子どものこころ専門医に学ぶ 愛着と発達【発達に偏りのある子どもへの支援】
気になる子ども、困りごとが多い子どもに対しては問題行動にばかり目がいってしまいがちです。でも、困りごとを解決に導くためには、行動の理由を考え、それに合った対応をしていくのが基本です。また、その子どもが困ったとき大人に頼れているかということも目を配っていきたいポイントです。発達に偏りがある子どもに限らずすべての子どもとのかかわりにおいて大切な「愛着」という視点について学びましょう。
お話
小平雅基 先生
児童精神科医師。総合母子保健センター愛育クリニック小児精神保健科医長。専門は小児の神経心理学、認知行動療法、母子関係の改善プログラムなど。『気になる子のために保育者ができる特別支援』(学研プラス)共同監修。
目次
気になる行動への対応は愛着に問題がある可能性も考える
昼ごはんの時間になってもおもちゃを片づけない子へのかかわり
あなたなら、どうしますか?
A どのおもちゃをどこにしまえばよいのかわかるように、箱にシールを貼っておく。
B 「もう昼ごはんの時間だから、おもちゃは片づけようか」と促す。
C 「もっと遊んでいたいよね」と共感を示す。
発達の偏りには、「気質・発達の特性」と「幼少期の環境」の両方が関係しています。もって生まれた気質や発達の特性に対して、環境はまわりのかかわり方の工夫によって変えていくことができます。そして最近、環境づくりにかかわるものとして注目されているのが「愛着(アタッチメント)」です。
発達心理学でいう愛着とは、「つらいとき、特定のものにくっついてつらさをやわらげようとする様式」のこと。成長とともに心理・社会的に発達していく際、基盤のひとつになるものが愛着なのです。そのため、愛着が不安定であることが発達の偏りに見えたり、関係したりしている場合もあるのではないかと考えられています(※)。
困りごとをかかえている子どもをサポートする場合、「問題行動」だけに注目すると画一的な対応になってしまいかねません。たとえば、昼ごはんの時間になってもおもちゃを片づけない子どもへの対応として、上のA、B、Cはすべて正解ですが、急に片づけるようにいわれてイライラし、気持ちが高ぶってしまってそれをうまく収められない子どもの場合、まずはその感情を落ち着かせることが大事です。
その子ども自身の気質もありますが、愛着が不安定な子どもは、こうしたイライラを収めるのが苦手なのです。
※発達に偏りのある子どもが、必ずしも愛着に問題があるわけではありません。
愛着が安定しているほど自律性や自発性が高まる
子どもは生まれた直後から、親との間に愛着を形成し始めます。「泣いたら授乳してくれた」「転んで痛かったときなぐさめてくれた」といった経験から、困ったときには助けてもらえると感じ、親や周囲の人と信頼関係を築いていくのです。次に身につけるのが、ルールを守るなどの「自律性」。そして小学校入学前ぐらいまでには、必要なことやしたいことを進んで行う「自発性」も芽生えます。
ただしこうした発達は、基本的に下の段から積み上がっていくことが重要です。下の段がある程度安定していないと、次の段階がうまくいかなくなるからです。つまり、愛着が安定していなければ自律性は身につきにくく、自律性が安定しなければ自発性も育ちにくいのです。
子どもの気になる行動に気づいたときは、その子どもが「何に」「なぜ」困っているのかを考えてみてください。行動は同じでも、下の3つの段階の発達のどこに問題があるかによって対応は異なります。
理想は、その子どもの心理・社会的発達段階に合った対応をすること。その対応がうまくいかない場合は、1段下の段階を見直してみます。たとえば自律性を促してみてもあまりよい反応がないなら、まずは愛着を安定させる働きかけをしてみましょう。
幼児期までの心理・社会的発達段階
実は……
一つひとつのピースはこんなイメージ!
心理・社会的発達に合った対応が大切!
子どもの持つ能力をしっかり生かせるようにするためには、今の段階に合った対応が理想。
愛着が安定し、自律性も身についている
愛着は安定しているが、自律性は未熟
愛着が不安定
1段飛ばしの目標には手が届かない。「ちょっとがんばればできる=手が届く目標設定」につながる対応を!
