『保育園最後の運動会~それぞれの育ちと繋がる遊び~』 第60回「わたしの保育記録」佳作

特集
小学館が後援する保育記録の公募「わたしの保育記録」

大阪総合保育大学・大学院特任教授

神長美津子

第60回「わたしの保育記録」応募作品の中から、佳作を受賞した作品をご紹介します。
(表記は基本的に応募作品のままです。)

最後の運動会、みんなで一つの空間を思い切り楽しむ子どもたち
保育園最後の運動会、みんなでひとつの空間を思い切り楽しむ子どもたち。

〈3・4・5歳児クラス部門〉
『保育園最後の運動会~それぞれの育ちと繋がる遊び~』
蓮見吉絵
学校法人仁平学園くろばね保育園  (栃木・大田原市)

はじめに

子どもたちは今日を“遊ぶ”中で何を感じ、何を思うのだろう…。そんなことを考えながら日々保育をしている。この記録は、年長児と過ごした一年を振り返り、“自分らしさ”を育みながら過ごしてきた一部の出来事である。

4月 フープ遊びのはじまり

春の陽ざしが差し込む園庭の端でフープをまわすNちゃん。落ちないようにバランスをとりながらまわし続けていると、自然と子どもたちが集まってくる。「わぁーすごいね!」と、友だちから言われて、とても嬉しそう。その姿を見て、フープを取りに行き、一緒に遊び始めた。
ある日、保育者がフープをまわす子の傍で音楽をかけると、「この歌、好き」「楽しそう」「やってみたい」と、今まで興味を示さなかった子たちもフープを手に取り、コツを教えてもらいながら繰り返し挑戦していた。
すぐに輪の中に入っていく子、周りで手拍子をする子とさまざまであったが、その中で一緒にフープまわしに挑戦するRちゃんの姿があった。何日かけてもなかなかうまくまわすことができずにいたRちゃんは、フープを地面に置き、フープの中で曲に合わせて踊り始めた。私はこの時、ここで諦めてしまうのかと思っていたが、Rちゃんの表情を見て、フープをまわすことだけでなく、友だちと一緒の空間で自分なりに楽しめることを見つけ出し、行動に移したのだと感じた。

5月 みててね。すごいでしょ!

進級当初から運動遊びに消極的だったKくんとAくんは、「できない」「やりたくない」と集団から離れ、泣く姿が多かった。遊びの中で身体を動かす心地よさを味わってほしいと思いながらも、無理強いせずにそれぞれ個別の関わりを続けてきた。
ある日のこと、保育者と一緒に追いかけっこをしていると、空高く飛んでいる飛行機に気づき足を止める。「バイバーイ!」と飛行機が見えなくなるまで大きく手を振り続けていたKくん。保育者が、「かっこいいね!」などと話しながら一緒に手を振っていると、「僕も速く走れるんだよ!見ててね。」と両手を広げ、風を切り走っていった。遠くまで行き振り返ると、「ねっ飛行機みたいでしょ!」と笑顔で言うKくん。その姿を見ていたのであろうAくんが「ぼくも速く走れるよ!」と園庭を気持ち良さそうに走り始める。二人の表情はとても輝いており、いつの間にか走る心地良さに気づき、自然と身体が動いてしまうかのようであった。私は、この感覚を大切にしたいと思った。

一人ひとりが輝ける場を!

8月中旬、プール遊びも終わりに近づき、運動会に向けた活動が保育の中心となってくる頃、これまでの子どもたちの姿や遊びを振り返りながら、子どもたちそれぞれが自信を持ち、楽しめるような遊戯にしたいと考えていた。そしてある時、ふと子どもたちの遊んでいる時の言葉や行動を思い出した。
普段は大人しくて自分からの自己主張が少ないHちゃんが、フープに夢中になり遊んでいた時、「先生。これお家の人に見せたい!」と言ってきたのだ。毎日毎日練習してきたフープ。いつしか自分の得意なことになり、とても自信を持っていた。その時は、降園時にお家の人に見せることができるような場を作った。しかし、これだけではもったいない。皆が一つになれる空間で楽しんでいる子どもたちの姿がきっと何よりも輝いて見えるだろうと感じ、その思いを子どもたちに伝えたところ「やってみたい!」と心が動いたのだ。子どもたちとの話し合いの場を設け、数日かけて曲が決まると、どんな動きにしよう…とそれぞれが身振り手振りをして考え、次第に踊りの得意なRちゃんを中心に自然と踊っている姿が見られるようになった。また、戸外では遊びの時間に遊戯の曲をかけ、フープを楽しむ子どもたちの姿があった。

