高畠 純さん「思い出」【表紙絵本館】
『新 幼児と保育』は、毎号絵本作家さんの描きおろしの絵が表紙となっています。表紙を飾った絵本作家さんの幼年期のエッセイを紹介していきます。今回は、高畠 純さんです。
目次
「思い出」
幼稚園児のころ、ある日、父が「ミイラを見に行くぞ」といったので、ぼくの心はときめいた。ミイラといえば、あの包帯ぐるぐる巻きの人だと思っていた。
ぼくの中では、モンスターの一種だ。恐竜を見るのと同じように心が騒ぐ。そのミイラが本当に見られるのか、包帯巻きの怪しい人を。
ミイラは岐阜の山奥のお寺にあるという。名古屋から電車に乗り継いで、山奥の山奥のお寺に行った。小さな山門をくぐり、お寺の建物がそこにあった。
ここにミイラ? とにかく子どものころなので、予備知識もなしで父についていくばかり。建物の中に入った。もうすぐ包帯巻きの人が見られる。小さなお堂がそこにあった。
「ミイラ」。父はいった。
包帯はしていなかった。小さな小さな黒い干からびたような人(?)がそこに、シーンと静かに納められていた。
ミイラか……。
様子から、父にミイラって包帯していないの? とは聞いてはいけない気がした。
帰り道、山でなんとなくこだまが聞こえたような気がしたので「おーい」といってみたらほんとにこだました。不思議でおもしろい。
「おーい」「おーい」「おーい」……。
家に帰り、あんなに声が何度も聞こえるならと、空き缶に声を吹き込んで、サッと手でふたをしその空き缶に耳をあてたら、また声が聞こえるのではと思い、やってみた。山であんな広いところでも聞こえたのだから。
しかし、いくらやっても空き缶からは声は聞こえなかった。何で……?
今は、空き缶を見ると思い出す。
高畠 純
たかばたけ じゅん。1948年、愛知県名古屋市生まれ。愛知教育大学美術科卒業。『だれのじてんしゃ』(フレーベル館)でボローニャ国際児童図書展グラフィック賞受賞。2004年『オー・スッパ』(講談社)で日本絵本賞受賞。2011年『ふたりのナマケモノ』(講談社)で講談社出版文化賞絵本賞受賞。ほかに『ワニぼうのこいのぼり』(文溪堂)、『だじゃれしょくぶつえん』(絵本館)、『4ページえほん うふっ!』(小学館)、『どうぶつマンションにようこそ』(文研出版)など、200冊以上の絵本が出版されている。岐阜県在住。
文・イラスト/高畠 純
『新 幼児と保育』2018年8/9月号より
【関連記事】
表紙をかざった絵本作家が語る幼年時代 表紙絵本館 シリーズはこちら!
・オームラ トモコさん「カエルの記憶」【表紙絵本館】
・中川貴雄さん「今でもハッキリ覚えている絵」【表紙絵本館】
・齋藤 槙さん「ミシンの音を聞きながら」【表紙絵本館】
・ささきみおさん「小さな庭のついたアパートでの思い出」【表紙絵本館】
・佐々木一澄さん「自転車に乗れるようになった瞬間」【表紙絵本館】
・高林麻里さん「私の子ども時代」【表紙絵本館】
・きもと ももこさん「自由に落書き」【表紙絵本館】
・森あさ子さん「絵本への落書き」【表紙絵本館】
・かとーゆーこさん「絵本への落書き」【表紙絵本館】
・庄野ナホコさん「れんげ草とドリトル先生」【表紙絵本館】
>>もっと見る