「おはよう、みながわさん!」 第59回「わたしの保育記録」佳作

特集
小学館が後援する保育記録の公募「わたしの保育記録」

大阪総合保育大学・大学院特任教授

神長美津子

第59回「わたしの保育記録」応募作品の中から、佳作を受賞した作品をご紹介します。
(表記は基本的に応募作品のままです)

「昆虫広場」で泳ぐメダカを探している子どもたちと榊原さん。
「昆虫広場」で泳ぐメダカを探している子どもたちと榊原さん。

【乳児部門】
おはよう、みながわさん!
榊原美帆
板橋区立向台保育園(東京・板橋区)

1. 子どもたちの姿から始まった飼育

私の職場の園庭の一角には「昆虫広場」というコーナーがあります。そこには虫たちがやってくる色々な植物が植えられており、ダンゴムシや蝶、バッタやカマキリなどがよくやって来ます。また小さなビオトープもあり、たくさんのメダカが泳いでいます。都内の園でありながらも、小さな自然環境の中で、子どもたちは生き物と触れ合う機会が多くあります。

私が担任をしている2歳児クラスの子どもたちも、この「昆虫広場」が大好きで、生き物がいないかとよく探しに行き、「昆虫広場」で過ごすことを気に入っていました。4月のある日、一人の子がビオトープにいるメダカに向けて「メダカさーん、出てきてー」と、水底に隠れてしまったメダカに声を掛けていました。私や他の子どもたちも一緒にのぞき込みながら探すものの、なかなか出てきません。「おうち帰っちゃったかなー?」「お昼寝しているんじゃない?」と話し合う子どもたち。しばらくじっと様子を見ても現れないメダカ。子どもたちの見たい思いは膨らむ一方でした。私だけでなく近くにいた職員が何人も一緒になって、苦戦しながらやっとの思いで捕まえたメダカ。子どもたちに見せると「やったー!」と大喜び。そしてすぐに「メダカさん、やっほー!元気?」「うわー、赤ちゃん(のメダカ)だね!」と思い思いに話しかける様子は何ともかわいらしいものでした。「クラスで飼ってみようか?」と私が提案をすると「うん!飼いたい!」と即答で、早速クラスでメダカを飼うことが決まりました。

その日から、メダカはクラスの一員でした。子どもたちは朝登園してすぐに「めだかさん、おはよう!」と声を掛けており、ある子が「メダカさーん」と呼びかける声がなぜか「みながわさーん」と言っているように聞こえ、そこからメダカの名前が「みながわさん」に決まったりしていき、メダカの存在もクラスに馴染んでいきました。「みながわさん」との生活に慣れていくと他の生き物も飼いたいという思いが子どもたちに芽生えました。ある日のおやつの時間、「次は何を飼いたいか」という話で盛り上がり「チョウチョ」「タコ」「ハチ」「カマキリ」「ダンゴムシ」と様々な案が出てきました。こうした会話から、まずは園庭にたくさんいるダンゴムシを飼ってみようかと提案すると、「いいね!ダンゴムシ飼いたい」とまたまたノリノリな子どもたち。早速翌日からは「ダンゴムシのおうち」作りが始まりました。

