんだから、みんなができることで考えてみよう。」と声を掛けてみると、しばらく考え込んでいたNちゃんが園庭を指さして⾔った。「あの、リヤカーを使えばいいよ!」。そこには、遊びに使っている黒いリヤカーが。「それ使えるじゃん!」「本当は⼈も乗れるようにしたかったけど、アイスクリームだけ乗せればいいか!」とその案に落ち着いていったのだった。柔軟で⼤胆な発想に驚きながら、アイスクリームを乗せたリヤカーを引くみんなの姿を想像して、思わず笑みがこぼれてしまうのだった。

これで後は当⽇を迎えるだけとみんなで胸を撫で下ろしていると、H ちゃんがフェスタでお客さんが野菜やパンを買っていた場⾯を思い出す。「本物のお⾦で買ってた。本物のお⾦を渡されたらどうする?」と。それを聞いた周囲も慌て始めて、「渡されたらいりませんって⾔おう。」「でも、アイスクリーム屋さんなのにタダであげるのは変だよ。」「でもさ、これは本物のじゃないんだよ。お⾦もらえないよ。」と喧々諤々。その様⼦を⾒て、以前、先輩保育者が⼦どもと⼿作りのアクセサリーを園のお祭りで売った実践を思い出した。「本当に売ってみる?」と提案してみようかとも考えたが、⼦どもたちは売りたいのではなく、本物のお⾦はもらえないと悩んでいるのだ。
すると、ここでも思いもよらない解決策をSちゃんが思いついてくれる。「お⾦を作って、お財布に⼊れて渡せばいいよ!これで買って下さいって。私たちだけのお⾦を作ろう。」「うん!そうしたら、ちゃんとお店屋さんになるもんね。」と⼀同が安堵し、「お客さんたくさん来るって、副園⻑先⽣⾔ってたよ。」「お⾦と財布もたくさん作らないと。」と財布作りに取り掛かかる姿を⾒て、またもや驚かされた保育者だった。

お客さんに渡すお金とお財布を作った。
お客さんに渡すお金とお財布を作った。

いよいよフェスタ当⽇。前⽇綺麗に洗⾞したリヤカーに⼤切なアイスクリームを丁寧に積み込み、園の裏にある「いずみ」に向けて出発。時々引き⼿を交代しながら、遊歩道を歩いていく。「かわいいアイスクリーム屋さんね、頑張ってね!」と道ゆく⼈にも声を掛けられながら、会場に到着した。

リヤカーにアイスを乗せ、「いずみ」へ出発。
リヤカーにアイスを乗せ、「いずみ」へ出発。

さあ、お店が開店。少し緊張気味の⼦どもたちは、訪れた園外のお客さんにお⼿製の財布を⼿渡す。「これがチョコレート付きでお勧めです。」と説明をしたり、「またお越しください。」と本物顔負けの接客ぶり。お客さんに「よくできているね。」「美味しそうだね。」とたくさんの声を掛けてもらい満⾜気。園外の⼈たちとの触れ合いは、⼦どもたちに新鮮な経験をもたらしてくれたようだった。

たくさんのアイスクリームが売れて、閉店の時間に。園に戻る道すがら、「楽しかったけど、疲れたー。」「みんなと⼀緒だから、アイスクリーム屋さんできたよ。⼀⼈じゃ絶対できなかったもん。」と、そんな⼦どもたちの声が聞こえてきた。

「もったいない」の意味を感じて欲しいと始めたアイスクリーム作りが、思い掛けずフェスタへの出店へと繋がっていった。本物に近づけようと試⾏錯誤していたはずなのに、最後に「本物のお⾦をもらうのは困る。」と⾔い出した場⾯に、「ごっこ」の世界を最⼤限に楽しみたいという⼦どもたちの思いを感じた。そこで⾃分たちが作ったお⾦を渡し、現実の世界の⼤⼈たちを逆に⾃分たちの遊びの世界へと招き⼊れることを決めた⼦どもたち。⾃分たちのフィールドでしっかりと安⼼感を確保するこの⾒事な戦略が、アイスクリーム屋さんを成功へと導いたのだと思う。そして「⼀⼈じゃできなった。」という⾔葉が今も⼼に残っている。私たちの園は、「仲間と⼀緒に⾃分を超える」という経験を⼤事にしているのだが、このエピソードは私にそれを実感させてくれた。これからもそれにこだわり挑戦を続けていきたい。       

受賞のことば

臼井 彩子
幼保連携型認定こども園せいび (東京・八王子市)

臼井 彩子さん

受賞のご連絡をいただいたときは大変驚きましたが、今は喜びの気持ちでいっぱいです。今回実践の記録を書くことで、自分が保育で何を大切にしたいのかを改めて感じることができました。日々の保育の中で迷ったり難しさを感じたりすることもありますが、目の前の子どもたちの存在がいつも私を奮い立たせてくれます。
園長先生、副園長先生をはじめとする園の先生方、いつも私たちの保育を理解し支えてくださる保護者のみなさま、そして私にたくさんの学びと保育のおもしろさを教えてくれる子どもたちに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

講評

審査員
加藤繁美(山梨大学名誉教授)

「『ごっこ』と『本当』の間を生きる幼児の不思議なおもしろさ」

保育者の「もったいない」意識から始まったアイスクリーム屋さんが、副園長の「フェスタに出店してみたら」という言葉をきっかけに不思議な活動に発展していった興味深い実践記録です。「ごっこ」のアイスクリーム屋さんを、本当の物品が売買されるフェスタに出店するわけですから、出店する園児も、客になる地域の人も、少し不思議な感覚になるのはよくわかります。そんな中、リアルな移動販売車による出店を試みる園児たちが、「本物のお金を渡されたらどうする?」と頭を悩ませながら、当日は「またお越しください」と迫真の接客態度で地域の人とかかわっていくそんな幼児の姿に、この時期の子どもたちが展開する活動の意味を考えさせられる記録です。 

写真提供/幼保連携型認定こども園せいび

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