年中さんとの触れ合いの中で…

ホールで遊戯の曲をかけ、ダンスの振り付けを考えたりフープをしたりする子どもたち。中には興味があまり持てず、追いかけっこをする子もいた中、ふと入り口を見ると、小窓をのぞき込む年中さんの姿があったため、遊びに誘った。かけっこをしていたHくん。「一緒に遊ぼう!」とはりきり声をあげる。曲が流れている間はフープの周りを“ひこうき”で飛び回り、止まったらフープの輪の中に入るといった簡単なルールのある遊びを提案する。年中さんの友だちに「こうやってやるんだよ」「はい(フープに)入って!」などと必死に教えてあげる姿があった。年中さんを優しくいたわるHくん。この時、年長児として自分なりに考え、できた関わりの中で刺激を受け“心”の変化に繋がったのだろう。「小さいお友だちが応援してくれている。頑張るぞ!」と、手本になるよう運動会に向けた練習に意欲的な姿が見られるようになった。

そろそろ運動会本番だけど…

運動会の本番が近づいてきた。年長さんの種目は他学年よりも多いため、練習の時間も限られた中で頑張っていた。
何気なく曲を流しながら休憩をしていると、踊りだす子どもたち。“休憩”でなくなってしまったが、自然と身体が動いてしまう姿を見て、運動会に対する期待感がうかがえた。
そこでKくんが「もう一回やりたい!」と声をあげる。運動遊びに消極的だった進級当初の姿が、今では考えられないほどのイキイキとした表情であり、とても嬉しそうに踊っている姿があった。
そんな中ではあるが、振り付けがまだ決まっていない部分があった。私自身がここで振り付けを提案することは簡単だが、どうしても「子どもたちの力を信じたい」という思いと、焦りがあったのは事実である。子どもたちと一緒に過ごす中で何を大切にするか、そして何のための運動会なのかと…。
一緒に踊りながら、保育者が「ここどうしようね」と呟くと、その言葉をキャッチした2人の女の子は、「お昼寝の後やろうよ」と提案し、夕方友だちに声をかけ、案を出し合う姿があった。
翌日、登園するとすぐに「ちょっと考えてきたの!」とはりきって保育者のもとに駆け寄ってくるRちゃん。すぐに曲をかけると恥ずかしそうにしながらも考えた振り付けを見せてくれる。友だちの踊っている姿を見て「いいね!」「ここはこうしたらどう?」と案を出し、互いに認め合いながら楽しそうに踊っていた。きっとなんとかなる!そんな風に思えた。

いよいよ本番!“保育園最後の運動会”

登園時は少し緊張していた様子であったが、開会式が近づくにつれ「らいおん組のお遊戯まだかな?」「みんなで頑張ろう!」などと励まし合い、意識を高めていた子どもたち。開会式が始まり、かけっこ、組体操とどの競技にもそれぞれに全力で取り組む姿が見られた。そして、皆で作り上げた遊戯。時間はかかったが決まっていなかった振り付けも無事決まり、それぞれが自分の役割と得意なことに自信を持ち、これまでで一番“やりきった!”が感じられるキラキラとした表情で踊りきった。その姿はとても楽しそうでたくましく、誇らしく感じた。

運動会で年長児がとても楽しそうに走り切る。
運動会で年長児がとても楽しそうに走り切る。
運動会で得意なフラフープに自信をもって取り組む子どもたち。
運動会で得意なフープに自信を持って取り組む子どもたち。

うんどうかいごっこしよう!

