命をいかす~ひと夏のだりあ組の標本作りをめぐって~第57回「わたしの保育記録」佳作~

特集
小学館が後援する保育記録の公募「わたしの保育記録」

第57回「わたしの保育記録」応募作品の中から、佳作を受賞した作品をご紹介します。
(表記は基本的に応募作品のままです)

(一般部門)
「命をいかす~ひと夏のだりあ組の標本作りをめぐって~」
幼保連携型認定こども園愛の園ふちのべこども園(神奈川・相模原市) 岸川和繁

探求心をそそる魅力的な昆虫たち

7月上旬。だりあ組の年長児は園庭ビオトープ周辺の枝木に集まる昆虫の採集に余念がない。捕まえたセミ、カマキリ、バッタは虫かごに入れて、餌やりや観察をして楽しんでいた。昆虫を通して異年齢児とも横断的な交流をするきっかけが増え、夏の深まりと共に、生き物への興味が深まっていった。

好奇心から発展した残虐な遊び

ある日、Aくんはカマキリを細長い積み木に乗せて、勢いよくシーソーのように飛ばす行為を繰り返していた。結果、カマキリも次第に弱っていく。思わず保育者が、

「大事なカマキリ弱ってきていないかな」

と伝えるとAくんは無表情のままその遊びをやめてカマキリを虫かごの中に入れた。

「どうしてそうしていたの?」

とAくんに尋ねると、

「だってカマキリの飛ぶ姿が見たかったんだもん」

と伝え、Aくんなりの理由があることがわかった。その後、より詳しく話を聞くと、カマキリの羽の形、色、飛んでいる様子が見たかったとの思いがあることを知った。私は子どもの「知りたい」と思う探求心と一般的な「命を大切に扱う」という願いのどちらを優先するべきか、分からなくなった。そして、この後、そのジレンマはさらに大きいものとなっていく。

死んでしまった途端になくなる興味関心

8月下旬頃、虫かごのカマキリたちは寿命を迎え、次々と死んでいった。すると今まであれだけ昆虫に関心があった子どもたちは「死んで動かなくなった」ことを確認すると、少し気にしている子どもはいたが、虫かごはそのままにして、ブロックや工作など、別の遊びを楽しむようになっていた。私はその姿を目の当たりにしていても、あえて声はかけずに、何かしらの提案がないかを待っていた。結局、その後も子どもたちから提案が出てくることはなかった。

Bくんからの突然の提案

そこである日、私は葛藤を抱えつつ、子どもたちと話し合うことにした。

「昆虫たちをこのままにしておくのはどうかな?」

と質問すると、子どもたちはしばらく黙っている。しかし子どもたちの誰かが、

「なんだかかわいそうに思えてきた」

と話すと、

「痛いのかな?」
「裏返って苦しいのかな?」

と次々と意見が出た。私はその時、実は子どもたちも言葉に出さないだけで、昆虫のことをどこかで気にかけていたのだと感じた。

そこで、

「この昆虫たちをどうしようか?」

と投げかけてみると、

「土に埋めてあげたら?」

という意見が出た。私も、

「それがいいね。埋めてあげると、昆虫たちも静かに休めるね」

と賛同した。カマキリを飛ばしていたAくんも含めて、その意見で満場一致と思われた。ただ唯一、一人だけ眉間にシワを寄せてうつむいているBくんがいた。

私はBくんの表情に気づきすぐに、

「どうしたの?」

と声をかけた。Bくんはしばらく黙っていたが、返答を待っていると、

「いやだよ」

と話した。

「え?」

と聞き返すと、

「だってカマキリを土に埋めたら、身体がなくなっちゃうじゃん」

とみんなの前で話し始めた。続けて、

「僕は虫たちをずっと見ていたいって家で話したら、お母さんが、じゃあ標本にしたら?って話してくれたんだ」

そう言うと、さらに、

「ちょっとみて」

とBくんはカバンから、何やら薬の入った袋を取り出して見せた。その薬はシリカゲルという乾燥剤だった。


私は突然の提案に戸惑い、詳しくBくんに聞いてみた。すると、

「死んだカマキリたちをこの薬と一緒に入れるんだよ」

と教えてくれた。みんなは「標本ってなんだろう?」と不思議な顔をしていた。

Bくんの提案の背景

お迎えの時にBくんの母親にも詳しく話を聞いてみることにした。実はBくんは園の死んでいるカマキリのことを、以前から気にかけていたようだが、土に埋めたくないと家でも話していたそうだ。そこでBくんの母親は獣医で昆虫にも詳しい方だったので、たまたま知っていた標本作りをBくんに教えると、