公園でダンゴムシ探しをしている子どもたち。
公園でダンゴムシ探しをしている子どもたち。

2. 子どもとつくるダンゴムシのおうち

翌日から、園庭や散歩先でのダンゴムシ探しは大盛り上がり。幸い4月という時期は「昆虫広場」をはじめ、園庭内や散歩先の公園にダンゴムシがたくさんいる季節です。少し探せば、あちらにもこちらにもダンゴムシがいます。昨年度からダンゴムシ探しをしていた経験があるためか、子どもたちはどんなところにダンゴムシがいるかよく知っています。プランターの下や花壇の草、石の下などを探しては、たくさんいるダンゴムシを捕まえていきました。手で捕まえることが出来る子は、潰さないように力加減をするのも上手です。直接触るのが苦手な子も、シャベルを使いながら土ごと捕まえ、初日だけでも30匹近く捕まえることが出来ました。また、子どもたちはダンゴムシを捕まえるだけでなく、土を入れたり、枯れ葉や石なども入れて、あっという間にダンゴムシのおうちが出来上がりました。前年度からダンゴムシ探しを楽しんできた子どもたちとは、クラスでもダンゴムシについての絵本もよく読んでいました。そうした絵本での知識と、今までの経験もあってか、クラスの全員が何かしらの形で参加して、ダンゴムシのおうちが完成したのです。自分たちで作ったダンゴムシのおうちへの興味は、メダカの時以上にとても強く、ことあるごとに様子を眺め、室内でも触り、「ダンゴムシさん、動いた」「寝ているのかな?」と観察し話しかける子どもたち。日に日に愛着も増していました。その間も絵本や図鑑を通してダンゴムシがどんな食べ物を食べるのか、どんな環境で育ちやすいのかということを子どもたちと読み、「明日はコンクリートを探そう」「水をかけてあげよう」とダンゴムシのおうち作りは順調に進んでいきました。4月いっぱいをかけて作った「ダンゴムシのおうち」は、気付けば100匹以上のダンゴムシに溢れ、毎日のお世話が子どもたちにとっても楽しみになっていました。

メダカを飼い始めた時、私の中ではダンゴムシのおうちを作ることになるとは予想していませんでした。メダカの飼育がきっかけとなり、子どもたちの思いから始まったダンゴムシの飼育ですが、ダンゴムシを毎日お世話し共に過ごす中で、子どもたちの生き物への興味は確実に増していました。ダンゴムシを探している内にアリとも出会い、「○○公園のアリは小さくて、□□公園のアリは大きい」など、同じアリでも違いがあることに気付いていたり、チョウチョを見つけた日には、クラスにある図鑑を開き、「今日の(蝶)はモンシロチョウだ」「シジミチョウだった」など探すことも日常になっていました。こうした子どもたちの姿から、2歳児の子どもたちと共にクラスで生き物を継続して飼う中で、子どもたちには生き物に興味を持ち、親しみの気持ちを抱くだけでなく、その命の尊さや儚さを体験の中で実感し、生き物の命を尊重しながら私たち人間も自然の中の一部であり、同じ地球に生きる命なのだという感覚を持って欲しいと思うようになりました。

3. 生き物との生活が引き出した子どもの言葉

ダンゴムシをクラスで飼っていて良いことは、どんな天気でも、どんな時間でもダンゴムシを触れることです。雨の日でもお世話をしながら手にのせて遊んだり、ダンゴムシ迷路を用意すると、その中に入れて動く様子をじっと観察できるのです。虫好きな子どもたちが毎日のように触っている傍らで、自分で触るのは怖いけれども、興味深く見ているAちゃんがいました。友だちの手の上のダンゴムシを観察したり、触ってみようかと何度も手を伸ばしては引っ込めてを繰り返していました。ダンゴムシの飼育を始めて3か月が過ぎたころ、その日も散歩先の公園でダンゴムシ探しに勤しむ子どもたち。他の子が次々とダンゴムシを捕まえていく中、Aちゃんも「ダンゴムシいたよ」と手にのせて私に見せてくれたのです。その表情からは、この数か月の間、触りたいけど触れなかった葛藤を抱えて過ごし、勇気を出して乗り越えた晴れ晴れしさがありました。そして自分の手のひらにのるダンゴムシをじっと見ながら「大きい」と一言。友だちの手の平から見ていたダンゴムシとは違い、自分の手のひらにのせたダンゴムシを大きく感じたのでしょう。Aちゃんにとってダンゴムシが見る対象から関わる対象に変わった瞬間でした。

