大豆生田啓友先生✕つるの剛士さん|注目園訪問レポート「僕らが考える『保育園の未来予想図』」
幼稚園教論二種免許、保育士資格を取得したタレントのつるの剛士さん。そんなつるのさんと、『新 幼児と保育』で連載中の大豆生田啓友先生が、本誌の対談で意気投合。これからの保育ニーズとの向き合い方を考えるべく、注目の園を訪れる企画をスタートさせました。今回、世田谷代田 仁慈保幼園(東京・世田谷区)を訪問して、ふたりがともに脳裏に描いたのが「保育園の未来予想図」です。いったいどんな予想図なのか、密着してレポートします。
玉川大学教授・大豆生田啓友 先生(写真左)
1965年、栃木県生まれ。玉川大学教育学部教授。保育の質の向上、子育て支援などの研究を中心に行う。NHK Eテレ『すくすく子育て』をはじめテレビ出演や講演など幅広く活動。著書に『日本が誇る! ていねいな保育』(共著・小学館刊)など多数。
タレント・つるの剛士 さん(写真右)
1975年、福岡県生まれ。『ウルトラマンダイナ』で俳優デビュー。音楽でも才能を発揮し人気に。現在、2男3女の父親。2022年に幼稚園教論二種免許、保育士資格を取得した。CD・歌手デビュー10周年『つるの剛士ベスト』発売中。
目次
訪問ドキュメンテーション 世田谷代田 仁慈保幼園
2020年に世田谷代田に開園した仁慈保幼園は、子ども一人ひとりの個性にあった学びや、地域とのかかわりをコンセプトに、新しい保育の創造を目指す保育園です。そんな園を大豆生田先生と、つるのさんが訪問しました。
子どもと大人が一緒に創造する手作り感のあるオーダーメイドの保育
「ここが保育園? 美術館かコーヒーショップじゃないの?」と、世田谷代田 仁慈保幼園の建物の前で、つるのさんが目を丸くして言いました。大きなガラス窓の向こうには、壁一面に植物の鮮やかな絵が描かれたギャラリーが見えます。通りに面した陳列棚には、子どもの制作物や絵本がインテリアの一部としてセンスよく飾られていました。
園内の保育室に案内していただきました。この園では「0歳児」「1歳児」「2歳児」「3・4・5歳児(3室)」の保育室があります。ここで、つるのさんが特に注目したのが、異なる年齢の子どもたちが家族のように集うクラスです。
つるの 年齢や性別に関係なく、子ども一人ひとりが興味を持ったことを自由にチャレンジできる環境が整っていて、仕切りがないのが印象的ですね。しかも異年齢の子どもたちが協力して遊んでいるので、遊びの幅が広く多様で、どの子も創造性が豊かに感じました。
園では、個々の子どもの月齢、発達に合ったおもちゃを用意し、子ども一人ひとりに応じた手作り感のあるオーダーメイドの保育を実施しています。保育者は「これをやりなさい」と強制したり無理に誘導したりしません。子どもが疑問に思ったことにはすぐ答えを出さず、保育者も一緒に議論したり調べて答えを探します。わからないことは地域の専門家に聞きに行ったり、大人と子どもがともにアイデアを出し合いながらユニークな遊びを創造していきます。
大豆生田 子ども主体の協働的な学びのある質の高い保育を行っている園をみると共通なのは、保育室の環境が固定的でないところです。子どもの興味関心に即して、つねに新たな環境が持ち込まれ、再構成されています。
いま、日本の教育全体が「個別最適な学びと、協働的な学び」へと転換しようとしているのです。幼児教育もまた同様。それは一人ひとりの個性や興味関心に応じた個別性、友達と協力したり、地域の資源を活かした協働性を重視するのです。この園のオーダーメイドの保育はまさに、この両側面が絡み合いながらプロジェクトになっていきます。まさに、学校も含めたこれからの教育・保育のモデルとなる取り組みなのです。
子どもと大人との距離感を見極める
園内を視察する中で、つるのさんが幾度となく語っていたのが、「居心地のよさ」です。
つるの まず保育士さんたちがスモックやジャージー姿でなく、普段の服装ってところが心地いいですよね。子どもも自分の家にいるみたいで安心する気がします。あと、保育園にありがちな子どもっぽい絵が壁に貼られていないのも印象的でした。室内装飾がシンプルだと気持ちが落ち着くし、保育室の広い空間がより開放的に感じます。家庭の延長のような居心地のよさを感じました。
保育室の壁には、子どもが興味を持ったものの写真の切り抜きや、遊びの参考となる資料が整然と貼られていました。大豆生田先生は「子どもを子ども扱いしない質の高い保育の一例」とたたえます。
大豆生田 保育者さんの服装や壁の装飾も、子どもを子ども扱いせず、ひとりの人間として大人と対等と考えた取り組みの一例です。結果、子どもも大人も居心地のいい環境で学ぶことができます。子どもをひとりの人間と見るためには、保育者がつかず離れずの距離感を保つことも重要です。つねに子どもにベッタリ寄り添うのではなく、たまに遠くから傍観し、子どもが求めていることを見極めることも大切です。
鼎談 子どもと大人がともに学び合う保育
学びのフィールドを園内で完結させず外に広げた仁慈保幼園は、地域一体となって新たな保育の創造に挑んできました。その立役者である理事長の妹尾正教先生を交え、未来の保育はどうあるべきかをお話しいただきました。
妹尾正教 先生(写真左)
社会福祉法人仁慈保幼園(1927年創立)理事長。2020年開設の同法人4園目の世田谷代田 仁慈保幼園園長(取材当時)。
大豆生田 園の視察を終えて、どんな感想を持ちましたか?
