子どもの自分らしさを育む「個人カリキュラム」の立て方

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専門家からのアドバイス 0・1・2歳児保育の大切さ 
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「子どもとことば研究会」代表

今井和子

心身の発育・発達が顕著な0歳から2歳の時期個人カリキュラムを立てるにあたり、どのような点を考慮するべきか、実例を交えて解説します。

子どもとことば研究会」代表・今井和子 先生

3歳未満児はなぜ個人カリキュラムが必要なのか?

まず、保育所保育指針を見てみましょう。

3歳未満児については、一人一人の子どもの生育歴、心身の発達、活動の実態等に即して、個別的な計画を作成すること。【第1章総則:3保育の計画及び評価(2)指導計画の作成・イ(ア)】

なぜでしょうか? それは、0・1・2歳児の発達は、個人差がとても大きいからです。昔から十人十色といわれてきましたが、同じ両親から生まれた兄弟でも、性格や発育の様子、感じ方などは異なります。人はみな、遺伝と環境の相互作用で、生まれつき違い(個性)を持って誕生します。その違いを大切にしながら、一人ひとりの個性を理解し、その子どもに沿った育児をしていくことが「個々を大切にする保育」、言い換えれば「個人差に即して保育する」ことであるわけです。

同じ月に生まれても泣き方、ミルクを飲む量、排泄間隔、睡眠の仕方や時間は、みなそれぞれです。1歳児組では、午前寝をする子もいれば、午後に1回寝をする子もいます。このように一人ひとりに沿った生活を築きながら、その子らしさを支えていく柱になるものが個人カリキュラム(指導計画)です。

そもそも個人とは何を意味するのでしょう。それは、一人ひとりが心を持った存在であるということ。つまり自分が自分の主人公(主体者)であることを大切にするという保育観に基づいています。

養護を大切にし自己肯定感を育む柱に

個人カリキュラムを立てる際、考慮しなければならないもうひとつのことは、養護を大切にする保育です。

保育における養護とは、子どもの生命の保持及び情緒の安定を図るために保育士等が行う援助や関わりであり、保育所における保育は、養護及び教育を一体的に行うことをその特性とするものである。【保育所保育指針第1章総則:2養護に関する基本的事項(1)養護の理念】

0・1・2歳児の保育においては、養護を土台とする生活が大部分を占めています。おむつを替えたり、離乳食を食べさせたり…。これらの世話をすることこそ、1対1でかかわれる大切なコミュニケーションのときです。子どもの世話をする行為を通して、どれだけ個別のふれあいを楽しめるかが最も重要なことだと考えます。「ほーらおむつがきれいになっていい気持ち、いい気持ち」。子どもが喜ぶことをともに喜ぶ保育者、そういう人に養護されることで、子どもは自分の存在の意味を見いだし『この人こそ、自分の世話をしてくれる大切な人』と、人への信頼を感じとっていきます。そういう意味で、養護が大切にされる生活は、子どもの自己肯定感を育む礎になります。

”自分らしさ”を育むには一人ひとりの子どもの願いや育ちを理解する

個人カリキュラムで記述する必要のある「ねらい」は、実は「願い」です。誰の願いでしょうか? それは、個々の子どもの願いと保育者の願いなのです。

指導計画は、子どもの願いと保育者の願いを、どのようにかみ合わせ、実現していくかの試案。保育の道しるべ、見通しを立てるものだからです。

保育所は(中略)入所する子どもの最善の利益を考慮し、その福祉を積極的に増進することに最もふさわしい生活の場でなければならない。【保育所保育指針第1章総則:1保育所保育に関する基本原則(1)保育所の役割・ア】

「児童の最善の利益」とは、「児童の権利に関する条約:第3条」に規定されている言葉です。児童にかかわるすべての措置をとるにあたっては、子どもの生命が守られ、子どもの欲求や願いが受けとめられ、よりよい方向に成長、発達が順調に促されることを表わしています。

保育所が利用者の視点で、さまざまな保育ニーズに応えている今は、保護者など大人の利便性ばかりが優先されないよう、また、子どもの福祉や利益を損なうことがないよう配慮することが求められています。「児童の最善の利益」を考慮することが保育所の役割であり、そのためにはまず、子どもの欲求や願いが受けとめられ、実現される保育を進めていかなければなりません。

指導計画を立てることは、まさに子どもの欲求や願いを理解し、支えていくことなのです。それでは、まだ自分の欲求や願いを言葉で伝えられない0・1・2歳児の個々の願いを保育者はどのように理解していったらよいのでしょうか?