「困ったときに助けてくれる」という信頼から、愛着がかたちづくられていく
愛着は、「自分が困ったときに助けてくれる人」との間につくられていきます。多くの場合、保育者は親についで子どもの身近にいる大人です。そのため、仮に親との愛着が不安定でも、保育者との愛着は安定することがあります。
そうなると、子どもは園で困ったときに、保育者に助けを求められるようになります。その結果、困りごとに対処していける場面が増え、子どもは自分の能力を十分に発揮していけるようになるのです。
愛着を形成するうえで大切なポイントは、ふたつあります。ひとつ目が「子どもが困ったときに助ける」こと、そしてふたつ目が「子どもが挑戦するときに手出しをしないこと」です。このときに大切なのは、本人が必要としているとき「だけ」サポートすることです。
手助けをしないのはもちろんよくありませんが、先回りしてやってしまうのも、子どもにとってうれしいことではないのです。
子どもを手助けする際の「声かけ」にも気配りを。子どもがうまく表現できない感情を言葉にするなどの工夫をしてみましょう。こうしたかかわり方は、子どもが自分自身の感情に目を向け、理解していくことの助けにもなります。
子どもとの間に愛着を形成するために
こんなとき、どうしますか?1
高いところのものが取れない!
A すぐにとってあげる。
B 危ないのでやめさせる。
C 困った様子が見えたら取ってあげる。
おすすめの行動 C
安定化の形成には、困っているときにはサッと手助けし、それ以外のときは自由にさせることが大切。タイミングよく助けることは、子どもに「自分の気持ちをわかってくれる」と感じさせることにつながります。
こんなとき、どうしますか?2
友達のおもちゃがほしくて泣き出す
A 「 今は〇〇ちゃんが使っているから後でね」と言い聞かせる。
B まずは「あのおもちゃで遊びたいよね」と共感を示してから、Aのように言い聞かせる。
おすすめの行動 B
子どもは「自分の気持ちをわかってくれる」と思える人を信頼し、その人の言葉には耳を傾けるようになります。「わかってくれる」という気持ちは、言葉や態度で共感を示されることによって生まれます。
共感が感情の理解を促す
言葉や行動で共感を示すことが愛着の形成に欠かせない
子どもとの愛着を築いていくことは、ゆくゆくは自律性や自発性を育てることにもつながります。子どもにとって、安定した愛着を形成できる相手は多いほどよいもの。親との愛着が不安定なのではないかと思われる場合だけでなく、問題がなさそうな場合でも、保育者との愛着を安定させていくことは子どもの助けになるでしょう。
困っているときタイミングよく助けてもらうなどの経験は、愛着の形成に役立ちます。また、自分の気持ちを言葉にしてもらうといった「共感される経験」は感情の理解につながり、「気持ちの調整能力」も高まります。
たとえば、保育者から自分が求めている手助けを受けられないことがあった場合、共感された経験が多ければ「いつもはわかってくれるんだから、今回はたまたまはずれちゃったんだな」などと考えることもできるようになるのです。
共感を示すうえで難しいのが、子どもに「伝える」ことです。心から共感していても、うまく表現しなければ相手に伝わらないことがあるからです。最も大切なのは、子どもの言動をしっかり見て、気持ちに寄り添うことです。そのうえで、共感していることを伝えるために、下で紹介する「表現テクニック」を使ってみてもよいかもしれません。
共感をわかりやすく伝える! 表現テクニック
子どもの行動をじゃませずに、注意を向けていることを伝える効果がある。
1 子どもの「行動」をほめる
例: 「ペンを拾ってくれて、ありがとう」「縄跳び、かっこいいね」
2 子どものいったことを返す
例:「これは嫌い!」→「嫌いなんだね」
※言葉を返すときは、必ず語尾を下げる!
3 子どもと同じ行動をとる
例: ひとり遊びをしている子の隣で、保育者も遊び始める。
4 子どもの行動の説明をする
例:(ブロック遊びをしている子の隣で)「今、赤いブロックをのせました!」
+αのメリット 保護者対応にも役立つ!
たとえば園でのトラブルを報告するときは、相手の反応を否定せず、まずは「そうですね」と共感を示します。そのうえで「そうはいっても……」などと園の意見を伝えてみましょう。
共感を伝えたいときには避ける! 表現のNG例
1 命令
例:「ここにすわって」など。「~しなさい」という命令口調でなくても避けたほうがよい。
2 禁止・ダメ出し
例: 「それを投げちゃダメ」「投げたら壊れちゃうでしょう」など。「気持ちをわかってくれない」という思いにつながりがち。
3 質問
例: 信頼関係が築けていないうちに質問しすぎると、相手にストレスを与えることがある。
まとめ
愛着が安定すると、困ったときだれかに頼れるようになります。同時に、発達段階に合った「ちょっとがんばればできる」目標設定をすることで、自律性や自発性も育っていきます。
構成/野口久美子
イラスト/榎本香子
『新 幼児と保育』2020年6/7月号より
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