10月に入り、芋ほりの予定であった日のこと、朝から雨であったため芋ほりは延期…。子どもたちは楽しみにしていたため、とても残念そうであった。ホールに集まり、体操をした後、どこからともなく「ねぇ!うんどうかいごっこしようよ!」との声。子どもたちの表情が一気に変わり、「うん、いいね」「やろう!」と賛成の声が飛び交う。「やるならみんなでやろう!」と、子どもたちの提案で0歳児から全園児を誘っての運動会ごっこが始まった。
競技は遊戯や親子競技。親役を年長児が行い、保育者がサポートしていく。どの種目にも子どもたちが自ら小さな手を取り、腰を低くし「こっちだよ」「できたね」などと、ゆっくりとペースを合わせていた。身体の使い方や道具の使い方、他児との寄り添い方など異年齢での触れ合いを通して、発達の過程が見えた。それと同時に、子どもたち自身が声のかけ方を工夫する姿や楽しかった経験を自ら発信して遊びに繋げていくことに保育の奥深さがあると感じた。

小さいお友だちと一緒にうんどうかいごっこ。
小さいお友達と一緒に「うんどうかいごっこ」。

その後、リレー遊びやフープ遊びは年長児が卒園する日まで続いていた。
運動会は園にとって大きな行事の一つではあるが、子どもたちと向き合い、一緒に作り上げたことで、それぞれの達成感や満足感を味わうことができたように思う。また、当日だけでなく、年間を通して個々の心と身体の成長や発達を育み、自然と豊かな生活を作り上げ、遊びへと繋げていく力に驚いた。

おわりに

遊びを通して“自分らしさ”に気づき“自分らしさ”を表現できる環境はとても心地がいいものだ。だから「みんなちがってみんないい」この言葉がしっくりとくる。日常生活の中での子どもたちの小さな「できた」「やってみたい」「楽しい」から始まり、子どもたちの育ちに導かれ活動に繋がっていく。いつになっても“発見”がたくさんある。だから保育はおもしろい!
それぞれの子どもたちと向き合い過ごし関わってきた一日一日が、たとえ何か月、何年かかってもかけがえのない大切な日々であり、何気ない出来事であっても、子どもたちの成長を支える見えない力になってくれたら、と願っている。

受賞の言葉

蓮見吉絵
学校法人仁平学園くろばね保育園  

蓮見吉絵

自分の保育を振り返る機会を与えられ、子どもたちとの出来事を思い出して、愛おしさややりがいを感じていた矢先の受賞に、驚くとともにとても光栄に思いました。
今回、年長児と過ごした1年を振り返り、子どもたちの姿を推察しながら記録して書き留めていくことの大切さを改めて感じました。
楽しい思い出をたくさんくれた子どもたちはもちろんのこと、挑戦を後押してくれた理事長先生や、日々の保育をともに作り上げてくださる先生方にも感謝申し上げます。
今後も園生活の中で、子どもたちの心が動く瞬間や成長などの場面を共有できる喜びを感じながら、一人ひとりの育ちをサポートしていけたらと思っています。ありがとうございました。

講評

審査員
神長美津子(大阪総合保育大学・大学院特任教授)           

「見えない力」を育てる保育者のまなざし
フープを置きその輪の中で踊るRちゃん、運動嫌いだったのに飛行機になって思わず走り出すAくん、得意なフープをおうちの人にも見せたいという思いが実現したことがきっかけで、ダンスづくりが始まる子どもたちの姿など、蓮見先生の保育記録には、「いつもの子どもたちの姿」と「いつもの保育」が書かれています。ただし、その記録を読み進めていくと、その一つひとつがつながり、いつの間にか線となって育っていく、運動会が終わってみると仲間同士が刺激し合い育ち合っている姿を読み取ることができます。
「子どもたちの小さな『できた』『やってみたい』『楽しい』がつながって、成長を支える見えない力になっていく」という保育者の実感は、まさに、子どもとともに生活する中で、一人ひとりの内面の育ちを温かなまなざしをもって見守ってきた、保育者ならではの言葉です。

写真提供/くろばね保育園

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