その子らしい育ちを支えること~第58回「わたしの保育記録」大賞~

特集
小学館が後援する保育記録の公募「わたしの保育記録」

第58回「わたしの保育記録」応募作品の中から、大賞を受賞した作品をご紹介します。
(表記は基本的に応募作品のままです)

(一般部門)
「その子らしい育ちを支えること」
山梨大学教育学部 附属幼稚園(山梨・甲府市) 吉岡良介

はじめに

この仕事をしていく中で、「保育をする」とはいったいどういうことなのか、何を大切にすることなのか、日々、楽しさや難しさを感じながら保育をしている。今回は、とても壮大なテーマではあるが、Aと過ごした3年間を振り返ることで、私自身が保育をする上で大切にしていることについて整理していきたいと思う。

先生、2番だって・・・いいんだよね(年少組)

年少時、自分が納得できないことがあると、癇癪を起こすことが多かったA。Aは、お弁当前になると職員室へ行き、いつの間にか1人先にお弁当を食べ始めていることもあるような、集団にはなかなか馴染まないような子でもあった。

10月、運動会に向けての取り組みが始まった頃から、Aはいつにも増してクラス集団から外れていくような言動が増えていた。おそらく初めてのことへの抵抗や、思い通りにならないことも要因だったのであろう。「やりたくない」と言う日が続いていたため、私自身どうしたら良いのだろうと思いながらAなりの参加の仕方を模索していた。

Aの母親からは「大きな子と走って負けたことがあり、それから走りたくなくなった」と話を聴いたので、困っていることを本人から聴くことにした。

翌日、2人になったところで「何でやりたくないの?」と聴くと、数日前から同じように「やりたくない」と言って結託していたBの方を見て「いたずら仲間がいるからやらない」と言う。
私「走るのが嫌なの?」
A「前に他のお友達がはやかったから…」
私「そっか、悔しかったんだ」
A「そう」
私「悔しいって思えることはすごいことだね。そしたら次は負けないようにやってみるのはどう?」
A「1回負けたら諦める」
私「すぐ諦めちゃったら負けるさ。先生も負けたことあるけど、何回か練習したらはやくなって勝ったことあるよ」
A「ふーん」
私「そしたら、練習してみる?」
A「やだ、恥ずかしい」
私「誰もいない時にしたら?」
A「一緒に走ろうってお友達が来ると嫌なの」
私「じゃー秘密の特訓してみる?」
A「誰か来るよ」
私「先生があっち行っててって言うよ」

しばらく考えたAは
「Bにいたずら仲間しないって言ってくる!」
私「一緒に行くよ?」
A「いい。自分で行く」
とBに宣言しに行き、翌朝「秘密の特訓」をすることになった。

翌朝、意外にもやる気満々で登園するA。支度もせず、スタートラインへと向かっていく。私も慌てて園庭に出た。「よーいどん」の合図とともに勢いよく走るA。ゴールにいた母と共に「すごいね!走れた!」と喜ぶと、Aは嬉しそう。
私「速かったね!もう1回やってみる?」
A「うん!もう1回やってみる!」
と再び走り、表情はとても晴れやかに見えた。この日はクラスの友達とも一緒に走るほどにAは変化していた。

そして、迎えた運動会当日。走る直前になり
「先生、2番だって3番だって、7番だって、8番だっていいんだよね」
と私に話しかけるA。
私「そうだね。Aが頑張ったら何番だって良いと思うよ」
A「そうだね」
と凛々しくスタートラインに立つ姿が印象的だった。

本当に動く汽車をつくりたい!(年中組)

年中組の夏休み明け。家族でSLに乗ってきたと話すA。早速、大きな段ボールで汽車を作り、お客さんを呼んだり切符を作ったりと考えていった。段ボールの下には、車輪がついた小さなブロックを取り付け、汽車をどうにかして動かしたいと考えていた。その汽車を気に入り、「小学校に行くまで取っておく」と言うAだったが、少しずつ他の遊びにも目が向き、汽車はしばらく放置したままになり、壊れかけてきた。
私「これ一回片付けても良いかな?」
と聞くと、Aは大泣き。降園時に母親に写真を撮ってもらい、
「新しく別の汽車作るから大きい段ボールは幼稚園にある?」
と言いその日は帰っていった。

