楽しく食べる子どもに育てるために~乳幼児にとっての食とは〜【今井和子先生に聞く 乳幼児の生活習慣 #2】
「食」は子どもの命を維持していくうえで欠かすことのできない要求であり、身体と心の発達を支える重要なものです。食べることを心地よく感じられる雰囲気づくりを大切に、「おなかすいた!」「もっと食べたいね」という意欲へつなぐ保育を目指しましょう。
監修
今井和子 先生
「子どもとことば研究会」代表。二十数年間公立保育園で保育者として勤務。その後、東京成徳大学教授、立教女学院短期大学教授などを歴任。現役保育者であったころからの経験をもとに、全国の保育研修なども行っている。著書に『0・1・2歳児の担任になったら読む本 育ちの理解と指導計画【改訂版】』、『0歳児から5歳児 行動の意味とその対応』(ともに小学館)など。
目次
”おなかすいた!“とい欲求を育てる保育を
「食べる」ということは、健康な子どもの育ちの基礎であり、生きる力の原動力です。食べる意欲=食欲は、すべての意欲の源泉であり、食べることで心が育ちます。
ところがいま、日本の子どもたちの中には、食べる楽しみを持てない、食に興味や意欲を持てない子どもが増えつつあります。昔は食べ物が少なくても家族で食卓を囲み、人と触れ合い、会話を交わしながら食事をとることで、心が育ちました。ところが現代は個食(ひとりで食事すること)が増え、家庭経済は豊かになっても、忙しさから食事をインスタント食品でまかなうなど、食生活の貧困が問題になっているのです。子どもたちは体力が落ちるばかりか、情緒不安定の要因にもなると考えられています。
健康な心と身体を育てるために、特に3歳未満児にとって授乳から始まる食事は、生活習慣をつくるためのスタート地点です。それは、時間がきたから食べさせればいい、というわけではありません。食べさせることに力を注ぐのではなく、「おなかすいた!」「はやくごはんにして!」という、自分から食べたい、という意欲を育てることが何より大切なのです。
朝食欠食や食習慣の乱れなど、家庭での食生活が問題視されているいま、園での食事こそが非常に大切です。
平成16年に、楽しく食べる子どもに育てるための食育指針が厚生労働省から出されました。平成20年にはさらに食育が重要視され、園全体で食育計画を立てることを推進するようになりました。現在では全体計画の中に、必ず食育計画を入れています。食育の目標は、
- おなかがすくリズムを持てる子ども
- 食べたいもの、好きなものが増える子ども
- 一緒に食べたい人がいる子ども
- 食事づくり、準備にかかわる子ども
- 食べものを話題にする子ども
以上の5つ。保育士、栄養士、調理員など、園の全職員が連携し、食生活のあり方を計画的に展開していきましょう。
乳児の心身の発達と食生活のあり方
抱っこしての「授乳」が愛着関係を育てます
吸う活動の意味
- 口の中の筋肉を発達させる
- 口蓋(こうがい)を刺激し、言語活動につなげる
- 離乳食をスムーズに進める
授乳は栄養を摂取するために欠かせませんが、決してそのためだけではありません。自分の世話をしてくれる大人にしっかり抱かれて飲むということは、「自分は愛され、守られているんだ」ということを感じ取って、人との信頼関係を築き、愛着関係を育てるために大切な基本的な営みです。いつも自分の世話をしてくれる人の顔を覚え、その人との快い感情の交わりや、愛情の交流の喜びが増えていきます。
実際、園で授乳する場合、大抵は個々の朝の授乳時間を確認し、一人ひとりの生活リズムに合わせて授乳時間を決めます。それも大切なことではありますが、単に時間になったから授乳するのではなく、乳児がおなかをすかせて、泣いたりぐずったりして、しっかり空腹の欲求を出させてから応えることが大事です。
授乳をするときは、大勢人がいるところは避け、静かな場所で乳児と1対1で向き合います。6〜7か月の月齢の低い乳児は、しっかり抱いて顔をじっと見ながら、「おなかすいたね」「いっぱい飲んでね」などとやさしく語りかけ、乳児が満足するまで、ゆっくり飲ませましょう。それ以降は手が発達し、乳児が自分で哺乳瓶に手を添えたがります。そんなときは手を添えさせ、自分で飲もうとする欲求をかなえます。ミルクの食欲はその日によって変わるもの。飲みが細くなっても、決して無理強いしないこと。「もう飲みたくない」と舌を出して訴えたら、途中でもやめるようにしましょう。
また、ミルクを吸うことで、口の中の筋肉が発達し、血液の循環も促します。筋肉がよく働き、吸う力が発達するように、哺乳瓶の乳首の穴の大きさに気をつけます。簡単に吸えると、乳児の吸う力を必要としないので、あえて吸いにくい大きさを選ぶようにします。あごをよく動かすことによって口蓋を刺激し、筋肉が発達することで、それが食べる力や、言葉の発達へとつながっていきます。
自分で食べようとする気持ちを大切にした「離乳食」
離乳食を始める目安
- 首のすわりがしっかりしている
- 腹ばい姿勢で頭と肩を持ち上げられる
- 支えてあげるとすわれる
- 食べ物に興味を示す
- スプーンなどを入れても舌で押し出す5ことが少なくなる(ほ乳反射の減弱)
6か月も過ぎると、ミルクだけだと栄養不足になります。ミルク以外の味に慣れさせるのはもちろん、そしゃく(よくかんで食べる)機能が発達し、大人と同じ食事を食べられるようになるために、いくつかの段階を踏んで徐々に慣らしていくのが離乳食です。口を動かすことで唾液の分泌が活発になり、殺菌作用を及ぼすので、菌の繁殖を防げるようになります。あごの発達も促され、口先を動かすことで、いろいろな刺激が脳へと送られます。
