『ぼくらの町づくり』 第60回「わたしの保育記録」佳作
第60回「わたしの保育記録」応募作品の中から、佳作を受賞した作品をご紹介します。
(表記は基本的に応募作品のままです。)
〈3・4・5歳児クラス部門〉
『ぼくらの町づくり』
吉田優花
学校法人宮本学園認定こども園みどりが丘幼稚園 (茨城・取手市)
目次
1.「いらっしゃいませ~!」
私の職場ではごっこ遊びが盛んだ。朝の自由遊びの時間、隣の年長組がラーメン屋さんごっこを楽しんでいた。お店に招待してもらったこともあり、自分たちでもお店屋さんをやってみたいという気持ちが芽生えた子どもたち。Iちゃんの「とまと組でもお店屋さんやろうよ!」とのつぶやきに、周りの子どもたちも「それいいね~!」と賛同する姿があった。そこでグループに分かれて“クラスみんなでやってみたいごっこ遊び”を考えることにした。グループを回って遊びを書き留めていると、様々なお店屋さんが挙がっていた。ほとんどのグループでは食べ物屋さんが多い中、あるグループでは父親を消防士にもつSくんが“消防士ごっこ”を提案したようだった。そこから親の職業に目をつけたようで、お医者さんごっこや警察ごっこなど、職業に関するごっこ遊びが多く挙がり始めた。
2.イオン?それとも…
各グループで話したことを発表し、意見を書き出していると、「イオンを作ったら全部のお店ができるんじゃない?」「それいいね!」と賛成意見が多数を占める中、「イオンには消防署がないよ」というSくん。たくさんのお店を一緒に楽しみたい気持ちとショッピングセンターにはない施設が挙がっていることで、どうしたものかと悩み始める子どもたちだったが、Kくんが「じゃあ取手市を作ろうよ!そうしたら病院も消防署もあるし、ハンバーガー屋さんもラーメン屋さんもあるんじゃない?」という意見を出す。こうしてみんなで『取手市作り』をしていくことが決まった。
3. 試行錯誤、そして閃いた!
まずは子どもたちの人気を集めたケーキ屋さんごっこ、ハンバーガー屋さんごっこを楽しんできた子どもたち。遊びが少しずつ落ち着いてきた頃、消防車の絵本を用意した。以前の話し合いからずっと消防士ごっこを熱望していたSくんは、身支度後真っ先に絵本の所へ行き、消防車のページをじっくりと見ていた。その後なにかを思いついたようで、ブロックコーナーへ行き、一生懸命何かを作り始めた。作っては解体し、新しく作っては「違う…」と何かを突き詰めているようだった。その時「先生、ブロックで消防車作りたいから大きいブロック出してほしい」と言った。どうやら消防車を作ろうとしていたようだった。しかし、ブロックは小さく耐久性もない。また、周りの友達も使っているため、十分な量を確保することも難しいと本人なりに考え、大きなブロックで大きな消防車を作ろうとしていた。一人で黙々と大きなブロックで消防車を作っていると、次第に周りの友達も集まってくる。「何作ってるの?」「消防車。おっきくて乗れるやつ作るの」とわくわくした表情で消防車作りを楽しんでいた。これが“消防士ごっこ”の幕開けである。
4. はしごの全長は35m!
しばらく大きいブロックでの消防車作りは盛り上がり、Sくんが中心となり全部のブロックを使って消防車を作り上げている。はじめはみんなで楽しく作っていた消防車だが、Sくんは自分の理想としている“本物の消防車”と離れていることに悩んでいた。消防車の絵本を持ち出し「ねえ先生、消防車は赤なんだよ、ほら見て」と私に伝えに来た。周りの子どもたちは大きく自分たちが乗ることができる消防車作りを楽しんでいたのだが、Sくんの感じているもどかしさや、遊びの発展を考え、実際に消防署へ行き車両見学をさせてもらうことにした。
6月下旬、消防署見学に来た子どもたちは、目をキラキラさせて車両を観察していた。ポンプ車やはしご車など、消防車にも様々な種類があることを知った子どもたち。消防車に搭載されている道具やはしごの長さなど“気になる”を存分にぶつけることができた。
5.「じゃあこうしてみる?」
消防署見学を経て消防士ごっこへの関心が高まった子どもたち。「長いホースをつけたい!」「虹色の消防車が作りたい!」など意見が分かれたため、早速グループ毎に『はしごの有無』『ホースの有無』『車体の色』の3つを決めていった。順調に話し合いが進むグループが多い中、Sくんのグループはなかなか決めきれないようだった。「はしごもホースもどっちもつけてみる?」「いいね」と、はしごやホースの有無は決まっていたようだが、やはり消防車の車体の色に関しては「絶対に赤!」とSくんは意見を曲げなかった。自分の好きな色を使って作りたい子もいて、なかなか決まらないようだった。そんな中「じゃあカラフルにするのはどう?そうしたらピンクも青も赤も使えるよ!」というMちゃんの発言を聞き、今まで赤にこだわりをもっていたSくんだが、用意しておいた消防車の写真を見てタイヤの色や車体のラインに白や黄色が使われていることを改めて知り“カラフルな消防車”を作ることに決まった。
6. 難しいかも…。でも一回やってみようよ!