翌朝、設計図と、父親と廃材で作った「自衛隊」と呼ぶ戦車を作って持ってきた。登園後すぐ、Aはダンボールで再び作ろうとしたが、段ボールだとまた壊れてしまうのではないかと考えた私は
「段ボールも良いけど、何か別の物で本当に動くように考えてみない?」
と提案。するとAは
「そうだね、でもどうしよう」
私「自衛隊はどうやって動くようにしたの?」
A「(タイヤが)ペットボトルのキャップと棒でくるくる回る」
私「なるほど!そうやったら動いたのか。同じ感じのもので動くようにならない?これはどう?」と予め準備していた塩ビパイプとガムテープの芯をAに見せた。
A「なんかできそう!やってみよう!」
と考え始めた。

この後、巧技台に塩ビパイプを通せば車のようになると考えたAは、ガムテープの芯を車輪のようにパイプに固定していった。Aの姿を見て、9人の友達が集まり一緒に作り始めた。4つ車輪がつきその場で動かしてみると、コロコロと動いた。

A「今、動いた!」
友達も
「動いたよね!」
と大盛り上がり。そこで、近くのスロープまで運んで走らせることに。
「3・2・1・スタート」
の合図で手を離すと、1m程手を離した状態で動いた。Aは
「走った!走った!本当に走った!」
と大喜び。嬉しさのあまり、他の保育者や副園長を次々と呼び、
「本当に走ったんだ!」
と腰に手を当てながら自慢気にお手製の汽車を見せていた。

後日、大きなキャスターを巧技台に取り付け、その上に段ボールを載せることで、本当に動く汽車を作り、ブレーキやハンドルまでもA自身が考えて廃材で創り上げていった。そして、最終的には、実際にお客さんを乗せ10mほどのスロープを操縦しながら走れるように創り上げていった。

Aが友達と作り上げた「本当に動く汽車」。

これはセキエイかもしれない、ウンモかもしれない(年長組)

年長時、「林間保育」という活動で、『風穴』と『富士山科学研究所』を訪れた。『風穴』では、県職員に協力をしてもらいガイドがいないと入れない自然にできた穴の中に入った。道中、溶岩が冷え固まった場所では、「ゴツゴツするー」と岩場を触りながら歩いた。風穴は、大きくて真っ暗闇で、懐中電灯がないと隣にいる子も見えないような場所だった。『富士山科学研究所』では、噴火の飛散実験をメントスコーラや紙吹雪などで見せてもらった。この日の体験で子どもたちは「噴火」に関心を寄せている様子が見られた。

翌週、砂場に大きな山を作り始めたAたち5人。バケツやじょうろで水を汲み、山の頂上から水を大量に流すと、流れる道ができ、水が溜まる場所に泡を発見する。見ると、泡が波状になっていた。するとAが
「あれ、これ前風穴行った時に歩いた場所と似てる」
と言い始め、周りも
「本当だ」
と大騒ぎ。そこから「噴火実験」が園内で始まった。作った山の下に葉っぱを並べ『樹海』と呼び、山の頂上から水を一気に流すと葉っぱが流れる。この現象を眺めながらAは
「こうやって森が消えて、また木が生えてってなってくんだね」
と目の前の状況と、森がどうできていくかについて考えていた。