日常の何気ない遊びや行為からその子の真実の願いを理解する

実例1 乱暴な行為の意味… 実はお父さんの働く姿

まもなく2歳になろうとする男の子が、園庭で長い柄のついたプラスチックのスコップを地面にたたきつけていました。それを見た保育者は「そんな乱暴をするとスコップが壊れちゃうからやめなさい」と注意したのですが、その子はその行為をくり返すばかりで、保育者のいうことを一向に聞き入れませんでした。しばらくするとその子は、コンビカーにまたがり、スコップを後ろにのせて移動し、他のところでまたパシッパシッと、スコップを地面にたたきつける行為を始めました。

その行為を目で追い続けていた保育者は「はっ」とした様子。その子に近づき「○○ちゃん、お父さんになって工事の仕事をしているんだ」と声をかけると、その子はとてもうれしそうにうなずき、保育者の顔を見てにっこり笑いました。

子どもの行為の意味を考え願いをつかむ

幼い子どもの行為には、事例1で見る、言葉ですくい取れない混沌としたものがあります。今、自分がどんなつもりやイメージで遊んでいるのか。言葉で表現できないだけに、それをどう読むかは保育者に委ねられます。初めは理解できないときも、子どもの行為には何らかの意味があるかもしれないと考え、肯定的に見て「楽しそうだね。何をしているのかな?」と問いかけたりすると、子どもは安心してその行為を続けるかもしれません。ところが、「またこんな乱暴している」と否定的にとらえて「どうしてそんなことするの!」と問いつめてしまうと、子どもは注意されたと感じ、反発するかやめてしまうでしょう。

保育者は自分の心の動きを意識しながら、子どもの遊びを見ることが大切です。それによって自分の思いや見方を考え、変化させていくことが可能だからです。その結果、その子との関係も変わっていきます。

幼い子どもの行為や遊びは、その子の心の悩みや願いの表現だと思います。

日常的に見られるかみつきや乱暴な行為など

日常的に3歳未満児では、かみつきやたたいたり、押したりなどの乱暴な行為がよく見られます。そうした行為の意味を、なぜ今その子がかみついたのかな、と考えることによって、その子の目に見えない心の理由、動機を知ることができます。

ただかみつきはいけないと叱るだけでなく、「本当はこういうふうにしたかったの?」「お友達のものが欲しかったの?」と保育者が述べることによって、子どもは自分が乱暴な子という印象を与えられるのではなく、本当はこういうことをしたかったと、自分の心の動機に気づくことができます。まさに、「子どもの行為は自己表現」。いまだ言葉で自分の願いやイメージを伝えられない3歳未満児にとって、行為は、その子の内面を映し出す表現であり、言葉にかわる言葉だと理解しましょう。従って、その子の行為がどんな思いから発せられているのか?理解しがたいときは、「なぜ?」と問うてみることです。「なぜ?」と問う心は、その子の内面を見る力になるからです。

子どもの願いと保育者の願いを重ね合わせ「ねらい」を立てる

実例2 乳児クラスのりん君の日誌より

夕方バギーに乗って散歩をしていると、りん君(1歳6か月)はいつもまん丸い月を指して「あっ」「あっ」と教えてくれます。保育者が「そうだね。まんまるのお月様だね」と答えると、うれしそうにうなずいていました。

今日は、絵本に出てくる丸い月を指して「あっ」「あっ」とうれしそうに訴えました。午睡後、バギーに乗って散歩に行ったとき、保育者が「今日はまだお月様、出てないね」というと空を見て探し、「ない、ない」といいます。本当によくわかってきたと関心してしまいました。

言葉をシンボル(符号)として使えるようになる学び

りん君は夕方の散歩という経験と、絵本を読んでもらう体験が重ねられるにつれて、空の月も絵本に描かれた月も同じ「お月様」という発見の喜びを表現してくれました。言葉が実物と結びつくだけでなく、絵本に描かれた実物ではないシンボル(符号)でも同じ「お月様」なのだという学びを習得できるようになったわけです。

このような事例から、りん君の個別計画のねらいを考えてみましょう。

ねらい︰興味のあるものを絵本や写真で確かめる喜びを味わう

実例3 狭い段ボール紙の道を歩く

お散歩に行くと、よく1・2歳児はちょっとした段差のあるところを見つけて、そこを歩きたがります。いろいろなところを歩きたい願いが、子どもたちの中に育まれているのだと思います。そこで保育者は、室内にダンボール紙を利用して、下の写真のような細い道を作りました。すると子どもたちは喜んで、道からはずれないように何度も何度も歩いていました。

保育者が作った細い道に沿って歩く(2歳児)。

このように子どもの願いや関心を見つけて、それに応える環境を作ることが最も大事な保育者の役割りになります。

狭いところにもぐり込んで”ばあ”をしている男の子がいます。どこの園でも見られる0・1・2歳児の姿です。

狭いところにもぐって…、”ばあ”(15か月児)。

こんな姿から保育者は「狭いところにもぐり込んで、”いないいないばあ”をしたり、保育者と追いかけっこを楽しむ」というねらいを立て、子どもたちの興味・関心に応える保育を展開しているのではないでしょうか。まさに保育は子どもの願いと保育者の願いを重ね合わせて実践していくことだと考えます。