「やってみたい」

と話し、自らシリカゲルを保存袋に入れて園に持っていくことにしたそうだ。Bくんは標本のことを園でいつ話そうか機会をうかがっていて、ついに勇気を出して打ち明けたのだった。

その想いを知り、私は家に帰ってから標本作りの工程を調べてみた。すると食品保存容器に昆虫とシリカゲルを入れ、1、2か月程乾燥させ、最後は針で刺して固定させて完成。そこまで難しくなく、保育の中でも実践できる内容だった。

標本作りの実践

翌日、子どもたちに標本作りの工程を説明したり、園にあった本物の標本を借りて見せてみた。そして改めてBくんの想いを子どもたちに伝えた。

「Bくんは、この昆虫たちを土に埋めてしまうと形がなくなってしまうから悲しいんだって。そこでお母さんに教えてもらった標本作りをみんなでやってみたいと話しているけどどうかな?」

とクラス内の仲間に話した。話している間、Bくんは下を向いていたが口はにこっとし、首を大きく縦に振ってうなずいてる。そしてBくんは続けて、

「標本は昆虫を色んなとこから観察したり、細かく観て研究することができるんだ」

と利点を伝えた。

子どもたち全員から「それなら標本作りやってみたい」と意見がまとまった。さっそく子どもたち自ら材料を敷き詰めて、昆虫の死骸を入れていった。セミ、バッタ、カマキリ、コクワガタ、カナブンを入れ蓋をして準備完了。それから、2、3日経った後、Bくんが、

「セミの目が少し緑になってるよ」

と気づき声をかけた。子どもたちは、

「なになに?」 

と少しの変化にも興味を持って続々と見に来た。そしてBくんは、

「みんなに教えたい」

と興奮して喜んだ。

発見したことをみんなの前で発表したい

そこでクラスで車座になり、Bくん自ら発見した昆虫の身体の変化や驚いたことをみんなの前で発表する時間を作った。Bくんは食品保存容器からセミを取り出して、みんなに嬉しそうに見せて回りながら、

「ここの目、前は茶色だったのに、少し緑になってしまうんだ」

と話した。子どもたちも興味津々で新しい発見を共有していた。

そこで私は昆虫の変化を可視化できるように、その日その日で写真を撮り、掲示しながら見比べられるように簡易的な子ども用のドキュメンテーションを作ってみた。それ以降、身体が少しずつ縮まっていく様子や、身体の変色、腐敗による臭いの変化など、Bくん以外からもたくさんの発見が生まれ、その度にみんなで発表し合い、写真を撮っていった。その様子は途切れることがなく、1か月半が過ぎていった。

昆虫の身体に針を刺す瞬間

昆虫の身体も乾燥が進み、いよいよ標本作りの最終段階に入った。木箱に薄い発泡スチロールを敷き、その上から昆虫の身体を針で刺して固定していく。その工程を伝えると、

「やりたい」

とBくんのようにすぐに手を挙げる子どももいれば、

「針なんて刺していいの?」

と戸惑う子どももいた。Bくんは、念願の標本作りの仕上げに胸を高鳴らせている様子で、昆虫の身体の中心部分を力強く刺して固定していた。私も硬そうに見える身体に、スーッと針が貫通する様子をドキドキしながら見入っていた。他にも手足や背中部分にも刺していく。