一方、もともと虫が大好きな子どもたちにとっても、ダンゴムシとの生活は刺激になるものがありました。Bくんは、日頃から虫探しを楽しみ、図鑑や虫の本がお気に入り。そんなBくんにとっても、戸外でも室内でもダンゴムシと一緒に過ごすことは、ダンゴムシへの特別な感情を生み出していました。ある日Bくんはダンゴムシを手にのせながら愛おしそうに「かわいいー」と言ったり、ダンゴムシの光沢を見て「きれい」と呟いていました。こうした呟きは他の虫や生き物を捕まえた時にはBくんから出てこない言葉でした。日々一緒に過ごし、自分たちで飼育をしているからこそ、ダンゴムシに特別な感情が生まれ出てきたのだと思います。またBくんの「可愛い」や「綺麗」という言葉は、Bくんの内側からあふれ出た言葉でした。2歳児になり言葉を使って思いを表現できるようになった子どもたちにとって、自分の内側から出てくる言葉ほど尊いものはありません。今回、Bくんの内側からの言葉を引き出したものはダンゴムシとの日々の関わりでした。4月からクラスで飼育を始め、毎日ご飯をあげることや、霧吹きをして土を湿らすことなどお世話を子どもたちが喜んで継続していました。子どもたちは保育者と一緒に飼育していき、その中でダンゴムシが大きくなったり、雌のダンゴムシから赤ちゃんが産まれたりする様子を見続けてきたからこそ感じる思いと言葉があるのだと思います。

ダンゴムシを飼育している子どもたち。
ダンゴムシを飼育している子どもたち。

4. おわりに

今回のダンゴムシのおうちづくりが、もし保育者のもってきた「ダンゴムシのおうち」だったらどうだったでしょうか。きっと子どもたちはダンゴムシに興味をもっても、Aちゃんのように葛藤を乗り越えたり、Bくんのように自分の内側からあふれ出る言葉は出てこなかったでしょう。そう考えると、乳児期の子どもたちとも、子どもの思いや発想から保育を共に創っていくことが大切なのだということを実感しました。今回のダンゴムシのおうち作りの中では、子どもたちは自分たちの思いから遊びや活動が実現し、楽しめる喜びとやりがいを感じていました。「子どもの声に耳を傾け、気持ちに寄り添うこと」「興味を持ったその瞬間に応えながら、保育を創っていくこと」が大切であり、そうした保育は保育者自身もとても楽しいということに改めて気付かされました。  猛暑続きの夏の間、戸外へ行くことがなかなか出来ませんでしたが、子どもたちは毎日ダンゴムシに触れて生き物との楽しい時間を過ごしています。飼育を続けていくことで、生き物への親しみの気持ちを越えて、愛情を持てた時、子どもたちは「自然を大事にしたい」「地球に生きる同じ命を大切にしていきたい」と実感しながら日々を過ごせるようになるのではないかと思います。これからもこうした気持ちを日々の保育の中で大切に育てていきたいと思います。

受賞のことば

榊原美帆

榊原美帆さん

今回このような賞に選んでいただき、大変光栄です。ありがとうございます。2歳児クラスの子どもたちとの日々は、毎日が感動とおもしろさの連続ですが、その中でも今回の記録は子どもの変容していく姿に一番感動した実践でした。今回こうした実践の記録を書くにあたり、改めて自身の保育の中で大事にしたいことが見えてきました。貴重な機会を与えてくださり感謝いたします。 

またこのような賞をいただけたのは、いつも多くのことを学ばせてくれるクラスの子どもたち、温かく見守ってくださる保護者の方々、そしてよい保育を考えともに働く同僚の先生方のおかげだと感謝しています。これからも子どもたちとともに豊かな日々を過ごしていきたいと思います。

講評

審査員
神長美津子(大阪総合保育大学・大学院特任教授)

榊原美帆先生の作品「おはよう、みながわさん!」には、2歳児がメダカと出会い、保育者とともに、生き物とともにする生活を創っていく過程が丁寧に描かれています。子どもの「メダカさーん」という呼び方が、「みながわさん」と聞こえるので、メダカの名前が「みながわさん」になったというエピソードからは、子どものメダカを見つめる姿を温かに見守る、保育者の温かなまなざしを感じます。

また、ダンゴムシをさわることができなかったAちゃんがやっとの思いで手のひらにのせることができた瞬間、ダンゴムシをじっと見ながら「大きい」とつぶやいた場面も印象的です。 

保育者は、一人ひとりが生き物と出会い、心揺れ動く様子を見逃さずに保育記録に書きとめつつ、2歳児の広がる世界を支えています。

写真提供/板橋区立向台保育園

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