その後、富士山が載っている図鑑や絵本から、富士山の1000m下にマグマがあることを知り、
「幼稚園でもマグマが見たい」
と大きなスコップで穴掘りが始まった。掘れども、掘れどもマグマは出てこなかったが、子どもたちの力で2m程掘ると、土が粘土層に変わり石が大量に出てくるようになった。Cが
「石割ってみよう」
と言ったことがきっかけとなって、トンカチで割ると色や形が全く違い、線があるものやキラキラしたものを見つけた。こうした遊びが続いていく中、Aは鉱物の種類を調べるようになっていき、石を見ると「これはセキエイかもしれない、ウンモかもしれない」と話すほどに関心を寄せていった。この後、大学の地学専門教員に石のことを聴きに行くなどし、卒園するまで石への関心を深めていった。

「噴火実験」を行う様子。
地中にあった石を割ってみたところ。

気づき

年少時には自分の思い通りにならないと怒ったり癇癪を起したりすることが多かったA。

運動会の取り組みの中で、「秘密の特訓」をきっかけに、周りの子と比較することなく自分の力で頑張れば良いのだということを本人なりに考えるようになっていった。また、年中時には自分の関心をもったことにとことん向き合い、友達とも力を合わせながら、「本当に動く汽車を作りたい」という思いをもち粘り強く試行錯誤していく姿を捉えることができた。年長時には「林間保育」の経験をもとにし、遊びの中で不思議に思ったことを仲間と確かめようとしたり、関心をもったことを深めようとしたりしていく姿を捉えることができた。

ここまで振り返る中で、Aが3年間の園生活で、自らの感情を調整しようとする力や、友達とかかわりながら試行錯誤していこうとする力、目標に向かって努力していこうとする力など、様々な力が育まれていく様子を捉え直すことができた。

おわりに

Aと3年間を共に過ごしていく中で、決して右肩上がりに成長をし続けるわけでなく、紆余曲折ありながら、少しずつ変化していく姿を見てきた。保育者として私は、A自身がどのようなことを考えているのかということに思いを巡らせ、A自身が様々な困難や葛藤を乗り越えていこうとすることを支えてきた。

今回振り返ったことで、私が保育をする上で大切にしていることは、子ども一人ひとりが安心して、自分自身の思いをのびのびと出せるような環境を整えていくこと、そして、その子らしく育つことを願い、自らの力で変わっていこうとすることを支えていくことだということを改めて実感することができた。

「幼稚園でもマグマが見たい」と穴を掘る年長組のA。

受賞のことば

山梨大学教育学部 附属幼稚園(山梨・甲府市) 吉岡良介

このような賞に選んでいただき、大変光栄です。ありがとうございます。今回、Aくんと過ごした3年間を振り返りまとめ直すことで、自分自身が保育をしていく上で大切にしていることについて、改めて考える機会になったと感じています。
このような賞をいただけたのは、日々、いろいろな姿を見せてくれる子どもたち、園の保育をご理解いただき、協力してくださっている保護者の方々、そしてより良い保育をしていこうと日々考え合うことのできる同僚の先生方のおかげだと思っています。
これからも、子どもたち自身が、その子らしく育っていけるような保育を目指していきたいと思います。ありがとうございました。

講評

審査員
神長美津子(大阪総合保育大学・大学院特任教授)

吉岡先生の保育記録からは、そのときどきの子どもと向き合いつつ、子どもの「今」に対応してきた3年間の保育を振り返り、「保育者としての自分」に改めて気づいていく姿を読み取ることができます。まさにここには、「わたしの保育記録」があります。
保育者であれば誰しも、その子らしい育ちを支えることを願っていますが、そのためにどうしたらよいかには、あらかじめ決められた答えはありません。保育者は、目の前の子どもが見せる表情や動き、醸し出す雰囲気、言葉などを手がかりにして子ども理解を深めつつ、その子が実現したいと思っていることに寄り添っていくほかないのです。むしろ、保育者の全力で寄り添う姿勢が、「負けたくない思いを素直に表現する3歳児のA」「動く汽車を作ることに夢中になる4歳児のA」「石への興味から探究する5歳児のA」というAらしい育ちの姿につながっていると言えます。子どもの「今」に寄り添う保育者としての姿勢を学びたいと思います。

写真提供/山梨大学教育学部 附属幼稚園

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