昆虫に針を刺す瞬間。

その様子を遠くから見て、なかなか針を持とうとしないAくんの姿があった。最後まで、

「どうしようかな?」

と悩んでいたが、しばらくするとふっきれた様子のAくんは、

「やっぱりやる」

と決意し、針を手に持った。しかし昆虫に針を刺そうとした手が止まり、

「やっぱりかわいそうだな」

と話した。実は目の前にある昆虫は、Aくんが積み木で飛ばしていたカマキリだった。手は震えつつ、カマキリの身体の中心を慎重に刺していく。その表情は、そのカマキリの「命」と向き合っている真剣な表情だった。一方Bくんは念願だった標本作りを完成させて、達成感に満ちた表情だった。

標本を観察している様子。

出来上がった標本は他のクラスからも話題になり、園内全体に広がっていった。だりあ組のAくんやBくんが中心になって、昆虫研究所を開き、異年齢の子どもたちにも作った標本を見せたり、図鑑で調べた昆虫の生態についても詳しく教えるなど、学び合いの時間が生まれた。標本を見に来た子どもたちは、それを眺めて観察しては、図鑑と照らし合わせたり、昆虫の絵を描くようになった。今まで絵をあまり描かなかった子どもも、標本を見ながら描くことで、羽の模様や、足の細部の毛先などにも気づき、

「あ、触手があるよ」

などと細かい描写でたくさんの作品ができた。また、Aくんたちは完成した標本に向かって「ありがとう」と感謝の気持ちを伝える姿があったり、それ以降トンボなどを捕まえて飼育する時に、前よりも大切に関わるようになった。

細かく描写されたセミの絵。

標本作りを終えて~おわりに~

この夏のBくんの標本作りから始まった物語を通じて、死んだ後の昆虫の命も「宝物のように」思うようになった子どもたちの心情の変化が見られた。私たち保育者もこれまでの保育の常識にとらわれず、子どもたちの想いや意見から発展し、未知の世界に到達するまでのプロセスと、共に学び合う姿勢の大切さを実感した。これからも子どもの思いのシグナルを見落とさず、新たな学びのタネをまき続けていきたい

受賞のことば

幼保連携型認定こども園愛の園ふちのべこども園(神奈川・相模原市) 岸川和繁

今回、子どもたちが話し合い、考え、学び合いながら発展させていった標本作りのエピソードが、このような形で賞をいただけたことを、心よりうれしく思います。

子どもたちは「 なんでだろう?」「どうしてかな?」と純粋に疑問に思ったり、「こうするのかな?」「いや、こうかな?」と、さまざまな角度から物事を見て考えたりしています。いつもそんな子どもたちから刺激を受け、「なるほど、そういう視点があったか!」「その発想はなかった!」とハッと気づかされ、同時に「探求することの楽しさ」を教わっているのだと思います。

これからも、子どもたちの紡いでいく言葉、揺れ動く感情、止まることのない探求心を大切にし、保育に向かいたいと思います。ありがとうございました。

講評

審査員
天野 珠路(鶴見大学短期大学部教授)

子どもにとって身近な自然である昆虫をめぐって、年長児と保育者がやり取りを重ね、葛藤を経て「命」と向き合った記録です。カギを握ったのは獣医の母親を持つBくん。死んでしまった虫たちを土に埋めるという意見が多い中、Bくんは「土に埋めたら身体がなくなっちゃう」と反対し、標本作りを提案するのです。

幼児には難しい? という思いもあったかもしれませんが、担任保育士はすぐにBくんの母親に話を聞き、さらに標本作りの工程を詳しく調べます。その後、クラスみんなで標本作りを進めますが、標本が完成するまでの過程が具体的に描かれ、子どもの観察眼の鋭さや試行錯誤する様子が伝わってきます。

時間をかけて完成した標本は、だりあ組の「成果」であり、子どもも保育者もひと夏の経験を経て賢くなったことでしょう。手作りの「昆虫図鑑」やさまざまな動植物に関する「成果物」が増えていくことを期待します。 

生き物の「生」と「死」を子どもがどう受けとめ、どのように考えていくのかは、各保育現場で探求されるべきことでしょう。

写真提供/愛の園ふちのべこども園

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