失敗したときこそグッジョブ!【井桁容子先生の共育ち支援ルーム】
“うまくいかなかった経験でも必ず役に立つ”。寄り添う大人がこう考えることで、子どもへの学びの応援になるのです。
井桁容子 (いげた・ようこ)
保育の根っこを考える会主宰。福島県いわき市生まれ。東京家政大学短期大学部保育科を卒業後、同大学ナースリールームに2017年3月まで勤務。おもな著書に『ありのまま子育て─ やわらか母さんでいるために』(赤ちゃんとママ社)、『保育でつむぐ 子どもと親のいい関係』(小学館)など。
目次
大人の指示に従えない困った子ども?
先日、ベテランのN保育者から昔、4歳児を担当していたときのおもしろい保育の経験談を聞きました。それは以下のようなことでした。
紙粘土で遊んだあと、「洗わないと固まってしまうよ。大変だから、早く洗ってね」と子どもたちに話しました。そのときMくんだけ水道に向かわずに、じっと立っていることに気づきました。そばに行ってみると、わざと紙粘土で真っ白にした両手を外科医の手術直前のように上げてじっとしていたのです。「Mくん、どうしたの? 」と尋ねてみると「先生がいったことが本当かどうか確かめてみる」と真剣な顔。先生は、「なるほど」とMくんが納得するまでそのままにして待つことにました。しばらくして、固まってきた紙粘土でパリパリになった両手を体感して納得したMくんです。洗い流そうとすると、紙粘土が皮膚に貼りついてなかなか落ちずに苦労しました。
さらにN先生は、愉快そうにこういいました。「Mくんは30歳になったのですが、なんとセメント工場に勤めているんです! 」
そして、「まだおもしろい話があるんです。やはり4歳児のTくん。トイレから『せんせー! ちょっと来て』と呼ばれてトイレに行くと、『昨日食べたトウモロコシが出たから見てー! 』とのこと。『ほんとだ! いっぱい食べたんだねー』といったら、とても満足そうでした。そのTくんは、なんと大人になって廃棄物の選別・粉砕・圧縮などの処理をする仕事をしているんです」と。
4歳のこのエピソードが、ふたりの今の職業に直接関係したとは言いきれませんが、あまりにもうまくできた流れですね。でも、MくんもTくんも、自ら気づいたことを表現し、具体的に行動できる子どもでした。おそらく、N先生の保育はMくんやTくんに限らず、すべての子どもに温かく共感的で応答的な保育環境を保障していたに違いないと思います。そのような環境の中で、子どもたちは、自分が不思議に思ったり感じたりしたことを表現したときに、N先生が共感し受けとめてくれたという経験が、自分が興味を持ったことはまちがいではなかったという自己有能感を持つきっかけとなったのではないでしょうか。
Mくんの“自分が納得できないことはやってみないとわからない”という批判的思考は、学びの意欲として大変重要な考え方です。しかし、子どものそばにいる大人が“大人の指示に従えない困った子ども” ととらえると、「だからいったでしょ! 」という否定的な言葉で、Mくんの学びの意欲も否定されて失われてしまうのです。
かつてアメリカで子育てをしたという知人が、アメリカの小学校で子どもが失敗したときに“Good job ! ”( いい経験になったね)といわれていて、なるほどと思ったと。そうです。“うまくいかなかった経験は生きるうえでいつか必ず役に立つ”という考えの大人が、子どものかたわらにいることは、学びの応援になるのです。
挑戦する意欲を支える保育
人生は、うまくいくことよりもうまくいかないときのほうが多いといわれています。そのたびに、「だからいったでしょ! 」と否定されるのか、「いい経験になったね」と肯定的に受けとめてもらえるのかは、その人の人生を大きく変えることでしょう。
世界の若者(13歳から29歳まで)を対象にしたある調査で、「うまくいくかわからないことに挑戦しますか? 」という問いに、「挑戦しない」と答える人が最も多かったのは日本だったというデータがあります。前記したことと大きく関係しているように思います。
失敗したときに「いい経験になったね」と受けとめられることは、失敗を恐れずにのびのびと挑戦する力が湧いてきますが、その反対は失敗を恐れ意欲が小さくなっていきます。
今、日本は外科医の高齢化が進んでいると、メディアで医師が述べているのを聞きましたが、失敗することを恐れると、リスクの多い職業を避けようとするので、外科医は避けられる職業になりやすいのかもしれません。そして、保育者という仕事も、正解のない多様なかかわりをライブで行っていかなければならないので、迷いも悩みもうまくいかなかった感も常につきまとう職業です。それゆえに、離職率が高くなってしまうのでしょうか…… 。
しかし、N先生のように、子どもの心に共感して温かいかかわりをつむいできた経験を大切にしている保育者は、年月を重ねても輝いていて素敵です。N先生は、ふたつのエピソードを話してくださったあと、このようなこともおっしゃっていました。
「4歳という年齢はおもしろいです。5歳になると、もうこのようなことはしなくなります。やらなくてもわかってしまうことや自尊心などが働いてしまうからだと思います。でも、5歳は5歳でおもしろいんですよね~ 」と。
N先生は、二度と同じことのない子どもの日々の成長に立ち会える保育者という職業の魅力を熟知していると感じました。本当は、保護者もそんな気持ちで子育てができると、みんなで幸せになれるのです。保育者には、そのほっこりとした温かく心地よい子どもとの世界に、保護者を案内する役割もあるのです。そして、保育者も失敗したら「いい経験になった」ととらえて、だんだんに成長していけると、いつの間にかすてきに輝く大人になっていることでしょう。
写真提供/東京家政大学ナースリールーム
『新 幼児と保育』2019年2/3月号より