写真から読み取る子どもの育ち

実例4 花びらを一枚一枚摘み取る女の子

散歩に行って取ってきたシロツメクサの花びらを、親指と人さし指の先で上手に摘み取っている12か月のS子ちゃん。よく見ると茎も指先で上手に持っています。いつのまにせんし尖指対向操作ができるようになったのでしょう。今は、小さなものをつまめるようになったことがうれしくてしかたないようです。

そう思ってS子ちゃんを見ていると、絵本のページも親指と人さし指の先を使ってめくっています。そこで保育者はティッシュペーパーの箱から、いろいろな感触の布を親指と人さし指で引っぱり出す手作りおもちゃを作ってみました。

最近子どものスナップ写真を撮り、それを見ながら職員が感じたことを気軽に語り合う園内研修が行われるようになりました。普段見ているようで、気がつかないことが多々あります。そんなとき、写真から子どもの育ちを再確認し、発達を促していく手がかり、方向性を見いだしていくことも楽しい学び合いになります。そんな話し合いから子どもたち一人ひとりの育ちを把握し、ねらいにつなげていきましょう。

一人ひとりの子どもが今したい遊びは何?

0・1・2歳児においては、自発性を育てることが何よりも重要な発達課題です。

自発性とは? 人に指示されるのではなく、自らの内的興味、関心、好奇心などに基づいて行動すること。今、その子がやろうとしていること自体、必要であり、意味がある。そのためにも子どもたち一人ひとりの興味、関心、育ちの姿を受けとめ、それに環境を通して応えていく。思わずかかわってみたくなるような環境を作り”こんなことができる自分。前はできなかったのに今はやれるようになっていて、自分ってすごい、成長したな…”という自己肯定感を育んでいくことができます。

自発性を発揮する始まりは、その子が「好きなこと」に夢中になることです。夢中になっているときこそ、自分が自分でいられるのです。遊びながら体も心も解放し、本来の自分を表すようになり、自分らしさを積み上げていく。個人カリキュラムを立てることの意味を理解いただけたのではないでしょうか。そのような保育実践が、やがて自分らしい人生の主体者になっていくことを支えていきます。

花びらを一枚一枚摘み取っている女の子(12か月児)。

次から、個人カリキュラムの具体例を見ていきましょう。

個人カリキュラムの具体例

※個人カリキュラムに登場する園児の名前は、すべて仮名です。

0歳児

社会福祉法人 なのはな認定こども園 菜の花こども園

個人カリキュラムを立ててみて

個別指導計画を文章化することで、養護と教育、環境構成、援助のあり方などが、より明確になります。例えば、離乳食の進め方については月1回、家庭との面談で決めていますが、個別計画をもとに話し合うと、共通理解がしやすくなります。開園以来、エピソード記録に取り組んでおり、子どもの成長過程を写真と5領域の視点でつづるエピソードで構成した「ポートフォリオ」にまとめています。保護者にも毎月渡しており、喜ばれています。

実際の個別カリキュラムは手書きされています。

1歳児

社会福祉法人 三祉会 平和保育園

個人カリキュラムを立ててみて

クラス運営としての月案と個別指導計画をひと目で見られるようにしたのが特徴です。前月と比べ著しく成長が見られた点など、子どもの„育ち‶が明確になる記述を重視します。園長として心がけたのは、保育者が具体的な記述をしたら、必ず「いいですね」などと、コメントすることです。個別指導計画の命は具体性だからです。計画を作成する保育者も、第三者との対話があることで、「どう書けば具体的になるのか」が克明になっていきます。

今井先生がかつて勤務し、フォーマット作成にもかかわったときの園での計画です。

2歳児

社会福祉法人 戸越ひまわり福祉会 あけぼの保育園

個人カリキュラムを立ててみて

記入欄は限られているので、できるだけポイントを絞って、かつ的確に表現するというのが難しいところです。状況を正確につかんでいないと文章は書けないからです。月末に「評価・反省」欄を記入しますが、前月と比べて子どもの成長が見られると、保育者にとっても喜びになります。自我も出てくる時期ですので、食事、睡眠といった生活面のわかりやすい変化だけでなく、気持ちのうえでの成長をとらえられるようにアドバイスしています。

実際の個別カリキュラムは手書きされています。

構成/エディット(古屋雅敏、西沢悠希)

『新 幼児と保育』増刊『0・1・2歳児の保育』2019夏より

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