最初はドロドロから始まって、唇を閉じることで食べ物をこぼさないで食べる、舌を動かして食べる、歯茎で食べるなど、離乳食を通して子どもは食の経験を積んでいきます。いろいろな食べ物を見たりさわったり、味わう経験を通して、自分で食べようとする心を育むことが、離乳食でも大切です。離乳食というと、大人が食べさせてあげるもの、という概念が多くの人にあるようですが、子どもが手を出してつかんだら、「アムアムしてごらん」「ニューッとしたね!」などと声をかけ、子どもの探究心や好奇心を認めてあげましょう。食べ物に自分の手で触れることで、豆腐は柔らかいもの、バナナは持って食べられるものと、肌で感じることができます。きれいに食べさせたい、残さず食べさせたいなど、大人がしつけを求めすぎると、子どもは意欲や満足感を感じられなくなってしまいます。
食べさせるときも、食べさせ方を急いだり、一度にたくさん口に入れすぎると、かまないで飲み込むようになってしまいます。これが、そしゃくができない子の要因と考えられます。ドロドロを上手にこぼさず飲み込んでいるな、口を閉じて歯茎でつぶして食べているな、など、子どもの状態を見ながら離乳食を進めていくことが大事です。離乳食でのこの見極めが、そしゃく力の発達へつながっていきます。
ときには手づかみも大目に見極めが肝心な「遊び食べ」
子どもがこぼしても、手づかみでも、「自分で食べたい」という意欲を支えることが大切です。「これは何だろう?」という好奇心からの遊び食べなら、肯定的に見てあげて、少しはやらせてあげましょう。ただし、「おつゆはコップを持って飲んでね」など、食べ方を伝えることは忘れずに。
食欲がない場合の遊び食べの場合、「どれなら食べる?」「好きなものあるよ」と、量を減らしながら食べることを促します。ひとつの皿に盛ってあると混ぜたくなってしまうので、一品ずつ小さい器に盛って食べやすくするのもいいでしょう。食欲がないのには理由があるはずなので、おやつの時間や量、運動不足などを見直す必要もあります。また、もういらなくて席を立ってしまう場合は、「もういらないの?」と聞いて、食事を終わりにするか子どもに判断させます。「いらない」と答えた場合は、戻ってきてもあげないということをわからせて席を立たせ、戻ってきても絶対、食べさせないようにします。それを3日も続ければ、遊び食べはしなくなります。
1歳ぐらいだと、まだ食事のペースが個々によって違うので、一人ひとりの時間に合わせて食事をするのも必要です。食べたい子どもから先に席につかせて順番に食べさせたり、食欲のない子はいっぱい遊んでから席につかせるなどの工夫もしてみましょう。3歳ぐらいになると、自然と待つ力がつき、子ども自身が園のリズムをわかってきます。友達と一緒に食べる楽しみもわかってきて集団で食べられるようになるので、まわりに合わせるのはそれからでも問題ありません。
好き嫌いは当たり前「偏食・小食」を“困った”と決めつけない
1歳過ぎてだんだん自我が芽生えてくると、食べ物にも好き嫌いが出てきます。これは当たり前のことで、自分の好きなものとそうでないものあかしを判別できる力がついた証です。まずは「そう、これはいやだと思ったのね」と、自己主張することを受けとめて、「きれいな色のニンジンさんだね」などと大人が言葉にして促し、自分で食べてみよう、という気持ちにさせることが大切です。決して無理に食べさせないこと。食べるかどうかは子どもに決めさせます。少しでも食べた場合は、「よく食べたね!」とほめてあげましょう。4〜5歳にもなると、嫌いだけどなぜ食べなきゃいけないか、その必要性や意味がわかるようになり、イヤでも自分でがまんして食べるように成長していきます。だから、1・2歳のうちから求めすぎないようにしましょう。
また、往々にして、大人は、完食を求めすぎる傾向が強いのではないでしょうか。最初は少なめに盛りつけ、おかわりをする喜びを味わわせたり、好きなものをたくさん食べさせてあげましょう。
1歳6か月〜2歳ごろは「そしゃくの臨界期」(そしゃく力の獲得期)といわれています。口の中で食べ物を分別し、かむことによって脳を刺激するので、そしゃく力はとても重要です。2歳になると、そしゃくができない子が目立ってきます。かめない、飲み込めないことが原因で、食欲がなくなってしまうことも少なくありません。そこで、その子がどういう食材をかめないのか、また、かんで飲み込める1回の量や大きさを見極め、小さくしてあげるといいでしょう。「よそ見しないで早く食べなさい!」などの否定的な言葉は子どもの食欲をそいでしまうので禁物です。
子どもは食べることを通して、未知な食べ物と出会い、その中で好奇心や探索意欲などが育っていきます。乳幼児期から、発達段階に応じて豊かな食の体験を積み重ねていくことで、健康な身体と心が育っていきます。バランスのよい食事ももちろん大切ですが、「おなかがすいた、早くごはんにして!」「今日もおいしかったね」と、食べる楽しみや食べることの心地よさを味わえるような食生活をつくっていけたらいいですね。
文/大石裕美
撮影/藤田修平
撮影力/小学館アカデミー大宮だっこ保育園
『新 幼児と保育 増刊』2018年夏号より
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