つるの 僕の保育園の理想形がすべて詰まっていて感動しました。
まずは街の中心に保育園が位置づけされていて、地域全体で子どもを育てている感じがとても印象的でした。地域のみなさんは商店街や会社などでそれぞれ専門的なお仕事をされていて、その仕事が子どもたちの学びのテキストになっている。子どもと大人の距離感がすごくいいなぁって感じました。
妹尾 その視点で見ていただいて、すごくうれしいです。もちろん保育園は子どもが起点ですが、保護者や地域の方が仕事や趣味で培った知識を生かす場としても、園は重要な場所だと考えています。例えばうちの園では保護者会やPTAはありません。その代わりサークル活動を設けて、音楽や演劇、絵画など、保護者の方がやりたいことを楽しむ会を提供しています。大事なのは、その大人のサークルに子どもも加わって、大人と子どもが一緒に地域の文化を共有することだと思うんです。保育園は子どもだけでなく、大人も一緒に育つ場所だと考えて取り組んでいます。
大豆生田 地域の文化的資源をみんなで共有する取り組み、素晴らしいですね。そのためにはまず、子どもと大人の境界線を取り払って、互いに個性を尊重し合うことが大切ですね。これは”人が人として尊重される社会をどうつくるか“という、人権の視点でもあります。「文化の共有」は、これからの保育の重要なテーマになるでしょう。
つるの 安全性を考えて仕切りを設けたり、塀を高くするのって、じつは簡単なことで、それを取っ払うことのほうが難しいと思うんです。だけど、簡単だからと仕切りをつくれば当然、閉鎖的になって、地域の人とのつきあいも希薄になってしまいます。それに比べてこちらの園は、仕切りがないのはもちろん、ガラス張りでわざわざ中が見えるようにしてある。最初ここが園だと思わなくて、「コーヒーショップ?」って思ったぐらい(笑)。このように地域全体で子どもを見守る仕組みがつくれれば、立派なセキュリティーにもつながると思うんですが。
妹尾 そのとおりだと思います。まちづくりの真ん中に子どもがいると、みんなが子どもに関心を持ってくれて、近所の商店の方も通りすがりに手を振ってくれたり、いつも温かく見守ってくれるようになりました。子どもたちが地域の人に守られてるんだなぁと、日々実感しています。
大豆生田 多様な人が集い始めると、このようにいい相互関係が生まれてきますね。異年齢保育もそうですが、いろいろな個性が集う場所こそ、本来、人が育つ場だと思うんです。
つるの 多様性、大切ですよね。そういった意味でも保育の世界って、すごく可能性があってワクワクします。例えば都会の中の保育施設って、外で遊べないとか閉鎖的だとかネガティブな点ばかり取り上げられるじゃないですか。だけど一方で、密集する地域だからこそ多様な人が集まって可能性も広がり、おもしろいことがたくさんできたりする。
妹尾 保育って、とてもクリエイティブな仕事だと思うんです。もちろん保育の指針は必要なんですが、まったく同じようにやればいいというわけではない。その地域の文化や環境に合わせて工夫していかないと、結局は個性が埋もれてしまうと思うんです。子どもが自由に創造力を発揮できる環境を提供していくためには、私たち保育者側も、もっと創造性を磨いていかなければいけませんね。
つるの 僕の場合、想像過多で整理つかなくなってますが(笑)。最近考えたのが、村をまるごと保育園にしちゃう計画。インフラは整っているし、おじいちゃんおばあちゃんがいらっしゃれば、そこで異世代交流できていろいろなことができるじゃないですか。人材不足で困っている農家があれば、稲づくりや有機農法とか、子どもたちが手伝いながら学んだり。いい相互関係が生まれると思うんですよ。
大豆生田 地域おこしに保育を使うのって、とてもいいアイデアだと思いますよ。そういった地域全体の協働的な学びが世の中のムーブメントになれば、きっと保育の未来も明るく開かれていくのではないでしょうか。
文/松浦裕子
撮影/茶山 浩
『新 幼児と保育』2022年夏号より
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