人と生き物が同列で暮らしている園 その1「街中で生態系をつくる」

創作の杜 おいけあした保育園(京都・京都市)園長
木原 圭
京都芸術大学卒業後メキシコに留学、帰国した後に保育園での卒園制作を任される。そこで見た幼児造形表現の非多様性に愕然(がくぜん)とするも、子どもたち本来の多様性に魅了され、そこから保育にのめり込む。ここ数年は国際学会での実践発表を多数行い、国内外の研究者とのプロジェクトを進行中。
目次
よく見て考えると浮かんできたこと
私は「子ども時代を子どもらしく、楽しくなければ保育園ではない!」という理念を掲げた社会福祉法人西京極保育福祉会の「創作の杜 おいけあした保育園」で14年間園長をしています。当園は京都市の街中に位置し、周囲をオフィスビルやインバウンド向けホテルに囲まれ、園児の多くは近隣のマンションに住み、園に通うまで土を触ったことのない子や、園で初めて階段を上ったという子もいるくらい街中の保育園です。
自然での遊びを大切にしている当法人の2園目として21年前に開園した当時、初めて出会う街中の子どもたちの身体の成長に大変な危機感を抱きました。というのも、自然の山や川へ遠足に行くと、ちょっとしたところでケガをする子が多く、斜面などでしっかりと踏ん張れずに転ぶ子たちもいたからです。
考えてみると、親の自転車や車で移動し、バリアフリーのマンションに住み、階段ではなくエレベーターで自宅に帰ります。できるだけ平坦にされた都市部の住環境では、以前なら自然と育まれていた基礎的体力や体幹の強さ、筋肉が育まれていないのではないかと疑問を持ちました。特に京都の街中は平坦な土地が多く、そこに住む子どもたちには、地面に凹凸のある自然の中で思いっきり走って跳んで遊ぶような実体験が不足しているのではないかとも考えました。そこで、普段遊ぶ園庭だけでも自然の環境に近づけて、そこに私たちが子どものころ夢中になったような、子どもたちを魅了できる生き物がたくさん棲む園庭にできないかとさまざまに試行錯誤し、開園当初は植物も少ない砂漠のようなグラウンドであった園庭を、今では森のように変化させてきました。


自然はいつも先生
まずはビオトープをつくり、子どもたちと近隣に棲む生き物を捕まえてきて、棲めるように環境を整えました。ビオトープの自然な環境の中に本来の姿のまま棲みつくので、よくよく目を凝らして観察しないと生き物を見つけることができません。そして、ビオトープは自然環境を再現するのでそのバランスが難しく、「小さな空間での安定」には時間がかかりました。少しの変化で全滅してしまったり、子どもたちになるべく見つけやすいようにと草を刈りすぎると野鳥の襲来に遭い、生き物が食べられてしまうこともありました。
さまざまな困難を越え、現在では安定して棲み続ける生き物が増え、カエルやアカハライモリ、メダカやコオイムシ、アメンボもヤゴもガムシもタニシも……、ビオトープにはたくさんの生き物が棲み続けています。

生き物のネットワーク
ビオトープと同時進行で園庭には木々を植え、さまざまな種の植物や雑草と呼ばれるような草花をも近隣から移植し、5年ほどで定着してくると、自然環境は近隣同士でメッシュ状のネットワークを形成していて、周囲の自然とつながっていきます。
さまざまな生き物が飛んできては棲みつき、近年10種以上のチョウ、カマキリやバッタ、カナブンやハナムグリなどなどがたくさん見られて、5月~9月ころまでの暑い時期には70種以上の生き物が園庭で子どもたちと空間をともにしています。
ともにあること
そんな園庭改造を始めて今で約20年になり、生き物とは餌を与え飼育する主従の関係ではなく、ともに住んでいるという相互尊重の感覚で接しています。それは人間だけが地球の主ではないということを体感的に理解できる環境でもあり、そんな園庭づくりには常に子どもの意見が尊重され、彼らのアイデアで変化してきました。そして自然環境に近い園庭で日々遊ぶ子どもたちは、自然の山に行ってケガが少ないのも事実です(ただし、乳児期をコロナ禍のStay homeで過ごした現在の幼児は、以前のような実体験の少ない状況に戻りつつあるように感じています)。
持続可能な社会の一員として、子ども時代に何ができるのかと考えたときに、自然の生き物やそれを取り巻く環境に興味を持てるような場に出会うことは、レイチェル・カーソン(アメリカの生物学者)のいう「センス・オブ・ワンダー」を育む一番の方法ではないでしょうか?
他の生き物とともに大きな生態系の中で、人も同列で暮らしている。そんな「楽しい」を目指す保育園では、これまでにさまざまなドラマがありました。
*続きは、次回……。