ついに消防車作りが始まった。グループでの話し合いを基に消防車を作っていく。車体が完成し、ハンドルやタイヤなどのパーツを作り始めた子どもたち。順調に車体やパーツが出来上がっていき、次にホース作りが始まる。今までの消防車作りは朝の自由遊びの1時間前後と限られた時間の中で取り組んでいたが、子ども達が夢中になって作っている姿を見て、私は思い切って子どもたちの満足するところまでやってみることにした。まずホースを作るために必要な素材を考える子どもたち。廃材庫へ行くもなかなかいい案が思い浮かばない。「うーん…。小さいものばっかりだね」なかなかハンドルに合う大きさの素材が見つからず困っていると「新聞紙をねじって繋げたらできるかも!」と閃いたのはHくん。子どもたちは「それいいね!やってみよう!」と新聞紙を抱え、足早に保育室へ向かった。普段であれば行き詰まるとなかなかアイディアが生まれず、私がヒントを出しながら進めていくことが多かった。しかし今回は時間がたっぷり使えたこともあってか、思う存分製作を進めることができた。いざ新聞紙を繋げようとした時に (きっとテープで繋げるから、テープを切って!って言うだろうな)と予想していた。しかし今回は「先生、僕たちテープを新聞紙に巻いてカラフルなホースを作るから、ハサミ使ってもいい?」と自分たちでやってみることを決めていた。初めはテープの扱いが難しく困っている様子もあったが、コツを掴んでからは黙々と作業を進めていた。時間の制限がなく“気になる”や“楽しい”を追求しているときの子どもはこんなにも輝いているのだなあ、と思った出来事だった。
7. 「火事です!」
消防車作りを終え、次は消防士ごっこがスタートした。「火事はどこですか!」と消火活動が盛り上がり始めた頃、消防訓練があり、消防士さんが園に来てくれることになった。訓練後、消防士さんに質問する時間があり、子どもたちはどんな質問をするのだろうと、私もわくわくしていた。普段は控えめなところがあるKちゃんは「ロープは何に使うんですか?」と質問した。部屋では一度もロープの話はしたことがない。消防車作りでも車体や大きなパーツを作ってはいたが、救助道具については触れたことがなかったため私は驚いた。次の日Kちゃんは「消火活動の前に助けるためのロープを作りたいんだけど、何で作ったらいい?」と聞きに来た。Kちゃんがイメージするロープを聞いているとSくんがやって来た。コマ用の紐を持ってきて「これ作ればいいんじゃない?紐と紐をねじねじするんだよ」とKちゃんに説明していた。紐をよく見ると、3本の紐が編まれて1本のロープになっていた。力説の末、ロープの作り方を理解したKちゃんは荷造り用紐を選び、三つ編みをしてロープを作り上げていた。完成したロープを腰に下げ、救助者(人形)を助けると、キラキラの笑顔で「救助完了!」というKちゃんだった。
取手市作りの1章が始まり、ケーキ屋さんごっこ、ハンバーガー屋さんごっこ、消防士ごっこ遊びと様々な遊びを楽しんできた子どもたち。更なる取手市(お店屋さんや職業ごっこ)が展開されることを私も楽しみにしている。子どもたちの取手市作りは始まったばかりだ。
受賞のことば
吉田優花
学校法人宮本学園認定こども園みどりが丘幼稚園
このたびは素敵な賞に選んでいただき、ありがとうございます。
現在受け持っている4歳児の子どもたちは、おもしろいことが大好きで日々おもしろいことないかな? とアンテナを張り巡らせています。子どもたちの『取手市を作りたい!』という発言から、今までさまざまな遊びを楽しんできましたが、今回の消防士ごっこはひときわ大盛り上がりでした。子どもの知識欲や探究心には感心するばかりです。
子どもたちも私自身ものびのびとした毎日を送ることができているのは、保護者のみなさまのご理解とご協力や、一緒に働く先生方のお力添えがあってこそだと思います。今後も保育の仕事に誇りを持ち、より一層精進していきたいと思います。ありがとうございました。
講評
審査員
天野珠路(鶴見大学短期大学部教授)
地元愛に満ちた「町づくり」
子どもたちがくり広げるごっこ遊びは、身近なものへの興味に端を発し、大人への憧れや職業への関心、そして、自分たちが住む町全体に考えが及ぶようです。この園では、当初、ケーキ屋さんなどのお店屋さんごっこが行われていましたが、消防署や、警察、病院が「お店」ではないことに気づき、話し合いの結果、「取手市作り」に舵を切ります。
Sくんを中心に消防士への憧れが高じ、絵本を手に消防車を作り、さらに実際に消防署を見学する機会が訪れ、目をキラキラさせて本物の車両を観察する子どもたち。より本物に近い消防車を作ろうと試行錯誤が続き、消防士ごっこが始まります。消防訓練で消防士さんが来園すると、たくさんの質問を投げかけ、その後、子どもたちは「消火活動」「救助活動」にいそしみ、自分たちの町を守る消防士の役割を体現していきました。
子どもたちの興味・関心を広げ、実際の社会生活との関連で「ごっこ」が深められるよう環境を整え、機会を設けた保育者の役割は大きいものがあります。これからも子どもに共感しながら、地域への関心を高め、「取手市作り」が展開されていくことでしょう。
写真提供/認定こども園みどりが丘幼稚園
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